第83話 琉球の扱い
「島津公には琉球の統治を願いたい」
「なにゆえ我らに?」
信長の言葉に義久は首を傾げた。
内容は理解出来るがその理由が分からない。
「その説明の前に、まずは日ノ本を取り巻く状況だな。勝二、地図を使って話しをせい!」
「はいっ!」
前もって言われていたので用意はバッチリだ。
勝二は大西洋に浮かぶ日本と、その周りの国々の位置関係を説明した。
その後を信長が引き継ぐ。
「この度同盟を結んだスペインだが、アメリカ大陸に持つ領地から取れる産物を本国へと運んでおる。荷を満載した船は足が遅く、賊の恰好の餌食だ」
メキシコ、カリブ海に浮かぶ島々から、スペインへと至る航路を指さす。
海流と季節風から航路は決まっていると説いた。
「そこに現れたのがこの日ノ本である!」
その意味を力説していく。
「スペインにとり、航海を安全にするのに日ノ本の存在は大きい。航路の途中にあるからだ」
行きは外れているが、帰りはまさに途上にある。
「その際、まず真っ先に辿り着くのが琉球となる」
キューバを出発してからは、琉球諸島まで目ぼしい島はない。
「そこで航海に必要な物を補給し、体を休め、風を待つ港としたい訳だ」
「左様」
龍造寺隆信が呟いた。
長崎が近く、その辺りの事情は把握している。
「スペインの事情はそんなところだが、琉球側の事情もある」
「琉球側の?」
見当もつかない。
信長が説明する。
「スペイン以外の船が島々に出没し、村を襲う騒動が起きているそうだ」
「何?」
義久が反応する。
自分の支配地で起きた事と同じだからだ。
「対処に困ったか、琉球の尚永王より救援を求める使者が来た」
「成る程」
義久は、島津に任せたいという言葉の意味を理解した。
「火急の折、直ぐに対応出来るのは我らという訳だな」
「左様」
即応性が求められる場合、距離的に近くなければどうしようもない。
なので、一番近い薩摩が選ばれるのは当然と言えば当然であった。
「言葉の通じぬ南蛮人を相手にせねばならぬのか……」
義久が天を仰いだ。
意思の疎通に難儀をするのは骨が折れる。
尤も、都言葉を知らぬ薩摩者もいるので、薩摩以外の者が純粋な薩摩者に抱く思いと同じかもしれない。
「南蛮人の言葉を解する者を育てておるので暫し待て」
「ほう?」
流石信長、手回しが良い。
義久はちょっとした疑問を抱いた。
「尋ねても良いか?」
「遠慮は無用」
「かたじけない」
改めて問う。
「アメリカとは、そんなに豊かなのか?」
「なぬ?」
そう思ったのには訳がある。
「我らが捕らえたイングランド船だが、金銀が山積みであった。聞けばスペイン船から奪ったそうだが、そもそもそれだけの宝がある事自体に驚くのだが……」
恐ろしい程の財宝であった。
どれだけアメリカは豊かなのかと。
問われた信長もそれには答えられない。
知っている者の名を呼ぶ。
「勝二、説明せい!」
「ははっ!」
勝二はまず義久に尋ねる。
「城の蔵に金銀が山のようにある事は、その地が豊かな証拠でしょうか?」
「いや、それは違うな」
即座に否定した。
「民に重税を課し、死なぬ程度に絞れるだけ絞り上げれば、確かに城には金銀が貯まっていこう。しかしそれは亡国の道。いずれ民の反乱を招き、他国に攻め滅ぼされる事となろう」
静かに語った。
義久は口だけの男ではない。
城の見てくれだけに心を配り、百姓が疲れ切っていれば他国に見抜かれると心得、民の繁栄に常に心を配っていた。
ここで気づく。
「アメリカも同じなのか?」
勝二の質問を理解した。
重税の結果があの財宝ならば、成る程、アメリカの豊かさとは関係ない。
しかし、返ってきたのは予想を裏切る答えだった。
「重税という表現では生温いでしょう」
「何だと?」
どういう意味だと先を促す。
勝二は説明していった。
「アメリカ大陸には西洋人がインディアンと呼ぶ、元々の住人達がおります」
インディアンについて、ある程度の事を話す。
そして続けた。
「彼らは長年に渡り、少しずつではありましたが金銀を集め、装飾品などに加工してきました」
加工が容易な金は、大昔から人類が利用してきた貴金属である。
「そんなアメリカに西洋人が現れます。まず、クリストファー・コロンブスという冒険者ですが、アメリカ大陸に辿り着いたのが僅か百年前、彼らの暦でいう1492年の事です。因みに今年は1580年になります」
地図でその場所を示した。
「アメリカでインディアンを見つけた彼らは興奮しました。輝くばかりの金銀財宝をその身に纏っていたのですから」
人は自分の体を着飾るのが好きである。
富の象徴であり、権力の証でもあった。
文明的には遅れていても、権力者が宝物を集める事情は変わらない。
「しかし数が違い過ぎます。初めは友好的に振舞いました」
船で運べる人数には限りがある。
現地にあって西洋人は絶対的な少数派であった。
「けれども西洋人には銃がありました。インディアンは銃を知らず、その音を天の怒りだとして恐れ、戦う気力を失ったのです」
鉄製の武器を持たなかった事も影響していよう。
「遂にインディアンは国を奪われてしまいました」
アステカが滅ぼされたのは1521年である。
「王による統治が行き届いていたのが仇となり、金銀を集めよという西洋人の命令も、瞬く間に国中に広まったのです」
もしもメキシコ一帯が部族社会であったなら、各部族を併呑するまで戦う必要があったろう。
「王の権力は強かったので、民は進んで金銀を差し出しました」
そして益々西洋人の欲を刺激した。
「今では民が死ぬのも一顧だにせず、金銀を集めています」
農作業を中断させ、飢饉が起ころうが構わず、疫病が広まろうと無視し、金銀を集める事だけに尽力する。
「数千年に渡って彼らが集めた金銀を纏めれば、それは莫大な量となりませんか?」
「なる、ほど……」
義久だけでなく、その場にいた者は絶句した。
考えられないのだ。
統治者として何一つ想像出来ない。
「それは国を治めていると言えるのか?」
誰かが問うた。
自国の統治とは余りにかけ離れている。
村一つでも疎かに扱えばたちまち噂となり、余計な反発を生んでしまう。
余程の事情でもない限り、農作業を中断させるなど出来る筈がなかろう。
「それが植民地の扱いです」
「植民地?」
不穏な響きを持った言葉に思えた。
勝二が言う。
「植民地にある富は全て奪い、本国に送れば良いのです」
「何?」
聞き捨てならない発言であったが、構わず続ける。
「反乱が起きれば鎮圧し、従わない者は皆殺しにすれば良い」
絶句である。
「村がなくなれば好都合です。土地を没収し、本国から人を呼び寄せ、残った現地の者を奴隷にして働かせれば良い」
あり得ない。
「死んだら別の者を奴隷にすればいい」
話にならないと思った。
しかし、それを語る者の目は真剣である。
嘘や冗談を言っているようには見えない。
まさか本当にと思い始めた。
再び勝二が問う。
「アメリカは豊かなのでしょうか?」
最早誰も答えられなかった。
重苦しい空気に包まれ、息をするのが辛い程だ。
「とは言えアメリカは豊かですよ」
「何ぃ?!」
一転して明るく言う勝二に誰もが度肝を抜かれた。
ただ一人、信長だけは、クククと笑い出しそうになるのを堪えていた。
色々と大雑把ですが・・・




