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第91話 セウタ

 ジブラルタル海峡を挟んだアフリカ大陸側にセウタの町はある。

 町の西側には山がそびえ、東側にサンタ・カタリーナ島が浮かぶ小さな町だった。

 スペイン王国から見たセウタは、地中海から大西洋へ出る道を守る門番で、イベリア半島側のアルヘシラスと共に要地であり、その守りは堅い。

 

 「海に面して城があるのか?!」


 セウタの港に近づき、まず初めに目についたのは城だった。

 日本の城とは違い、石垣を築いて土台を作り上げているようには見えず、遠目には白い壁だけで出来ているように感じる。

 しかし軍事的な要塞である事は容易に見て取れた。

 そんな城の近くに港がある。

 大砲を備えた船がいくつも停泊していた。


 「城壁に大砲が据えられているぞ!」


 港に近づくにつれ、城の細かなところまでも判別出来る。

 城壁には隙間が作られており、その空間から大砲がこちらを向いていた。


 「大砲の弾は、高いところから撃った方がより遠くに飛びます。また、角度45度で飛距離は最大となります」


 放たれた弾は空気抵抗の影響もあるが、放物線を描いて落下する。

 海での戦に当たり、物理的な思考を身につけてもらう必要がある。

 その辺り、ヨーロッパの科学は進んでいるので、積極的に取り入れていかねばならない。

 

 「あれを見ろ!」


 町の方を見ていた幸村が叫ぶ。

 素っ頓狂な声だった。

 何事かと一斉にその方向を向く。


 「弥助がもう一人?」


 重秀が不思議そうに呟いた。

 弥助と見紛うばかりの、真っ黒に日焼けした男が通りを歩いていたのだ。


 「おい弥助!」

 「ここにいるけど?」 


 何時の間に船から降りたのだと幸村が呼びかけ、彼の後ろにいた当の本人が答えた。

 弥助の声に幸村はビックリする。 

 

 「どういう事だ?」


 良く知った目の前の人物と、船の外を歩く人物とを見比べ、怪訝そうな顔をした。


 「いえ、アフリカ生まれの方々の肌は黒いですから」

 「そ、そうだったのか!」

 

 勝二の説明に頷く。 

 よくよく見れば同じような者は複数いた。

 



 「南蛮人でも見た目が全然違うな……」


 船を降り、カルロスの案内で町を進む。

 日本から来たという情報は出回っているらしく、多くの者が見物に集まっていた。

 好奇心を隠そうとしない者、侮蔑の目線を送る者、興味なさげな者など、その反応は様々であるが、信長らが戸惑ったのは、彼らの衣服や見た目が大きく違う事だった。

 セビリアで見たのと同じ衣服の者はスペイン人なのだろう。

 着ている物を除けば自分達とほぼ同じ、黒い髪に黒い目で背丈もそこまで変わらない。 

 しかし、セウタの町はそのようなスペイン人だけでなく、着ている服から顔かたちまで違う者が多かった。


 「頭に布を巻いているのか?」

 「アラブの民です。見た目は暑苦しそうですが、直射日光を遮り、地面からの照り返しを防ぐ効果があります」


 セウタは、現代でいえばモロッコ内にあるスペインの領土だ。

 モロッコにはサハラ砂漠の一部が含まれているので、砂漠の民の服装をしている者もいた。

 隊列を組んで砂漠を越える行商人かもしれない。


 「弥助の仲間は服がボロボロだな」

 「……多分、奴隷ですね」


 手足に鎖こそされていなかったが、着ている衣服はあちこちが破れていた。


 「そういやぁ、イングランド人も違うよな」


 幸村が思い出したように言う。

 ゴールデン・ハインド号に乗ってやって来たトーマスらは、セビリアでもセウタの町にいる者達とも違っていた。

 

 「彼らの多くはゲルマン系となります」

 「ゲルマン?」


 今回は風が強くなく、ゴールデン・ハインド号と共にセウタに着いている。

 後ろから付いて来ているトーマスらは、どこかビクビクした様子で歩いていた。

 

 「ヨーロッパの民族は大きく分けて三つです。スペイン、フランス、イタリアなどのラテン系、神聖ローマ帝国、イングランドなどのゲルマン系、東ヨーロッパのスラヴ系です」

 「ほう?」


 即座に理解したのは信長であった。

 地図が頭に入っているのは彼だけで、他の者はどこがどこの国だったかを思い出そうとしているようだ。


 「それぞれの特徴ですが、ラテン系は褐色の髪に黒い目、ゲルマン系は金髪に青い目、スラヴ系は暗褐色の髪に灰色っぽい目となります。あくまでそういう傾向があるというだけですので、ご注意下さい」


 そのような形質が顕現しやすいというレベルの話だ。 


 「成る程、スペイン人は黒っぽい髪に黒い目の者が多く、イングランド人は金色なのか黄色なのか、そのような髪をしているな」

 

 信長が得心したという風に頷いた。


 「待てよ?」


 何かに気付いたようだ。


 「我らも黒い髪に黒い目だが、我らもラテン系なのか? それとも、ラテン系が我らに似ているのか?」

 

 答えに窮する事を問うた。

 知っている知識そのままを説明すると問題が起こりそうなので、曖昧に答える事にする。


 「姿に違いを生じるのは太陽の影響が大きいので、ラテンの気候が我が国と似ているのでしょう」

 「偶々か」


 太陽の影響はあるが、無論それだけではない。

 それを説明するには人類がアフリカで発生し、シナイ半島周辺でアジア系とヨーロッパ系が別れていった歴史を語らねばなるまい。


 「アフリカは太陽の日差しが厳しく、暑さも激しい土地柄です」

 「確かにここは暑い!」


 カラッとしているからそれ程でもないが、昼間は外に出たくない暑さである。


 「厳しい日差しから体を守る為、アフリカ生まれの方は色素が抜けにくくなっております」


 この説明はやりやすい。


 「我々の場合、夏には肌が日焼けしても、冬には元に戻ってしまいます。それは色素が定着しにくいからです。アフリカの人々は黒い色素が長く残りやすい性質を持っていると言えます」


 また信長が何か思ったようだ。


 「ならば弥助を光の入らぬ屋敷に閉じ込め、一切外に出さなければ肌が白くなるのか?」

 「え?」


 その質問に弥助が驚いた。

 弥助の凝視され、気まずい思いを抱きながら答える。


 「日の光を浴びないと病気になりやすいので、それでも構わなければあるいは」

 「成る程」

 「そ、そうなんだね……」


 弥助はガックリと肩を落とした。

 それ以上続ける事もあるまいと話題を変える。


 「ここに色々な人々がいるのは、この地域の歴史のせいです」


 それはハンニバルとスキピオの頃には始まっていた事だ。


 「まずはフェニキア人が、次いでカルタゴが支配し、紀元前149年にカルタゴがローマ帝国に滅ぼされてからはローマ帝国が、5世紀にはヴァンダル王国が治めました。東西に分裂した東ローマ帝国の支配を受け、7世紀にはイスラムが支配し、レコンキスタが興って15世紀にポルトガルが奪還します。そして1580年、ポルトガルを併合した事により、スペインが治める事となりました」

 「そういう事か」


 一人信長だけが合点している。

 他の者は不安げなので、説明を加える。


 「我が国とは違い、ヨーロッパでは国によって信じる宗教が違います。それを国教といいますが、主にスペインのカトリック、イングランドなどのプロテスタント、アラブに多いイスラムとなります。イスラムは他宗教に寛容ですが、カトリックもプロテスタントも同じ教えを信仰しながら排斥し合い、特にイスラム、ユダヤ教徒には非寛容な態度が顕著です」

 「であれば、イスラム支配からカトリックの支配する国となれば、それを信じる者達を排除するという訳だな」

 「ご慧眼です」


 正しい指摘に思わずうなる。

 流石は信長と言えよう。

 当時はまさにそんな時代で、異端審問から魔女狩りに至るまで、様々な弾圧、迫害が行われていた。


 「信じる教えを変えたくなければ他所に移るか、神の教えに殉じるかです」

 「それで大規模な移動が起きると」


 結果、人が混じる事となる。


 「また、疫病、戦争、干ばつによってその地に住めなくなり、周辺国へと移動する場合も多いです」

 「大陸は土地が繋がっておるから可能なのだな」

 「仰る通りです」


 ゲルマン人の大移動が有名であろう。

 

 「そのように、様々な理由によって住民は一様ではありません」


 そうこうしているうちにセウタの城に到着した。


※セウタ、サン・フェリペ壕と城壁(Jim Gordon - originally posted to Flickr as Cebta (Ceuta) Spain)

挿絵(By みてみん)


物語の展開とは余り関係ありませんが、当時のヨーロッパを戦国武将が訪れたら思うであろう事を想像し、今回のお話と相成りました。

人種差別の意図は一切ございません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 現在のイスラムは確かに寛容とは言いがたいのですが、それは欧州から原理主義を輸入したり、厳格主義者に国を与えてしまった後の話ではなかったですか? 当時の標準からするとかなり寛容だったはず…
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