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第75話 その後

 地獄の門番ケルベロスに睨まれた気分だった。

 目の前には抜き身の刀を手にしたヨシヒサがいる。

 頭から食われてしまいそうな恐怖に足が縮こまった。

 このままでは殺されると分かっていても体が思うように動かない。

 ブルブルと震える自分を他所に、刀を大きく振り上げた。

 ゆっくりと頭の上まで持っていき、一旦止めて静かに一呼吸置く。

 そして、この世の終わりを告げるような叫び声を上げ、一気に振り下ろす。

 

 『うぉぉぉ?!』


 思わずトーマスは飛び起きた。

 その勢いに、額に乗せられていた布巾がズレ落ちる。

 心臓がバクバクと鼓動し、その音で耳が痛い程だ。

 全身がぐっしょりと汗ばんでいる。

   

 『夢、だったのか……』


 思い出し、ブルっと震えた。

 まさに悪夢であった。  


 『ここは?』


 ふと状況を思い出し、周りを見回した。

 一人で部屋の中に寝かされており、きちんとした寝具に包まれている。

 部屋はシマズの城で見た、草を編んで作った床と紙で出来た仕切り戸であった。

 するとその戸がスーッと開く。


 『女?!』


 ギョッとして叫ぶ。

 入って来たのは一人の女で、手には布巾とたらいを持っていた。

 トーマスの声に女も驚き、盥を落してしまう。

 水が入っていたらしく、床の上に大きな水溜まりが出来た。

 女は慌て、こぼれた水を布巾で吸い取り始める。


 『す、すまない!』

 

 驚かせた事を謝り、起き上がって手伝おうとした。

 しかし女はビクッとし、後ずさる。 

 よくよく考えれば、見ず知らずの男が急に近付いてくれば恐ろしいだろう。

 怖がらせたようでバツが悪い。

 大人しく引き下がり、後片付けは女に任せた。


 テキパキと動く女であった。

 布巾に水を含ませてから盥の上で絞り、再び水を含ませる。

 それを何度も繰り返し、瞬く間に床の水を拭き取っていく。

 働き者なのだなと思った。


 一心不乱に作業をこなす女の顔をチラリと盗み見る。

 故郷の女達とは違い肌は浅黒く、目鼻立ちははっきりとしていない。

 幼さの残る顔立ちであった。


 『君が看病してくれたのか?』


 拭き終わりを見計らい、トーマスが尋ねた。

 水の入った盥と布巾となると、看病しか考えられない。

 どうせ言葉は通じないが、感謝だけでも伝えられたらと思う。

 しかし女は答えなかった。

 それどころかそそくさと立ち上がり、何も言わずに部屋を出ていく。

 

 『そんなに怖いのか……』


 トーマスはガックリと肩を落とした。

 やがて遠くからドタドタとした足音を鳴らし、大勢が近づいて来る事に気付く。 

 足音は部屋の前で止まり、すぐさま戸が開いた。


 『気が付いたのか副船長!』


 仲間達であった。

 赤ら顔で足元がふらついている。

 まさか病気かと心配になり、立ち上がって駆け寄った。


 『酒臭いな!』


 赤い顔もふらついているのも、酔っ払いのそれだったようだ。

 呆れた顔のトーマスに抗議する。


 『仕方ねぇだろ! あれからずっと宴会だからな!』

 『お前達は何をしているんだ?』


 心底不思議に思った。

 殺されるのを待つばかりであった筈なのに、酒盛りとは。 


 『知るかよ! 奴らに聞いてくれ!』


 そう言って横にずれ、道を空ける。

 現れたのはヨシヒサだった。

 夢の中と違って人相は悪くない。 


 「目が覚めたか」

 『一体どうして?』


 疑念に染まった顔をしているトーマスに、勘を働かせて言う。


 「薩摩では勇武を示した者らを粗略には扱わぬ」

 

 そう言ってトーマスが持っていたサーベルを手渡す。

 言葉はサッパリだが、今度こそ歓迎されている事だけは分かった。


 「早速だが大筒の使い方を教えろ」 


 仕草で何となく理解する。

 思えば武装した姿でゴールデン・ハインド号を出迎えた事から、薩摩では大きな戦争を準備していたのかもしれない。

 そうであれば大砲に執着する理由も頷ける。

 ここで断れば自分達の扱いが悪くなるだろうし、故郷へ帰る道が遠のくかもしれない。

 拒否はしないが、まずやらねばならない事がある。  


 『その前に死んだ者の弔いをしたい』


 海で死ねば海に流し、陸で死ねば墓の一つは作ってやりたい。


 『副船長、それなら済ませたぜ?』

 『本当か?!』

 『嘘じゃねぇ。奴ら、俺達の指示する通り丁寧に弔ってくれたぜ』

 『そ、そうか……』

 

 思わず拍子抜けした。

 

 『ドレーク船長のアレには小便ちびっちまったが、奴ら、案外野蛮でもないのかもな。結構話の分かる奴らだぜ?』


 仲間の言葉に目頭が熱くなり、ヨシヒサに向かって頭を下げた。


 『供養、感謝する』




 『これがゴールデン・ハインド号の装備だ』


 船を案内し、島津に説明する。


 『ペトラ砲4門、ファルコネット砲4門、ミニオン砲が14門だ』

 「おぉぉぉ」

 

 大砲がずらりと並ぶ光景に、乗り合わせた一同はどよめいた。

 一隻の船にこれだけの数を積んでいる、その事実に驚愕する。 

 西洋の持つ力を肌で実感した。

 

 「とは言え、これがあれば大友なぞ!」

 「そうです! 奴らに目に物見せてやりましょう!」


 強力な武器を手に入れて盛り上がる。 

 このまま大友を討ちに行く、そんな気配さえあった。


 「早速都之城へ運びましょうぞ!」


 気の早い者が口にする。

 宮崎城を失い、迎え撃つのは都之城と決めていた。

 

 「義久様?」


 無言の当主に戸惑う。

 てっきりそのような指示をするものと思い込んでいた。

 しかし義久は黙ったままである。

 ようやく口を開いたと思ったら弟らを呼んだ。


 「お前達はどう使う?」

 

 義弘らに尋ねた。

 大砲を手に入れた今、どうすべきなのか迷っていた。


 「都之城に備え付け、押し寄せる敵を迎え撃つべきかと思います」 

 「うむ」


 義弘が答える。

 都之城に退く事は彼の発案である。

 

 「宮崎城を攻めるべきだ!」

 「成る程」


 寧ろ攻勢に出るべきだと歳久が言った。

 相手はこちらの大砲の事は知っていない。

 強襲を掛ければ城を奪い返せると力説する。


 「この船で臼杵うすきを攻撃するのは如何でしょう?」

 「何だと?!」


 家久の提案に驚いた。

 全く思いつかなかった考えである。


 「日向は南北に長い国です。臼杵から宮崎までの城を取った大友は、本拠地が手薄になっているのではないでしょうか。今、この船で臼杵に向かい上陸して暴れれば、宗麟は混乱して大慌てで兵を戻してしまう気がします」

 「うぅむ」


 その策に唸った。

 島津が西洋の船を分捕った事など知る筈がない。

 無防備のところを強襲すれば効果は大きいだろう。

 義久は考え込んだ。

 そして答えを出す。 


 「臼杵を攻める」


 その決定はすぐさま実行に移された。

 総大将を家久とし、トーマスらに操船させて敵の本拠地を攻撃する作戦である。


 「そういう訳で宜しく頼む」

 『いきなり約束と違う気がするが……』

次話で薩摩のお話は終わります。

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