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第90話 ハンニバルとスキピオ

歴史のおさらいとなります。

 「何か凄ぇな……」

 「ジブラルタル海峡でしたか、比較的狭い海峡の先には広大な海が広がっているのですね」


 幸村、信親らが船から見える景色に感嘆の声を上げる。

 両岸を見つつ進んで来たが、急に視界が開けたように茫洋とした大海が横たわっていた。


 「今までの海が大西洋、これより向こうは地中海で、左手にあるのがヨーロッパ、向こうがアフリカです」


 勝二が説明する。


 「地中海はこのジブラルタル海峡でのみ、外海と繋がっております」


 この先を進めば海は終わり、陸地にぶち当たると言われてもピンとこない。

 地図で見れば一目瞭然だが、目の前の光景からそれを想像する事は出来なかった。

 紀伊半島を抜けた先は大西洋だったが、それと同じように、どこまでも海が続いているように感じる。


 「古代より、このジブラルタル海峡をいくつもの勢力が渡り、大きな戦争が繰り広げられてきました」


 日本は比較的大陸と離れた場所に位置しており、影響を受け辛い。

 しかしジブラルタル海峡では対岸が見える。

 気候も温暖であり、行こうと思えば泳いでも行けた。

 

 「最も有名なのが、カルタゴの大将軍ハンニバルのアルプス越えでしょうか」


 大将軍という単語に皆が反応する。

 勝二は壮大な歴史を語っていく。


 「時はローマ時代、いまからおよそ1800年前の事です。ローマ帝国と敵対していたカルタゴで、将軍ハルミカル・バルカに息子ハンニバルが生まれます。天才と目されていた彼は、父の死や義兄が暗殺された事により、26歳という異例の若さで司令官に任命されます」


 皆がフムフムと頷く。


 「地図で見れば分かりますが、カルタゴとローマ帝国はシチリア島を挟んで向かい合っています」


 カルタゴはアフリカ、今のチュニジアに位置する。

 

 「カルタゴからシチリア島までは、堺から考えますと岡崎辺りまでの距離となります」

 「ほう?」


 シチリア海峡の幅はおよそ140キロメートル、ジブラルタル海峡だと14キロメートルとなる。


 「皆さんがカルタゴの将軍であったらローマをどう攻めますか?」


 勝二は質問した。


 「因みに当時のカルタゴですが、地中海に面したアフリカ一帯、イベリア半島南部、つまり今のスペイン南部にかけて広大な地域を支配していました」


 ざっと地図で示す。

 

 「カルタゴの造船技術は高く、海の上で敵はおりません。地中海西部の海上貿易を押さえ、富も兵力も豊富です」


 補足情報を加えていく。


 「対するローマ帝国ですが、陸上では滅法強くとも海の上では劣りました」


 そして地理情報を提供する。


 「イベリア半島はピレネー山脈でフランスとは隔離されており、イタリアはアルプス山脈でフランスと隔絶しております」


 国家の境は自然環境となる場合が多い。

 大河であったり山脈によって地域は別れる事になる。

 この情報によって様々な意見が交わされた。

 

 「船で行くのが手っ取り早いだろ?」

 「確かにそうですが、こうやって問われる辺り、当たり前の答えではないのでは?」

 「だな」


 幸村の答えに信親が疑問を呈し、それもそうだと頷く。

 当たり前の事なら聞かない筈だという、クイズに慣れた者のような思考法を身につけていた。


 「さて、ローマを攻めると決めたハンニバルは、イベリア半島に持つ領地からアルプスを越え、イタリアに侵攻するという大胆な策を取りました」

 「何?!」


 そのルートを指でなぞる。

 スペイン南部から包囲殲滅で有名なカンナエの地までで、およそ2千キロ近くある。


 「ローマ帝国とて手をこまねいていた訳ではありません。何度も迎撃の部隊を送りますが、ことごとくハンニバルにしてやられたのです」


 その中の一つがカンナエの戦いで、カルタゴ軍5万によってローマ軍7万が包囲され、殲滅されるという劇的な結果に終わった。

 死傷者6万のローマに対し、カルタゴ軍の犠牲者は6千程度だったという。

 戦況がどのように進んでいったか、その説明には誰もが目を奪われた。


 「ハンニバル凄ェ!」


 幸村が興奮を隠せずに叫ぶ。

 血沸き肉躍る感覚があった。

 

 「儂がローマ側なら正面突破し、逆に背後を突いてやるがな」


 信長が皮肉を込めて言う。

 確かにハンニバルの名采配であるし、大胆不敵だと思う。

 しかし戦は刻々と変化し、それまでの優勢が何かの弾みに逆転しかねない。

 数に劣る側が相手を包囲すれば部隊に厚みはなく、容易く食い破る事が出来よう。

 

 「ローマ軍の敗因は、包囲された事による混乱だろうと言われております」

 「だろうな」


 勝二の説明に信長は頷いた。

 臨機応変に部隊を指揮する事が出来、兵からの支持も篤い者がローマ側にいたら、結果はまた違ったモノであったろう。

 尤も、ハンニバルはそれすらも見越し、作戦を変えるかもしれないが。


 「そのような連戦連勝のハンニバルにも強敵が現れます」

 「待ってたぜ!」


 やはり手強い相手がいてこそ盛り上がる。


 「カルタゴにハンニバルあればローマにスキピオありです」

 「おぉ!」

 

 拍手で迎えた。


 「まずスキピオは、ハンニバルの根拠地であるイベリア半島を攻めます」

 「補給を絶つ訳だな」


 ハンニバルがイベリア半島を出てから7年が経っていた。

 つまりその間、ハンニバルはずっとイタリア半島で活動していた事になる。


 「次に、ローマ帝国で執政官となっていたスキピオは、シチリア島から部隊をアフリカへと進め、カルタゴを直接叩く事を決めます」

 「ハンニバルとは逆で、最短距離を進んだ訳だ!」


 スキピオの進撃にカルタゴ側は動揺し、ハンニバルを呼び戻す事を決意する。

 

 「そして紀元前202年、ハンニバルがイベリアを出てより16年、運命を決めるザマの戦いが起こります」

 「おぉぉぉ!」 


 一同大興奮である。


 「重装歩兵を主体としたハンニバル率いるカルタゴ軍6万4千に対し、騎兵では上回るローマ軍4万のスキピオが挑みます」

 「今度はハンニバルが優勢なのか!」


 カンナエの戦いとは逆の状況だ。


 「劣勢になり戦線を離脱したカルタゴ軍の騎兵を追い、ローマ軍の騎兵が戦線を離れ、重装歩兵同士のぶつかり合いになりました」

 「ふむふむ」


 皆、固唾を飲んで話に夢中である。


 「拮抗している中、戦列を離れていたローマ騎兵が戻り、カルタゴ軍の背後に周ります」

 「まさか!?」


 ハッとしてその先を待つ。

 勝二も頷き、続きを話した。


 「そうです、カルタゴ軍はローマ軍によって包囲されたのです。カンナエの戦いと真逆な状況となり、遂にカルタゴ軍は負けました」

 「何と!」


 驚きの結末であった。

 

 「こうしてハンニバルの始めた第二次ポエニ戦争は、ハンニバルの負けによって終結したのです」

 「劇的な幕引きだな」


 一同、大いに頷く。

 しかし話はそれで終わりではない。


 「ザマの勝利によって救国の英雄になったスキピオでしたが、それは同時に災いでもありました」

 「まだ続くのかよ!」


 幸村が驚いて叫ぶ。

 冷静な信長が先を見通したかのように言う。


 「嫉妬か」

 「まさしく」


 その指摘に頷き、続ける。


 「ハンニバルの手腕を高く評価していたスキピオは、断罪やカルタゴへの侵攻を主張する者らを退け、ハンニバルを国に帰し、軍を引き上げます」

 「攻めないのかよ!」


 そのまま攻め続ければカルタゴを落とせそうなモノだ。


 「攻めない代わりにローマ帝国はカルタゴに対し、莫大な賠償金を請求します」

 「金を取るのかよ?!」


 戦国時代、戦に負けたからとて賠償金を支払うような事はなかった。 

 戦国の世を終わらせたと言える関ケ原の合戦も、豊臣家は賠償金など払っていないし、総大将である毛利も、その所領を減らされたくらいだ。


 「莫大な賠償金を掛けられ、経済的な危機に陥っていたカルタゴでしたが、その危機を救ったのもハンニバルでした」

 「戦だけじゃないのかよ!」


 その卓越した能力は内政でも遺憾なく発揮された。


 「敗戦により、それまでカルタゴを牛耳っていた貴族が権勢を失ったのが幸いでした。ハンニバルはカルタゴを率いるや、瞬く間に財政を立て直し、不可能と思われていた賠償金を払い終えました。スキピオの予想が的中したのです」

 「どっちも何て奴らなんだ!」


 しかし、である。


 「ハンニバルの内政での活躍は、カルタゴに対するローマ人の恐怖心を刺激し、同時にカルタゴ内で反ハンニバル派を生む事にもつながりました」

 「きな臭い話になってきたな……」


 えてして悪い予感は当たるモノだ。


 「敵国と内通しているとのあらぬ疑いを掛けられ、ハンニバルはカルタゴから脱出し、シリアへと亡命します。ローマの宿敵として重用されたようですが、如何せん異国であり、思うようには力を発揮出来なかったようです」

 「悲しいな……」


 そしてシリアはローマに敗れ、ハンニバルは再び逃亡する。


 「紀元前183年頃、ハンニバルは潜伏先で自ら命を断ったようです」

 「英雄もその最期は寂しいな……」


 場がしんみりとした。


 「そしてスキピオですが、彼もまた政治的な醜聞に巻き込まれ、権力を失ってしまいます」

 「それが嫉妬か!」


 こっちもかよと言いたげな幸村だった。

 話す勝二も辛い。


 「賄賂を受け取った嫌疑で告発され、無罪となったのですが、それ以降は政治の世界から遠ざかり、ローマから離れた地で暮らすようになりました」


 平穏であったら良いと思う。

 そして両英雄譚の締めくくりである。


 「運命なのか偶然か、ハンニバルが自ら命を絶ったのと同じ頃、スキピオもまたひっそりとこの世を去りました」  

 「何だと?!」


 偶然だろうが出来過ぎている。


 「墓石に、恩知らずの我が祖国よ、お前は我が骨を持つ事はないだろうと刻ませたそうです」

 「それは確かに」


 辞世の句にしては優雅さがないが、された仕打ちを思えば頷ける。


 「この二人の英雄から学ぶべき事柄はいくつもあります」

 「話の一つ一つが事件だぜ!」


 それは勝二が最も伝えたい事である。

 戦術にしても戦略にしても処世術にしても、過去のエピソードから学ぶ事は多い。


 『セウタが見えてきたぞ!』


 勝二が口を開く前に船の見張りが叫んだ。


※カルタゴの勢力図(Wikipediaパブリックドメイン)

挿絵(By みてみん)

Wikipediaを見て書いてます。

間違えていたらごめんなさい。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ハンニバルが活躍した第二次ポエニ戦役は、カルタゴは第一次ポエニ戦役の海戦で負けてボロボロの状態です。アルプス越えのルートをとったのは奇襲もあったとは思いますが、制海権がなく、陸地周りの…
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