第79話 大友征伐
1580年、大友家の征伐が行われる事となった。
織田信忠を総大将とし、羽柴秀吉、明智光秀、柴田勝家ら有力武将が率いる、織田家だけで2万の兵が九州に向かう。
顕如率いる大坂城を海から兵糧攻めにした九鬼水軍を使い、瀬戸内海で兵馬の一部を運ぶ計画である。
将来を見越した信長の案で、人員の大量輸送の試みであった。
波の穏やかな瀬戸内海は、このような時には絶好の場所であろう。
「信親君、兵糧はどうなっていますか?」
「目標の七割です」
「順調ですね」
そんな中、必要な物資を用意運搬する役目を仰せつかった勝二は、目が回りそうな忙しさにあった。
何せ織田家でも初の試みと言え、誰も経験した事がない。
現代社会では誰もが当然のように理解していた知識も皆無で、そこから始めねばならないのかと嘆息する事態の連続である。
関係各所を回り、担当者がアヤフヤだとしてたらい回しにされ、空が暗くなって終わりという事もしばしばだった。
電気のない暮らしの不便さを改めて感じる。
また、当たり前だが電話もない。
訪ねた相手が不在の場合は連絡のつけようがなく、帰って来るのを気長に待つというのも辛かった。
この待ち時間があればと焦燥感に苛まれる。
療養していなかったら確実に倒れていたと思う勝二であった。
「終わったぞ!」
「幸村君ありがとう!」
お願いした要件をしっかりと済ませてきた幸村を労う。
今回は商人との値引き交渉をやってもらった。
本人の不得意な事も多少は無理してやってもらい、計画が遅れずに進むよう努めている。
「重秀さん、黒色火薬はどうなっていますか?」
「各城に備蓄していた分を掻き集めてどうにかなりそうだ」
「それは良かった!」
その報告にホッとする。
硝石は目下増産中であるが、今回は間に合わない。
「顕如様にお願いした事は大丈夫そうですか?」
「お任せあれとの事です」
頼廉が顕如の返事を伝えた。
シイタケの栽培法と引き換えに、色々と協力を求めている。
「当分戦はしないという宣言を破る形になりましたが、民衆はどのような反応ですか?」
「大友家が異国に奴隷を売り飛ばしていた事を知り、信長公の決断を支持する声が圧倒的ですな」
盛清が答える。
勝二がマカオで見た奴隷の惨状が世間に伝わり、怒りの声が充満していた。
とばっちりを受けている者が抗議する。
「そのせいで我らイエズス会がいわれなき批判に晒されているのですよ! 日本人を奴隷にしてはならないとバチカンに訴えたのは我々なのに!」
神父ヴァリニャーノがプリプリして言った。
教皇にそう進言したのは他ならぬ自分である。
「普通の人々は事情を知らないのだから仕方ありませんよ。スペインはそれをしないと約束したと、繰り返し言い続けるしかないのではありませんか?」
「奴隷を扱うポルトガル商人のせいです!」
救世主であるイエスの愛を説く為、遠い異国へとやって来た宣教師達であったが、彼らが乗っていた船は愛とは程遠い状態だった。
世界の不合理を凝縮したような環境にあり、それでも心が折れなかったのは、ひとえに赴任地での宣教活動への期待である。
世の中から全ての不幸をなくす事など不可能だ。
ならばより多くの救いを人々に伝えられれば良い。
それには一人でも多くの信者を増やし、イエスの教えを世に広める事だ。
そう強く誓って宣教の地に降りた彼ら。
船で思い知らされた無力感と自責の念が、より一層布教への熱意を高めたのである。
「日本に上陸するスペインの方々には、くれぐれも不埒な行動をしないよう念を押して下さい」
「勿論です! これ以上我々の印象を悪くするのはご免です!」
ヴァリニャーノが断言した。
「文三君の方はどうです?」
「へぇ。村々を回り、肥料成分の説明をしてるところでごぜぇます。菜っ葉を使った実験は好評で、皆納得してくれてますだ」
「引き続きお願いします」
「へぇ」
文三は肥料が作物の成長に及ぼす影響について説いて回っていた。
発芽したばかりの幼苗は種子に蓄えられた養分を使い、一定程度成長する。
種子の養分が切れると周りから吸い始めるのだが、その際、窒素過剰、逆に窒素がない肥料など、与えるモノを変えて生育の違いを見るのである。
チッソの場合は尿、リン酸は骨粉、カリは木灰を使った。
また、それぞれが少ない場合、つまり欠乏症も併せて説明している。
「改善は進んでいますか?」
「動線を邪魔しないようにすると凄い楽になるね」
弥助も忙しく動き回っていた。
船に荷物を積み込む作業の現場監督をしつつ、労働環境の改善である。
動線を確保したり、無理な動きをしないで済むようにと、勝二の助言を基に独自で工夫を重ねていた。
これまでは言われた事をこなすだけで良かったのに、他人を使う立場となり気苦労も多い。
それでも懸命に頑張った。
自分に期待してくれた勝二の為である。
「おやつをお持ち致しましたよ」
「おぉ、ありがとう。皆さん、一息つきましょう」
頃合いを見たお市が声を掛けた。
五代家ではおやつの習慣を取り入れている。
お茶と軽い菓子程度だが、皆に好評だった。
「良い香りですね」
「今日は酒で溶いた味噌を塗り、香ばしく焼き上げたお煎餅です」
「これは美味しそうだ」
味噌の香りが鼻腔をくすぐる。
新商品の開発も兼ねていた。
「江も作ったんだから!」
「偉いなぁ」
勝二に褒められ、三女が鼻を高くする。
織田家では何不自由なく過ごしていたが、ここでの生活の方が余程楽しかった。
そんな風にして勝二は準備を進めていた。
苦労ばかりだが収穫もある。
秀吉、光秀、勝家の下を訪れ、顔なじみとなった事だ。
今後も何かとお願いする事が多かろう。
知った仲から言われる事と、疎遠な者から頼まれる事の、どちらが確実だろうか考えれば、茶会であれ何であれ、定期的に会っておく事は必要である。
そして一番は、秀吉配下の石田三成(20)と知遇を得た事であろうか。
有能な官吏として既にその才を発揮しつつあった三成は、この計画をつつがなく進める上で大いに役立っている。
「必要な物資の一覧表と共に、進捗状況を一目で確認出来るようにします」
「と言いますと?」
三成が首を傾げた。
いきなり言われても想像がつかない。
「このような感じです」
「おぉ! これは分かりやすい!」
見せられた書類に感嘆した。
何がどのくらい必要で、今はどれだけ集まっているのか、あれこれ探さなくても直ぐに分かる。
「船に番号を振り、どの船に何をどれだけ載せているのか管理しています。そうすれば必要な物を必要としている場所に速やかに運べます」
「それは素晴らしい!」
参考になる事ばかりであった。
「必要な情報は全てお伝えします。裏方同士、情報の共有が何より大事ですから」
「分かります」
勝二の言葉にウンウンと頷く。
同じ織田家なのに家が違えば分からない事も多く、調べるだけで一苦労なのだ。
大して重要でもない事まで秘匿し、勿体ぶるので時間が無駄になる。
「特に数字は正確さが重要です。正確でない数字はないより悪い」
「まさしく!」
我が意を得たりと同意した。
どんぶり勘定になりがちな周りの中、数字に細かい三成は苦労ばかりである。
「これが織田の力か!」
大坂に残った家久が驚きの声を発した。
海面が見えないくらいに船が浮かび、沢山の荷が積まれている。
義久は一足早くに薩摩に帰っていた。
『嘘だろ……』
トーマスの幼馴染であり、同じ船の乗組員でもあるジェームズが目をまん丸にして呟いた。
『こんな動員力、あり得ねぇ……』
勝二の希望で大坂に留まってもらっている。
細かい話を彼より聞きだし、世界史だけの知識を補強しようと思っていた。
『これで日本の半分しか支配していないのかよ……』
ジェームズには到底信じられない。
母国イングランドとは比べようもない兵力、物資の豊かさであった。
『どうなってやがんだ?』
気になるのは他にもある。
『これだけの兵隊が集まっているのに、民衆がまるで恐れてねぇ』
それが謎だ。
普通、兵隊が多く集まれば町の治安は悪化する。
飲んで騒いだり喧嘩をしたり、物を買っても金を払わず揉めるのだ。
女にちょっかいを掛ける者、酔いつぶれて迷惑を掛ける者が続出し、町の者は兵隊を恐れ、厄介者扱いするのが常である。
それが大坂では違う。
恐れるどころか親しく声を掛けているくらいだ。
『こんなのがスペインと組むってのか?』
それは恐ろしい未来に思えた。
祖国にとって、である。
こうして織田軍は九州に向かい、島津の1万、龍造寺1万、毛利1万の、計5万人の軍勢となった。
龍造寺隆信はいち早く信長に臣従し、部隊の派遣である。
「殿、どうなされるのですか!」
「五月蠅い! 分かっておる!」
宗麟は追い詰められていた。
奴隷の売買禁止など口だけで、実際には野放しだろうと考えていた。
しかし蓋を開けてみればこうである。
5万の兵に対抗する力などある筈がない。
このままでは滅ぼされる。
そう考えた宗麟は必死で打開策を考えた。
「信長は伴天連と親しい。イエズス会に連絡を取れ!」
家臣に命じた。
頼廉の事をすっかりと忘れておりました。
宣教師の事は適当に書いてます。




