第93話 鎮圧軍
『突撃ぃ!』
鎮圧軍は壊れかけている城門を完全に破壊し、町へと侵入した。
日の沈まない帝国スペインといえど、全兵士に鉄砲を持たせる事は出来ない。
諸侯がそれぞれの領地から集めた部隊となればなおさらである。
兵士達はそれぞれハルバードやモーニングスター、サーベルなどを携え、金属製のヘルメットを被り、胴を鎧で覆い、町の入り口へと殺到した。
『抵抗する者に容赦はするな!』
元々この地はイスラムが長く支配している。
レコンキスタで取り戻したのはおよそ百年前、ポルトガルが果たした。
奪還当時、住民の多くはイスラム教徒ばかりであったが、棄教せねば追放という措置によって徐々に減ってきている。
しかし、僻地にありがちだが、徹底すると町の機能が崩壊してしまうので強行は出来ない。
豊かな自然がある訳でも、豊富な資源があるでもないタンジェに移住してくる者は少なく、今いる住民は貴重だ。
『イスラム教徒は見つけ次第殺せ!』
棄教を条件に住む事を許したが、多くは隠れて信仰を保っていたようだ。
そのような者達が今回の反乱を主導したのであろう。
『大人しくしていれば見逃したモノを!』
それが残念でならない。
こうなっては徹底してイスラムを排除せざるを得ないだろう。
『数は我らが優っているし、タンジェの町に小細工は出来ない! 住民は避難しているし、正面から打ち破れ!』
定期的に攻撃を仕掛け、防御陣の構築などを阻止してきた。
案の定、町は反乱軍によって破壊されたままで、瓦礫が道に散乱している。
ところどころ家も破壊されているが、食料や富を奪う為に押し入った結果だろう。
『良し! このまま押し切るぞ!』
国を失ったポルトガル商人が武器を供給しているのではと心配したが、どうやら杞憂だったようだ。
反乱軍は碌な抵抗も出来ずにズルズルと戦線を後退させている。
こちらの犠牲者は少なく、敵だけがバタバタと倒れていく。
このまま殲滅出来る、司令官のセウタ伯がそう思った時だった。
『何だ?』
急に進軍の速度が鈍り、前を歩いていた者とぶつかりそうになる。
『一体どうした?』
配下に前線の様子を探らせたところ、慌てて帰ってきた。
『敵に分断されております!』
『何!?』
急にどうしてと思う。
そして気づく。
『伏兵か!』
『壊れた建物の中に隠れていたようです!』
『小癪な!』
裏をかかれたようで怒りが湧いた。
『伏兵の数は?』
『およそ50人!』
『50?』
聞き間違いかと思ったが、やはり50人だった。
『たったそれだけに何をもたついている!』
こちらはその100倍はいる。
踏み潰せとばかり強く言った。
『それが恐ろしく強いのです!』
『何だと?!』
どういう意味だと尋ねようとした時だ。
前方からいくつもの悲鳴が上がり、周囲がザワザワとした空気に包まれる。
ざわめきが徐々に近づき、味方が浮足立っているのが分かった。
鎮まれと声を出すも全く届かない。
『やはりこっちに来る?!』
部下がハッとして主人の顔を見る。
セウタ伯もその意味を理解した。
『狙いは私か!』
気付いた時にはもう遅い。
突如として現れた敵はセウタ伯の目の前まで迫っていた。
通りを埋め尽くしていた味方の中を無理やり進んで来たらしい。
『お逃げ下さい!』
『後ろにも味方はいるのだぞ! 逃げられん!」
混乱している集団の中を進むのは危険だ。
転びでもしようものなら踏みつぶされ、命の保証はない。
『かくなる上は!』
セウタ伯は腰のサーベルを引き抜いた。
『自ら活路を切り開くのみ!』
『お止め下さい!』
家臣の制止を振り切り、現れた敵へと向かう。
返り血を浴びて全身から血が滴っている敵は、迷信にある恐ろしい吸血鬼を思わせた。
見慣れぬ槍のような武器、反り返った片刃の剣を持ち、金属製には見えない鎧を身につけている。
それはイスラムでもアフリカの蛮族でもなく、むしろ日本から来た客達が持っていた武器、防具とそっくりに思えた。
『私が相手だ!』
しかし今は考えている余裕はない。
セウタ伯は往時の勢いそのままに、正体不明の敵へと突進した。
『がはっ!』
槍の柄で腹をしたたかに打たれ、セウタ伯は息が詰まった。
地面に片膝をつき、苦し気にうめく。
悔しそうに敵を睨みつけた。
まるで歯が立たない。
『おのれ!』
気力を振り絞って立ち上がるが、このままでは捕まってしまうだろう。
伏兵に分断された味方は混乱し、組織だった抵抗も出来ないようだ。
『何者だ!』
腹立ちまぎれにセウタ伯は叫んだ。
しかし返事はない。
もう一度声を出そうとした瞬間、鋭い突きを胸に喰らう。
柄での攻撃とは言えその威力は凄まじく、鎧を着ていながら全身を衝撃が貫いた。 堪らず地面に倒れ込む。
意識が朦朧とする中、いつまで経っても敵が近付いて来ない事に気づく。
懸命に体を起こし、視線の定まらない目で周りを見た。
『何だ?』
いつの間にやら場は静まりかえっていた。
敵味方双方がポカンとしてつっ立っている、そんな印象だった。
『お前達は?!』
ようやくその異変に気付いた。
後方より新たな集団が出現したのだ。
我先と逃げ出した者達でさえ足を止めて両脇にそれ、その集団に道を譲っている。
視線が定まり、その正体に気が付いた。
『日本の客人!』
織田信長率いる訪問客一行だった。
間近で見たいと言っていたが、ここは前線である。
限度というものがあろう。
『下がれ!』
セウタ伯は叫んだ。
しかし信長には全く届いておらず、むしろ煽ったようなモノだった。
「行くぞ者共!」
「おぉぉぉ!」
抜き身の剣を頭上に掲げ、信長が突撃を指示した。
イスラムの扱いなどはイメージです。




