第95話 後始末
「何故ここに来た?」
「ポルトガル商人に金で頼まれた」
信長らの部隊が伏兵を排した事によってスペイン軍は再び勢いづき、無事に反乱を鎮圧した。
その結果、町の外へと避難していた住民達が続々と戻っている。
家を壊された者は諦めの色を浮かべ、家族で瓦礫の片付けを始めた。
そんな中、捕らえた者の尋問も行われた。
伏兵は大友家の残党達であったので、言葉の分かる信長が行っている。
「生まれが違う者らも混じっておっただろう?」
「反乱に参加したいという奴の中で、使えそうな奴だけ使った」
伏兵には日本人だけでなく、現地の住民もまぎれ込んでいた。
「イスラムと手を組んだのではないのか?」
「いすらむとは何だ?」
オスマン帝国とのつながりはしっかりと確認するように頼まれている。
「嘘は言っておらぬようだ」
「しかし、こんな小さな町で反乱を起こしてもと思ってしまうのですが……」
小声でヒソヒソと話す。
タンジェの町自体が小さく、ポルトガル商人が反乱を主導する意味が分からない。
しかしそれ以上は情報を聞き出せず、尋問は終わった。
「この者らの扱いを、条件次第ではこちらに任せても良いとスペイン側が申しておりますが……」
「どういう意味だ?」
その意味を図りかね、信長が尋ねた。
勝二が説明する。
「反乱を起こした者は縛り首です。自国民の命が惜しければ、相応の金を払えば身柄を引き渡しても良いと」
「儂の知った事か!」
言下に切り捨てた。
「この国の法で縛り首ならば、つべこべ言わずに吊るせばよかろう!」
現代の自己責任論に通じるのだなと勝二は思った。
信賞必罰を旨とする信長なので、罪を犯した者への態度は厳しい。
話題を変えるつもりで言う。
「裏にオスマン帝国がいないとなると、ポルトガル商人はどうしてこの町を選んだのでしょうか? どうせだったらセウタの町にすれば良いと思うのですが……」
セウタにはスペイン海軍が駐留している。
軍艦を奪う事が出来れば強力な武器となろう。
「様子見かもしれぬな」
「と申しますと?」
信長の言う意味が分からず、勝二は尋ねた。
「日ノ本の兵が異国の地で、どこまで使えるか試したのやもしれぬ」
「成功不成功は構わなかったという事でございますか?」
「左様」
信長が続ける。
「偶々我らがおったから伏兵は不首尾に終わったが、そうでなければ成功していたやもしれぬ」
「それは確かに」
少なくともセウタ伯は窮地に陥っていた。
「そもそも、あの数で軍に混乱を引き起こせれば上出来だろう」
「日ノ本の兵士が42名、この町の者、おおかたイスラム教徒でしょうが、それが6名の、48人しかいない伏兵でしたね」
死んだ者の顔を見て数を確認したが、気分の良い作業ではなかった。
恨みを抱いたまま死んでいったであろう彼らの、無念さがにじみ出ていた。
自業自得、逆恨みと断ずるのは容易かろう。
しかし、故郷から遠く離れた異国の地で、金の為に死んでしまった彼らを笑う事は出来ない。
商社に勤め、金を儲ける為に外国へと出向いていた自分と重なる。
「見せしめで死体を晒すのはどこも同じだな」
スペイン軍が行っている処刑を見て信長が言った。
生き残った反乱軍は目隠しされ、二人一組で首に縄を掛けられ、城壁の内と外、両端に立たされている。
住民、スペイン軍兵士らが囃し立てる中、合図と共に同時に蹴落とされ、城壁に反乱軍の飾りが出来上がった
このまま放置され、首と体がちぎれる頃に火葬とするらしい。
「罪人を火葬にするとは手厚い事だ」
「それは勘違いです」
「何?」
勘違いしていると言われ、信長はムッとした。
「ユダヤ教、キリスト教、イスラム教共に、死者が復活して天国で永遠の命を得るという教義を持っています」
「死んで復活する? 天国で永遠の命だと? 世迷い事を!」
死んだら浄土へ行くくらいにとどめておけば、まだ可愛げがある。
そこで気づいた。
「まさか?!」
「そのまさかです。火葬にすれば復活しても体がありません。つまり、火葬とは永遠の命を得る事を阻む刑罰なのです」
「そういう事か!」
信長は納得した。
火葬とは重い刑罰であり、見せしめでもあったのだ。
神の教えを信じる者であればある程、火葬に対する恐怖は増す。
「それは兎も角、宗教とは関係なしに遺体の放置は疫病の元です。速やかに回収して埋葬、出来れば火葬すべきなのですが……」
「土に埋めていたら、そこらじゅう墓だらけになるぞ!」
信長が吐き捨てるように言う。
「死ねば灰になる。それで良いではないか! 復活するだの、天国で永遠の命を得るだの、神にどれだけの物を求める気なのだ!」
敦盛を舞ってもらいたいと勝二は思った。
人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻のごとくなり。一度生を得て、滅せぬ者のあるべきか、と。
「イスラムには期待したのだが、同じか」
伏兵には大友勢に混じり、イスラム教徒もいた。
その戦いぶりは勇猛果敢で、大友勢にひけを取らない程だった。
戒律を厳格に守ってこそのイスラムだと聞き、信長は喜んでいたのである。
口では殺生、快楽を戒める一向宗の僧達も、裏では肉を食べて酒を飲み、女を抱くような輩も多い。
潔癖症の気がある信長は、言行不一致が何よりも嫌いだった。
立派な事を言ってろくでもない事をするくらいなら、初めからろくでなしの体でいた方が余程潔い。
「綺麗事の裏はどこの社会も同じです。それこそ人の世が続く限り」
「分かっておるわ!」
諭された気がして信長は怒った。
このようにしてタンジェの反乱劇は幕を下ろした。
そしてスペイン国内に日本人の戦いぶりが噂となっていく。
刑罰などはイメージです。
次話、マドリードに到着します。




