第73話 死合
「どうして初めに名乗り出なかった?」
義久が疑問に思ったのはその点である。
仇を討ちたいなら真っ先に言えば良い。
「聞けば伯父上は戦いにて果てたとの事。戦いの結果ならば、たとえ異人であれ憎むものではございませぬ!」
「ふむ」
孝道の答えは納得出来る。
戦場で起きた事に遺恨を抱けばキリがない。
しかし、それならば尚更不思議に思う。
「それがどうして気が変わった?」
「はい! あの男の振る舞いは、誠、武人にあるまじき態度でした! これでは伯父上が浮かばれませぬ!」
孝道が吐き捨てるよう言った。
ドレークの最期に思うところがあったようだ。
「それで直接、か」
「はい! この手で仇を取るべしと思いました!」
その言葉に周りの者らも喝采を上げた。
仇を討つのは武家たる者の責務といえ、無事に果たせば誉である。
「許す」
「有り難き幸せ!」
暫し考え、義久は許可した。
と、町の方から時を告げる鐘の音が響く。
「ではこうしよう。いんぐらんどから十人、こちらから十人を出し、死合をさせる。いんぐらんどは一人でも生き延びたら勝ちとし、残りの者の罪を許そう」
ドレークが醜態を晒したせいで兵達の不満は解消されず、次なる生贄を求めている。
義久としてはこれ以上の犠牲者を出したくなかった。
武器の取り扱い方や操船技術など、手に入れたい知識は山ほどあるのに、このままでは全てを殺すまで収まりがつかない可能性もある。
そこで一計を案じた。
「許すとしてもどうなされるおつもりか?」
義弘が尋ねた。
兄の思いは理解している。
大友に対抗するには絶好の機会であろう。
「武器の扱い方を知るのに必要な者を残し、残りは織田に連れて行けばどうにかする筈だ。その際、同盟を打診するのも良かろう」
「妙案です」
信長は海外へと売られた日本人奴隷を買い戻そうとしている。
そうであるなら、日本で奴隷となった南蛮人を異国へと送り返す事にも協力するだろう。
自分がやらないような事を他人に求めても、普通は見向きもされない。
「しかし死合といっても、奴らに我らの相手が務まるのですかな?」
義弘には疑わしく思えた。
折角の兄の計画も、応えられる者が相手側にいなければ絵に描いた餅である。
「海の上で種子島だけを使う事はあり得ぬ。水しぶきでも掛かれば途端に使えぬし、揺れる狭い船の上で次弾の装填は困難だ。刀に類する武器を持って戦うのが自然であろうし、現に数名は腰に差しておったではないか」
「確かに。夜襲に際してもそれで応戦したとの報告でしたな」
「うむ。なので全く戦えぬ訳ではあるまい」
それがどの程度なのかは流石に分からない。
義久にも賭けであった。
「大至急奴らの武器と太鼓を持って来させよ」
「ははっ!」
とは言え、それ以外に妙案も浮かばない。
「何度見ても短いですな」
「船の上で戦う為であろうな」
馬が荷を積んで戻ってきた。
没収した彼らの武器である。
日本の刀に比べて刀身は短く、逆に幅は広い。
片手で扱うのか柄は短く、手を保護する作りになっていた。
彼らによればサーベルというらしい。
「お前達の武器だ」
義久はサーベルを、残ったトーマスらの前に置いた。
『我らの剣?』
いつ殺されるのかと恐怖に怯えていたトーマスらであったが、違うのかもしれないとの期待を感じ始めたのはついさっきである。
船長が殺されてから時間が経つのに、二人目の犠牲者はまだ出ていない。
しかし、それはやはり誤解であったようだ。
「十人選べ。こちらの選んだ十人から一人でも逃げおおせば助けてやろう」
『何を?』
自分達よりも数が多い槍を突き付けられ、トーマスらは恐怖で身動きも出来ない。
このまま殺されるのだと覚悟したが、何時まで経ってもそのままだった。
『どういう意味なんだ副船長』
訳が分からない船員達がトーマスに尋ねる。
船長のいない今、判断を下すべきは彼であった。
『意味が分からない』
身振りで伝える。
理解したのか言葉ではない説明になった。
シマズが10人ずつに別れ、片方はサーベルを、もう片方は彼らの剣を持ち、一定のリズムで太鼓が打ち鳴らされる中、鞘に収めたまま模擬戦を始めた。
鞘で切られた者はその場に寝転がり、起き上がらない。
まずサーベル側が全滅した。
すると、トーマスらに向かって槍を突き出す仕草をする。
もう一度模擬戦が始まり、今度はサーベル側の一人が逃げ回った。
鳴り響いていた太鼓が止まる。
戦いが終わったようだ。
トーマスらに向けていた槍を下ろし、縄を切る仕草をした。
『どういう事だ?』
船員が問う。
トーマスは考え、答えた。
『サーベルを持ち、10人で戦えと言っているのだと思う』
『何?』
『一人でも生き残ったら我々を解放するつもりなんじゃないか』
『本当か?!』
諦めかけていた時に思わぬ朗報である。
船員達は色めき立った。
『多分、そういう事だと思う』
トーマスとて自信がある訳ではないが、ヨシヒサの顔を見るとそうとしか思えない。
彼の目に狂乱の色はなく、寧ろ自分達を憐れんでいるように見える。
そんなトーマスを見つめる義久も彼への評価を高めた。
「槍を向けられている中で胆力のある奴だ」
「その者が指揮する船では警戒を怠らず、侵入を許してからは力の差を悟り、真っ先に降伏したそうですぞ」
「成る程、納得だな」
直感が正しかったと知り、ホッとした。
やはり、ただ殺すには惜しい。
「死にたくなければ強い者を選べ」
こちらは名うての手練れが、我こそはと手を挙げるだろう。
義久は薄いながらも一筋の希望に賭けた。




