第78話 フランシス・ドレークとアルマダの海戦
前話、大英帝国云々を削って今回の話に入れました。
『この度は大変なご苦労に遭われたようで……』
『言葉が分かるのか!?』
『意思の疎通には困らない程度に』
勝二はトーマスらと面会した。
流暢な英語を操る日本人の登場に驚愕した彼らであったが、それは直ぐに歓喜へと変わる。
『説明してくれ! 一体どうなっているんだ?』
『ここは本当にあの日本なのかよ?』
『俺達はどうなる?』
矢継ぎ早に質問が為される。
聞きたい事は山ほどあった。
『私が知っている範囲で構いませんか?』
『それで構わない!』
まずは情報が欲しい。
『私にも理由はサッパリ分かりませんが、日本が島ごと大西洋の真ん中に移動してしまったようです』
勝二はこれまでの状況を説明し始めた。
『まさか本当にそんな事が……』
聞き終える頃には呆然自失であった。
『神の奇跡と言うより他にない』
『ああ、その通りだぜ』
神の奇跡。
今までに何度となく、信じられない事が起きた際に使った言葉であるが、今回の事態に比べたら児戯に等しいと感じる。
それくらいに衝撃を受けた。
『我らが世界一周の航海に出ている間に、まさかそのような事態になっていたとは分かる筈がない』
『知っていたら船長だって……』
そう言って悲しみに暮れる。
勝二はおやと思った。
『トーマスさんが船長ではないのですか?』
てっきりそうとばかり思っていた。
本人が否定する。
『元々はドレーク船長の下で副船長をやっていたんだよ』
『ドレーク船長!? もしやフランシス・ドレーク?!』
今度は勝二が驚く番だった。
その反応にトーマスらも驚く。
『ドレーク船長を知っているのか?』
『ゴールデン・ハインド号で世界一周の航海を成し遂げ……る旅に出たと聞いています』
『それが我らの船だよ!』
勝二はついうっかり、未来の知識を喋ってしまうところだった。
幸い誰も気づいていない。
そして勝二は愕然とする。
フランシス・ドレークと言えば、私掠船を率いて散々にスペイン船を襲い、莫大な富をイングランド王国にもたらした事で有名な海賊だ。
奇しくも今回、島津が捕らえたゴールデン・ハインド号で世界一周の旅に出発し、途中で奪った宝は王国に支払った配当金だけでも、王国の借金を帳消しにする量だったという。
その功績でエリザベス女王よりサーの称号を与えられ、海軍中将にも任命された。
史実では8年後の筈だが、イングランドとスペインの力関係を大きく変える事になる、アルマダの海戦が起きる。
その一大決戦においてドレークは副指令官を務め、お飾りである貴族の上官の下、実質的に彼が艦隊を指揮してイングランドを勝利に導いた。
無敵艦隊の敗北はスペインの凋落を予感させ、新興国であるオランダの勢いを増す事に繋がった。
そんな救国の英雄ドレークが島津に殺されている。
ドレークがいなければ、アルマダの海戦もどうなるのか分からない。
ここまで考え、勝二は重要な事に気づいた。
天啓にも似た啓示であった。
上手くすれば大英帝国の成立を阻止出来るのではないかと。
自分の知っている世界の争いを未然に防げるのではないかと。
そんな途方もないアイデアが頭に浮かんだ。
しかし今はそんな場合ではない。
突飛な空想を脇に押しやり、目の前の相手に集中する。
『それでは皆さんは、イングランドに帰る途中だったのですか?』
『その通り!』
『大西洋にある筈のない島影を見つけ、探検しちまったって寸法よ!』
船員達が自慢気に胸を反らした。
彼らは冒険心が旺盛な故に船乗りになったのであろう。
未知の島を見れば心が疼くのは想像出来る。
今回はその結果が悲惨であるが。
『では、やはり帰国がお望みですか?』
『当たり前だ!』
『あいつら怖ぇよ!』
勝二もその言葉には頷く。
話半分に聞いても、ひえもんとりの件は恐ろしい。
『皆さんは武装を解けという警告を無視し、あろう事か薩摩の村を焼いております。本来、全員が首を斬られても仕方ありませんので、期待せずにお待ち下さい』
『そ、それは理解している……』
義久に経緯を聞き、悪いのは英国人だと分かっている。
相手を未開な蛮族だと侮っている側が犯しがちな対応の拙さだ。
生麦事件も概ねそのような理由で起きている。
勝二はそう釘を刺し、面会を終えた。
『3年、皆さんの知っている知識を教えて下さい』
『知識だと?』
義久と交渉した勝二がトーマスらに述べた。
『帆船の操り方、航海の技術、大砲の扱い方など、3年間だけ教えて下されば後は自由だと義久公は仰っています』
『自由になっても船がなければ帰国出来ないが?』
トーマスが疑問を呈した。
『それだけの時間があれば、我々もガレオン船を建造出来るようになっているでしょう。その船で送り届けて差し上げます。不安であればスペイン船に乗れるよう、取り計らいます』
『それはありがたいが……』
勝二の申し出に謝意を表す。
『ゴールデン・ハインド号は、やはり?』
『積荷と共に没収との事です。皆さんが焼いた村への補償もあるそうでして、こればかりはどうしようもありませんでした』
『已むを得んか……』
生殺与奪は島津が握っている。
殺されないだけマシであろう。
今は大人しく耐えるしかなかった。
そして義久と信長の会談の結果、日本人を奴隷として海外へ売り飛ばした大友家への、征伐軍が編成される事になった。
最終的に島津、龍造寺、毛利、織田が、総勢5万の兵を出す。
「貴殿に息子を任せたいのだが」
家久が言う。
「薩摩男児は薩摩で育てねば、立派な薩摩兵児にはならぬでしょう?」
勝二はそれを断った。
家久の息子は後の豊久だと知っている。
変に影響を与えてしまっては不味いと思う。
「そう言われれば引き下がるしかあるまい」
家久も頷いた。




