第69話 フランシス・ドレーク
『ドレーク船長、スペイン船を発見しました!』
『良し! 最後の大仕事にするぞ!』
ゴールデン・ハインド号は洋上をヨタヨタと進むスペインのガレオン船を発見した。
『足が遅いな。たっぷりとお宝を積んでいるに違いない』
船長のフランシス・ドレーク(37)は、舌なめずりせんばかりにその船を見た。
その距離は確実に縮まっている。
相手もこちらに気づいているのだろう、船員達が慌ただしく帆を操っているのが見えた。
『手こずらせおって!』
ドレークが吐き捨てるように言う。
荷の強奪には成功したが、思ったよりも追うのに時間が掛かってしまった。
途中から荷を海に放り捨て、速度を上げて逃げたからだった。
『どうせ逃げられないのだから、さっさと捕まれば良いのだ!』
イングランドのガレオン船とは違い、スペインの船は見た目を重視しているために足が遅い。
無駄な努力をしおってと毒づいた。
『見ろ! 随分と陸から離れてしまったではないか!』
水平線の彼方にアフリカ大陸を見ながら進んでいたが、今は見渡す限りの大海原である。
追うのに数日間も掛けたのだから無理もない。
『位置的にアゾレス諸島の近くにいる筈だが……』
スペイン船を発見した場所から追うのに掛かった時間、進んだ方向からゴールデン・ハインド号の位置に大体の見当をつけた。
『船長!』
『一体どうした?』
見張りが大声で叫ぶ。
『水平線の先に陸地が見えます!』
『やはりアゾレス諸島だったか』
自分の推測が的中した事に満足する。
これまで何度も同じように予想を当て、成功を収めてきた。
今回の世界一周の旅も大成功で、莫大な富を今まさにイングランドへ持ち帰らんとしている。
出資者の一人であるエリザベス女王も大喜びであろう。
この功績により、サーの称号を得られるかもしれない。
『それどころか自分以上に航海術に優れている者など、イングランド海軍にはおるまい。上手くいけば軍で高い地位に就けるやもな』
そんな風にドレークが妄想していたところ、再び見張りが叫ぶ。
『アゾレス諸島とは比べようもないくらいに大きい陸地です!』
『何ぃ!?』
水平線に目を凝らした。
『確かに大き過ぎるな……』
見張りの報告通り、アゾレス諸島とは違って巨大な島影が見える。
水平線一杯に広がるような陸地だった。
『船長、あの噂は本当だったんじゃないですか?』
『馬鹿な! 島が移動するなど!』
ドレークは副船長を怒鳴りつけた。
大西洋に巨大な島が突如として現れたという噂は、立ち寄る港で何回も耳にしている。
その度に笑い飛ばしてきたドレークだった。
船乗りには迷信を信じる者達が多いが、航海の無事を祈ったくらいで大嵐から生還出来れば苦労はない。
『ドレーク船長、どうなさるんです?』
副船長が怯えた顔で尋ねた。
得体の知れない物には出来るだけ近づきたくないのだろう。
『未発見の島かもしれん。女王陛下に報告する為にも調べるぞ!』
このような場所にこんな大きな陸地があるなど聞いた事がない。
世紀の大発見やもしれぬと、内心興奮しながらドレークは指示した。
『船長、建物らしき物が見えます!』
『インディアンの集落か?』
遠目にも集落らしき光景が見えてきた。
『船を泊めろ!』
ゴールデン・ハインド号は海岸から離れた場所に錨を下ろした。
もしもの為だ。
『原住民らしき者達が集まっております!』
『やはりインディアンがいるのだな』
向こうもこちらに気付いているのだろう、数十人が船を指さし、慌ただしく駆け回っているのが見て取れた。
現地の鎧なのだろう、赤い色をした防具らしき物を全身に纏っている。
おかしな形をした飾りが兜に付いているところを見ると、スペインと同じで見た目に拘っているらしい。
しかしそれより気になったのは、その者達の数人が背中に差している旗だった。
『丸に十字架の旗?!』
『クリスチャンなのか!?』
驚く事に彼らは十字架を背負っている。
『既にスペインが支配しているのでしょうか?』
『いや、そうであれば大々的に宣言している筈だ』
これだけの大きさの島である。
もしもスペインなりポルトガルが先に見つけていたなら、真っ先に領有権を主張していたであろう。
『インディアンは弓で武装しております!』
『ロングボウが主力などいつの時代だ?』
彼らの手には、彼らの身の丈を超えるような長さの弓が見えた。
武器と言えばそれくらいで、後は腰に差した剣らしき物くらいである。
『鉄砲すら知らない未開人か!』
ドレークは笑った。
世界を一周する間、立ち寄る地で様々な民族や部族を見てきたが、恐ろしく野蛮で未開な集団がいる。
栄えあるイングランド王国が支配してやった方が彼らの為になる、そう思う程に酷かった。
『銃の一発でも撃てば大人しくなろう。大砲を撃つ準備もしておけ!』
『何か言っているが全く分からんな……』
『殺気だってますね』
小舟で接岸しようとしたところ、現地の者達に水際で阻まれた。
口々に何か叫んでいるが、まるで理解出来ない。
『島を調査したいだけなのだが、未開な奴らには通じんか……』
ドレークは溜息をついた。
雰囲気が変わったのは押し問答を始めて暫くだった。
『これ以上は危険だ!』
彼らの顔に憎悪が浮かんだのだ。
浅黒い平らな顔を醜く歪め、口々に叫んでいる。
『奴らやるつもりだぞ!』
『弓に気を付けろ!』
攻撃を防ぐ為の板切れを大急ぎで立てたが間に合わない。
『くそ! ジャックが撃たれた!』
船員の一人が弓で肩を射られ、傷口を押さえて呻いている。
『構わん、撃て!』
ドレークは反撃するよう命令した。
『死ねぇ!』
興奮の治まらない一人が叫び、もがく原住民にとどめの一発を発射した。
船からの援護射撃もあり、戦闘は直ぐに終了した。
怪我人が複数出たが、幸い命に別状はない。
『栄光あるイングランド王国民を傷つけた報いだ! しっかりと受け取れ!』
ゴールデン・ハインド号に積んだミニオン砲が一斉に火を噴く。
船から届く範囲の家々を粉々に打ち壊した。
たちまちあちこちから火の手が上がる。
壊れた家々を紅蓮の炎が飲み込んでいった。
『船長、これからどうします?』
『とりあえず東に進もう。蛮族が住んでいるが大きな島だ。イングランド王国の将来に必要かもしれない』
ゴールデン・ハインド号は東に進路を取った。
位置関係のおかしさについてはご容赦下さい。




