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第87話 初めての異国

 「見えてきたな!」

 「あれがヨーロッパでございますか?」


スペインのガレオン船に揺られる事およそ一ヵ月、信長一行は大西洋に面したイベリア半島沖に来ていた。  


 「遠くから眺める景色は変わらないですね」


 信親が感想を述べる。

 水平線の先に陸地があると分かるだけで、その違いまでは分からない。


 「それはそうと、あいつらは無事に付いて来てるのか?」


 幸村が後ろを振り返る。

 同じ日に日本を出航したゴールデン・ハインド号の安否を気にしていた。

 スペイン王国に送る土産品を満載し、同行する事になっている。

 嵐ではぐれて以降、無事かどうかは分からない。


 「解放する事になったのですし、何があっても必ず来るのでは?」

 「そうだな」


 トーマスら数名が日本に残る代わり、他の者は帰国させる事になった。

 人数が多くても物を教えるのに適しない者もおり、滞在させるのも無駄となっていたからである。

 信長のスペイン行きに合わせ、連れて帰ってくれと義久が願い出たのだ。

 ならばゴールデン・ハインド号で物を運んでくれとなり、カルロスの後を追う形で出港した。

 それは島津、織田両軍の洋上訓練も兼ねている。

 反乱防止の見張り兼、外洋への初航海だ。

 

 『あの山の形からリスボン沖だね』

 『マドリードからリスボンに首都を移転する計画は進んでいるのですか?』


 現在地を告げたカルロスに勝二が問うた。

 フェリペ2世が国王を兼任する事で、ポルトガル王国は既に消滅している。

 奴隷商人に予言した内容が当たった形であるが、それを耳にしたヴェリニャーノにしつこく聞かれ、国を失う時はそういうモノだとして誤魔化した。

 首都機能の移転構想はカルロスから聞き、是非そうしてもらえるとありがたいと伝えている。


 『そうなるとカーサ・デ・コントラタシオン(通商院)が黙っていないからね』

 『まあ、当然ですか……』


 アメリカ大陸から運ばれてくる産物は、大西洋に注ぐグアダルキビル川を遡り、セビリアの町を経てマドリードへと送られる。

 もしもマドリードの首都機能が、大西洋に面した港町リスボンへと移されるなら、それまで濡れ手で粟だったセビリア商人達の商売はあがったりである。 

 移転に伴い貴族や役人達も大挙して移り住むし、付随して町の住民も移動するからだ。

 黙っていてもセビリアへ来ていた荷が皆リスボンへと流れてしまう。

 セビリアの商売を取り仕切っていた通商院が、断固として反対するのも納得であろう。


 『しかし』

 『しかし?』


 カルロスがいわくありげに笑う。


 『今回、君の国からもたらされる物を国王陛下が気に入れば、あるいは』

 『リスボンですと往復の時間も大幅に短縮出来ますので、責任重大ですね』


 交易の利便性だけを考えるなら、リスボンに荷を運べば事足りる。

 けれども、これから起こるであろうイングランドとの戦争に備えるなら、フェリペ2世との連絡は密であった方が良い。

 往復だけで数十日も変わってくるマドリードより、リスボンに執務室を構えてくれる方がありがたかった。

 



 『ここから川を遡り、セビリアに向かうよ』


 グアダルキビル川の河口、サンルカル・デ・バラメダの町に着いた。


 「これが川と申すか?!」


 信長が驚いた顔をする。


 「高低差がないので流れが緩やかで、このまま船で行けるようです」

 「ふむ、便利な事だ」


 サンルカル・デ・バラメダから80キロメートル遡ったセビリアまでの高低差は約7メートルである。

 大坂城の近くを流れる淀川は、琵琶湖湖面の標高が84メートルなのに対し、川の長さは約80キロメートルしかない。

 淀川と比べ、いかに流れが緩やかか理解出来よう。

 

 「我が国の国土は急峻ですので川の流れが早く、この川のように大型船が運航出来る場所は限られています」

 「うむ。ない袖は振れぬのだから羨む事はあるまい」

 「仰る通りです」


 信長の言葉に勝二が頷く。

 国ごとに条件は違うので、その国で便利だからとて安易に自国へと導入する事は出来ない。 


 「日ノ本全体とスペイン王国、今はポルトガルも含めますが、その国土を比べると約1.3倍の大きさです」

 「ほう? 余り変わらんな」


 樺太を含めればそれくらいの違いとなる。


 「大陸国家は奥に深く、日ノ本とは勝手が違うと思われます」

 「それは楽しみにしておこう」


 二人の会話は進む。  


 


 『セビリアに到着ですよ!』


 カルロスが叫んだ。


 「やっと陸に上がれるのだな!」


 ドッと歓声が上がる。

 1ヵ月ならば短い航海だが、信長らには初めての経験であり、非常に長く感じられた。

 常に揺れているのも何気に不快で、船酔いに苦しめられた事もある。

 船体がきしみ、キーキーとした音も耳障りであった。

 真水を節約せねばならず、清潔好きな者にはそれが一番堪えたかもしれない。

 また、カルロスが用意してくれた食事は口に合わない事も多く、持ち込んだ兵糧を食べて空腹をしのいだくらいだ。 

 陸に上がれば自前で用意出来るので、我慢も終わりだ。

 

 「何だあの家は?!」

 「変わった形をしていますね」

 「瓦の色が違うな」

 「高さがあるぞ」


 幸村らが船から見えるセビリアの町を見つめ、口々に感想を述べた。

 石積みの家々が通りを挟んで建ち、整然とした街並みを作り出している。

 平屋ではないらしく、窓が縦に何個もあった。


 『接岸しますよ!』


 既に何隻も泊っている川岸に船は着いた。

 

 『早速上陸しましょう!』


 カルロスの好意で真っ先に降りれる事となった。

 皆喜び勇んでセビリアの町に上陸する。


 「おい!」


 突然に幸村が叫び、指さす。

 その先にあった物に勝二は驚いた。


 「あれはゴールデン・ハインド号?!」


 そこには丸に十字である島津の旗と、白地に赤い放射状模様の旭日旗を掲げたゴールデン・ハインド号が所在なさげに停泊していた。


※セビリア、マドリード、リスボンの位置関係

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 「日本の川はヨーロッパやロシアの人間が見ると、滝のように見える」小室直樹 といった学者さんがいました。
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