第70話 島津の降伏
『平野部は開墾されているようだな』
『しかも丁寧に手入れされていますね』
船から見える沿岸部の土地は耕され、区画に分けて利用されているようだった。
『武器、防具もそうだったが、案外知能の高い連中なのかもしれない』
『故郷の畑を思い出します』
ドレークらが見てきたアフリカや太平洋の島々では、自然のままに、その恵みを享受するだけの生活を送っている者達も多かった。
局部を隠すだけの服とも呼べない服を身につけ、投げ槍や弓で獲物を狩り、芋などを探して林に入り、その日の食料を得る為だけに働く。
神の救いを知らず文字を持たず、文明というモノにすら気づけない、劣った存在の蛮族。
そんな土人達を教化してやる事こそ、神の定めた使命だとさえ思う。
しかしこの島は違った。
まるでイングランドの田園風景を思わせる、区画の整備された耕作地なのだ。
『計画を立てるだけの頭があるらしい』
『統治も行われているのでしょうか?』
ドレークらは目に入る光景を観察しながら船を進めた。
『船長、前方に火山です!』
『煙を上げているのか? 噴火しないだろうな……』
沿岸に沿って進んだ先に、噴煙を空に吐いている山が見えてきた。
あまり大きな山ではないが、盛んに白い煙を昇らせている。
暫く進むと見張りが声を上げた。
『町があります!』
『でかいな!』
ドレークは驚いた。
これまでの村とは違い、建物の数が桁違いである。
『この地域の中心ではないか?』
『船長あれを!』
『あれは?!』
見張りの指さす方向に目をやり、ドレークは口をあんぐりと開けた。
『城、なのか?』
町を見下ろすような高台に、白塗りの大きな建造物が見える。
周りの家と比べ、明らかに大きい。
石垣を組んで堅牢に作っているのが遠目にも分かる。
『船長、上陸しても大丈夫なのですか?』
副船長であるトーマスが不安げに尋ねた。
今までの村とは違い、人の数も相当に多そうである。
初めに上陸した村でも鉄砲こそ持っていなかったが、原住民は死を覚悟して船へと突っ込んで来た。
その勇敢な戦いぶりを思うと、数で劣る今、無闇に上陸しない方が良いように思える。
『先に大砲を撃って警告しよう』
『分かりました』
トーマスの心配も尤もだと思い、そう命令した。
『何だあの数は?!』
ドレークはゴールデン・ハインド号を出迎えた人数に驚いた。
大砲の音に恐れるでもなく、夥しい数が集まり、海岸を埋め尽くしている。
一番前にいるのがあの村と同じような鎧を身に纏い、弓で武装している者達で、ざっと数えただけでも数千はいる。
丸に十字の旗を差し、やはり鉄砲は装備していない。
その後ろを、武装していない群衆が囲んでいる。
『船長、上陸は止めて下さい!』
トーマスが血相を変えて言った。
いくら船に大砲を積んでいても、上陸しての戦いとなれば圧倒的に不利である。
『いや、しかし……』
ドレークは迷った。
これだけの町を支配出来れば、どれほどの利益があるのか想像もつかない。
スペイン船が見当たらないところを見ると、まだ到達していないのだろう。
逡巡するドレークにトーマスが畳みかけるように言った。
『我々は既に大量の財宝を得ています! 島があると報告するだけで十分な筈です!』
『そ、それはそうだが……』
『今は無事に帰還する事だけを考えましょう!』
『そ、そうだな!』
鬼気迫る言葉にドレークは頷いた。
生きて帰る事さえ難しい世界一周の航海から帰ってきたのだ。
それ以上の成果など、求めない方がいいのかもしれない。
『船長!』
言い合う二人に見張りが告げる。
『武器を捨てて地面にひれ伏してます!』
『何?!』
慌ててドレークは陸を見た。
集まっていた全員が地面に膝を付け、兜を脱いで頭をこちらに下げている。
『降伏するという事か?』
ドレークはトーマスに尋ねた。
自分の見ている光景が信じられない。
『だと思われます……』
トーマスも自信なさげに口にする。
風習の違う部族であれば別の意味がある可能性もあるが、身につけていた武器を放り捨てているところを見ると、そう考えるのが妥当だろう。
『我らの持つ武器に恐れをなしたのか?』
『恐らく』
先程の大砲が効いたのかもしれない。
『良し、先発隊を出す! 我こそはを思う者は手を挙げよ!』
ドレークは報償と引き換えに希望者を募った。
『酒だ!』
『女もいるぞ!』
恐る恐る上陸した先遣隊を待っていたのは原住民の歓待であった。
下にも置かぬ厚遇ぶりで、真っ先に城と思われる建物に案内され、王と思わしき者から歓迎を受けた。
王の身なりは立派であり、色鮮やかな刺繍の施された、見慣れぬ衣服を身につけている。
髪は他の者と同じように額から頭頂部までを剃り上げ、後ろでチョコンと編んでいた。
他の者の接し方から相当な権力を持っている事が知れる。
そして、城の内部は今まで見た事のないモノで、板張りの床は理解出来るが、紙で出来た扉に仕切られた部屋の中は、草で編んだと思われる敷物が一面に敷かれていた。
『飲まねば礼儀に反するよな?』
『当たり前だ!』
王に勧められるまま、現地の女が注いだ酒を呷る。
『旨いじゃないか!』
『先に降りて正解だったな!』
酒の味に満足した。
『船長! 先遣隊が戻ってきました!』
『やっとか! 一体何をしていたのだ!』
首を長くして待っていたドレークの下に、送り出した者らが帰って来た。
『船長、奴ら、戦う気はないですぜ』
『うっ、酒臭い!』
報告者から漂う酒の匂いにドレークは顔を顰める。
『お前達、酒を飲んでいたのか?』
『断っても勧めてきやがるんで。なあ?』
『そうです! 飲まないと機嫌が悪いみたいなんで、仕方なく、です!』
そう言って仲間内で笑う。
『酔わせて襲うつもりだったらどうするのだ!』
『俺達はそんな愚か者じゃありませんぜ!』
『そうです!』
『フラフラで言っても説得力がないぞ……』
緊張感のなさに呆れた。
『ここはサツマで、王はシマズだそうですぜ!』
『サツマ、シマズ?』
『奴らがそう言ってました!』
それだけでも収穫ではある。
『一応敵対する気はないらしいな』
陸では何やら祭りのような騒ぎになっている。
歓迎の意を示しているように思われた。
『我々を油断させる為の策ではありませんか?』
慎重なトーマスが訴える。
ドレークもそれを心配した。
『トーマスは船に残って警戒を続けてくれ』
『分かりました』
副船長に指示する。
何かあった時の保険だ。
『船長は下船なさるのですか?』
『ああ。そのシマズとやらに会ってみる』
ドレークは上陸を決意した。




