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第80話 大友家への仕置き

 大友家は戦わずして降伏した。

 宗麟の意を受けて信長の下を訪れた、イエズス会士に放った彼の言葉が決定的であった。

 祈りによって神が奇跡を起こすと言うのなら、異国に連れ去られた奴隷を今すぐ戻してみせろ、と。

 それ以外に大友家の罪を今すぐ消す方法はない、そう冷たく突き放したのである。

 

 その言葉は洗礼を受けて切支丹きりしたんとなった宗麟のみならず、天なる父の許しを伝えている宣教師にも向けた言葉に感じられた。 

 大坂で熱心な布教活動に励んでいた仲間の声も厳しいモノだった。


 『どうして止めなかったのですか!』


 元東アジア管区巡察師であり、現日本管区長ヴァリニャーノに開口一番叱責された。

 その地を治める大名の機嫌を損ねれば、布教活動に重大な支障をきたしかねない。

 なのでその意向は最大限尊重せねばならず、奴隷を売りたいからポルトガル商人を紹介しろと求められれば拒否出来なかった。

 こちらの事情も知らず随分と勝手な事を言うと抗議したが、逆に叱られる始末。


 『先を見据えて行動しなさい! このまま行けば織田家がこの国を治めるのは必定! その当主が奴隷の売買禁止を通達したのです! 我々がそれに抵触するような行為に関わってはなりません!』


 彼は大坂や尾張の繁栄ぶりを知らない。

 どうして管区長がそこまで信長を買っているのか分からず、目を白黒させた。

 戸惑う彼にヴァリニャーノが言う。 


 『奴隷を買った商人を説得し、一人でも多く連れ戻すように掛けあいなさい!』 


 そんな事、出来る訳がない。

 単純にそう思った。

 既に売買は成立し、奴隷を日本から連れ出している。

 少なくとも支払った奴隷の値段、手間賃、商売がふいになった損害などを補償せねば、商人とて応じる訳がないだろう。

 イエズス会士である自分に私有財産はない。

 支払う当てがないから奴隷を売った宗麟にも、買い戻す事など叶わない筈だ。

 当たり前の話である。

 そう思い、管区長を見る。


 『人は誰しも間違うモノです。大切なのは間違いに気づいた後、どうやってそれを償うかでは?』


 それに反論はない。

 

 『許されて異国に住まう我々は、その国の法、風習、文化を尊重せねばなりません。そうでなければ他宗派の人々より反感を買い、追い出されてしまうでしょう。そうなっては我らの目的である、主の教えを広める事は不可能です』


 この辺りは見解の別れるところだ。

 神の教えに反する事は断固として拒否し、みだらな現地の風習は止めさせる事を良しとする者もいる。

 前任のカブラルなどは特にそうで、口を酸っぱくして日本人の悪癖を非難していた。


 『兎に角、間違いを正しなさい。正そうと努めなさい。少なくとも正そうとしている、彼の目にそう映らなければ、我々はここにいられなくなるでしょう』


 その言葉にハッとした。

 管区長も奴隷を買い戻す事は無理だと分かっているのだ。

 それでもそうしなければならない理由を察し、ようやく理解する。

 言い含めるようにヴァリニャーノが言った。


 『彼の持つ権力は巨大です。洗礼を受けた大名だからとて、彼の決定を止める理由にはなりません。天の父の前で人は平等です。我らはキリスト者として正しい道を歩まねばなりません』


 宗麟とは手を切れ、そう言っているのだろう。

 

 『過ちは出来るだけ早く改めろとこの国では言うようですね』


 それも今すぐに。

 彼はその足で臼杵へと帰った。


 探りを入れる目的で派遣した宣教師から、交渉の余地はなさそうだとの報告を受け、かと言って5万の大軍に抗う術はなく、下手に抵抗するよりはと宗麟は負けを認めた。

 信長の言葉にあった、今すぐ消す方法はないに賭けたのだ。

 今すぐでなければ消す方法があるのではと。

 しかし、それは甘い見通しだった事が直ぐに判明する。


 「人を攫って異国に売り飛ばし、その金で異国の武器を買い、更に戦を起こして人を攫う。勅旨が禁じたにも関わらず、誠に許し難く、捨ておけぬ行為の数々!」


 信長の追求の声が寺に響いた。

 地元の一向宗が提供した宿営地で、臼杵は目と鼻の先である。 


 「まさか海を越えて連れて行くなどとは思っておらず、我らのとがではない!」


 冷や汗を流しながら宗麟が言い訳をする。

 織田軍の装備は桁外れで、懐事情の違いを肌で感じていた。

 勝てる訳がないと思い知る。

 抗弁した宗麟の言葉に信長が笑みを浮かべた。


 「売った先でどう扱おうと知らぬと申すか、それは確かにそうである!」


 その反応に気を良くし、言い募る。 


 「南蛮人の屋敷にて、下男下女として使っておると思っておった! 儂は何も知らなんだし、何の責もない!」


 そうかそうかと信長が笑う。

 笑いながら宗麟に近づき、その右頬を盛大に張り倒した。

 周りは呆気に取られ、動く事を忘れる。 


 「何をする!」


 宗麟とて幾つもの戦場を駆けてきた武将である。

 敗軍の将としてその場にあっても恐怖に縮こまる事はない。

 そんな彼の反応に信長は舌打ちした。 


 「つまらん」

 「負けを認めたとて無礼であるぞ!」


 断固抗議する。

 周りはようやく事態を理解した。

 殺気立つ大友に対し織田はオロオロ、龍造寺と島津、毛利は喝采を上げる。  

 そんな周りを気にもせず、信長が言った。


 「右の頬を打たれたら左の頬も差し出すのが伴天連ではないのか?」

 「何ぃ!?」

 

 素朴な疑問を尋ねただけ、そんな顔付きである。

 宗麟はイラついた。 

 その反応に首を傾げる。


 「はて? 伴天連の教えではなかったか?」

 「確かにそうだが、何を言いたい!」


 益々腹を立てた宗麟だった。 


 「いやなに、興味本位に過ぎぬ。切支丹である事が誇りならば、迷う事なく左の頬を差し出すモノだと思っておったからな」

 「我を愚弄するか!」


 宗麟の言葉が契機となり、信長の纏う空気が変わった。 

 にこやかな笑みさえ浮かべていたのに、一転して険しい表情である。

 宗麟を見据え、ピシャリと言う。


 「愚弄しているのはお前だ!」


 その違いにギョッとし、思わずのけぞった。

 信長が畳みかける。


 「売られた先でその者らがどうなっているのか知らなかっただと? とぼけるのも大概に致せ!」 


 激しい怒りを含んだ口調であった。

 二の句が継げずに押し黙る。


 「異国へと連れて行かれた者達の嘆き、悲しみを思えば、その原因たる者を同じ境遇に落とす事こそ相応しい!」

 「な、何だとぉ」


 ようやく口を開いたが、先ほどまでの威勢は綺麗さっぱりと消えていた。

 沙汰を言い渡す。


 「樺太からふとへ行け! そこで好きなだけ切支丹王国ムシカとやらを作るが良いぞ!」


 ムシカは宗麟が夢見た理想郷で、キリスト教に基づいた国家らしい。

 島津に敗れた耳川の戦いの頃、そのような計画を立てていたようだ。

 こうして大友家の処置は決定した。

 周りの者は心の中で叫んだという。

 樺太とは何処いづこ、と。




 『日本から連れ出した奴隷を全て帰国させる事を命じます』


 勝二は奴隷売買に関わったポルトガル商人を前に、信長の命令を読み上げた。 


 『それが出来ない限り、二度とこの地で商売をする事は許しません』


 悲鳴に似た叫びが響く。

 日本人奴隷は本国でも高く売れるが、産物も高値で取引されている。

 その入手先を失う事は出来ない。

 それに、今回の事で大友家は駄目になったが、大砲を売りつける当ては他にもある。

 みすみすその機会をスペイン人に渡したくはない。

 しかし、今更売り払った奴隷を買い戻す事も出来ない。

 勝二に向かい、あらん限りの言い訳を試みた。


 『いい加減にしなさい!』


 埒が明かず、業を煮やした勝二が声を荒げた。

 彼が怒る事など滅多にない。

 これまでの人生でも二度くらいしかなかったのだが、今回は余りに腹が立った。

 助けを求められたのに逃げ出した、マカオで出会った女の事が思い出される。


 『日本が大西洋へと移った後に奴隷を買い付けたのであれば、ポルトガル本国かスペイン辺りに運んだに違いなく、数カ月で行って戻れる距離です!』


 遠いとか時間が掛かり過ぎるとか言う者を黙らせる。


 『頭を下げて頼み込み、売った額で買い戻せばいい! その大変さなど我らの知った事ではありません!』


 どうやって買い戻すのだと口にする者に呆れた。


 『日本で奴隷を買った際の価格分はお支払い致しましょう。しかし、その時には既に売買禁止令が出されていた筈。定めを破った者に対し、それ以上を払う事は出来ません!』


 商売の事を言い出す者には法令を出した。

 それでも苦情、非難は尽きない。


 『そんな事をやっているから国を失うのです!』


 頭にきて口を滑らせてしまう。 


 『間もなくアナタ達は帰るべき祖国を失い、海外に持つ領土を彷徨さまよう事になるでしょう! 自らの行いが招いた報いです!』


 ハッとした時にはもう遅い。

 世迷い事をと嘲笑う商人達から逃げ出すようにその場を去った。




 『陛下! 素晴らしい計画を思いつきました!』

 『どうした騒々しい』


 王宮で執務中のフェリペ2世は顔を顰めた。

 今日もカルロスは元気一杯である。


 『ポルトガルを併合した暁には、リスボンに都を移せば良いと考えます!』

 『併合は兎も角、都を移すだと?』


 この時、スペイン国王フェリペ2世はポルトガル王国の後継者問題に干渉し、両国を同時に支配しようと画策していた。

 貴族の多くは既に買収し、役人や商人にも手を回して賛意を得ていた。 


 『リスボンは大西洋に面しております。日本と交易を行うのであれば、その方が都合が宜しいかと』

 『ふむ』


 確かにと頷く。

 考えておこうとカルロスを下がらせた。

 そしてフェリペ2世の策略は成功し、1580年、ポルトガルはスペインによって併合された。

 フェリペ2世の統治を良しとしないポルトガル人達は、こうして帰るべき国を失った。

どうして樺太も移動した事を知っているのか?

蠣崎氏から報告があったようです。

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[一言] あらら、預言者フラグたっちゃったよ このころなら、ノストラダムスの記憶があるころだから 予言者かもww
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