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第68話 島津

 城は重苦しい空気に包まれていた。

 

 「宮崎城からも撤退を余儀なくされるとは、大友め、やってくれる……」 


 島津家16代当主義久が忌々し気に口にした。

 一昨年、耳川の戦いで大友家を大いに打ち破ったのは良かったのだが、昨年から南蛮製の大砲を用いた反攻に遭い、ズルズルと撤退を続けている。

 日本が大西洋へとその位置を変えたのも昨年で、それにより状況は一変した。

 南蛮人の商人と交易をしていた大友にとっては甚だ有利に、明国の商人から、密貿易で硝石を手に入れていた島津にとっては致命的なくらい不利に、である。


 これまでは長い月日をかけて日本にやって来ていた南蛮船が、昨年からは僅か一月程で来れるようになった。

 近ければ当然行き来は増える。

 日向沖を航行する南蛮船を多数見るようになったという報告からも、それは容易に知れよう。

 一昨年までは、南蛮との交易と言えば長崎だったのだが、日本が移動した事によって地理的条件が変わり、彼らの国により近い豊後が選ばれるようになったのである。

 大友宗麟が切支丹きりしたん大名である事も影響している。

 日本で布教活動を拡大したい伴天連宣教師と、彼らの国の武器が欲しい宗麟の思惑が一致したのだ。

 布教活動を支援する見返りに、彼らの持つ大砲を寄越せという訳だ。

 対価は奴隷らしいが、戦があれば人をさらうのも容易たやすい。


 一方、大陸という取引先を突如失った島津は、鉄砲に欠かせない硝石が手に入らなくなった。

 備蓄があるとはいえ豊富ではなく、数に限りがある物を考慮しながらの戦いは味方の士気を多いに低下させた。

 また、大友軍が使う大砲の威力は圧倒的で、固く閉ざした城門でさえ数刻で撃ち破られるのだった。

 併せて敵軍に人的被害が殆ど発生していないのも大きい。

 

 通常、城攻めとなると攻める側には多大な犠牲が出る物だ。

 被害が大きくなり過ぎれば戦意を喪失し、撤退となる場合もある。 

 しかし今回の大友軍は違う。

 遠距離から大砲を撃つだけで、一番被害の出る城門の破壊を達成出来るのである。

 守る側の士気は下がり続け、攻める側は天井知らずだ。

 島津が碌に戦いもせずに城を放棄し、撤退を続けたのも無理はない。 

 

 「日向を失う事になろうとはな……」


 義久が憤懣やる方ないといった表情で言った。

 日向の伊東義祐を木崎原の戦いで破ったのは8年前になる。

 弟義弘率いる3百の兵が3千の伊東軍を散々に蹴散らし、日向支配を大きく前進させた戦であった。 

 それから着々と支配の手を伸ばし、ようやく手に入れたばかりだった。


 「苦労して得た物も失う時にはあっという間だな。のう義弘」

 「全くです」


 三州の総大将たる材徳が備わる義久が、勇武英略で傑出する弟義弘に言った。

 戦場における功績では弟の独壇場である。 

 しかし義弘は決して驕る事なく、己を律して兄の統治を助け続けた。 

 義久もそんな弟に全幅の信頼を寄せている。


 「城から出て戦おうにも暖簾に腕押し、迎え討つ気がないときている」

 「重い大筒を運用している筈なのに、誠に巧みな采配です」

 「総大将はあの戸次道雪べっきどうせつだ。流石、戦神の異名を持つだけの事はあるな」

 

 義久は忌々しい敵将の名を口にした。

 道雪は大友家随一の猛将であり、雷神とも戦神とも称されている戦上手だ。

 彼の指揮する戦において、大友家の統率力は恐るべき物だった。

 

 「釣り野伏を仕掛けようにも容易に掛からぬ」

 「固く陣を守り、追って来る部隊は皆無です」 


 義久が得意とした戦法に釣り野伏がある。

 敵部隊に攻撃を仕掛け、敗走したと見せかけて追撃を誘い、伏兵を配置した場所まで誘い込んで殲滅する方法だ。

 耳川の戦いでは総大将宗麟を欠く大友軍の統率は乱れ、義久が仕掛けた釣り野伏は爆釣ばくちょうであった。

 しかし今回は全く違う。


 「まるで貝のように閉じ籠っておる」

 「寧ろこちらの損害だけが増えるばかりです」


 釣り野伏の弱点は、相手が追ってこないと始まらない事だ。

 追撃を加えて蹴散らそうと思ってもらえなければ意味がないし、敗走したと見せかけるのだから無傷では芝居にならないだろう。

 身を切る芝居だからこそ相手も引っかかるのだ。

 しかし、見破られれば骨折り損のくたびれ儲けとなる。  


 「己の足で歩けもせぬというのに、何と忌々しい奴よ」 

 「大筒の用い方も見事です」


 道雪は雷に打たれた事で足が不自由になったそうだ。

 その際、持っていた千鳥ちどりなる刀で雷の化身を切り、以後その刀を雷切らいきりと呼ぶようになったという。


 「早合はやごうを考案したのは戸次だったか?」

 「左様で」


 銃の先から弾丸と火薬を入れる火縄銃。

 発砲し、次弾を装填するまでの時間は隙だらけである。

 それを改善したのが道雪で、一発分の弾と火薬を竹筒に詰め、素早く装填して次を撃てるようにした。


 「種子島に習熟しておるから大筒もお手の物か……」

 「まるで連続で撃っているかのようでしたな」


 大砲を次々に撃ち込まれる。

 城を守る側として何と恐ろしい状況だろう。

 

 「誠、敵ながら天晴な奴だ」

 「左様ですな」


 二人はしみじみと口にした。


 「失ったのなら、また取り返せば良いだけです!」


 始終の利害を察する智計並びない歳久が言う。

 暗い家中を奮起させる為でもあった。 

 この三男も兄達を良く助け、島津家の繁栄に大いに貢献している。


 「硝石は信長の支配する五箇山で産するとの事。大友に対抗する為にも信長と手を結ぶべきかと」


 軍法戦術に妙を得た家久が提案した。

 正室の子である義久らと違い家久は妾の子であるが、これも兄達を助けて島津の為に大いに働いた。

 また、5年前には伊勢神宮に詣でており、行軍する信長を見物したり光秀に招かれて接待されたりしている。

 その事もあって信長との同盟を具申したのだろう。

 家久の案を暫し考え、義久が答える。


 「硝石は是非とも手に入れたいところだが、信長との同盟はまだ早かろう。四国を統一しつつある長宗我部がいる手前、大友に手こずっているから手を結ぶのだと思われたら島津の名折れなのでな」

 「ご、ご尤もでございます!」


 家久は己の浅慮を恥じた。

 困っている時に同盟を持ちかけたら足元を見られる。 


 「義弘、如何する?」

 「はっ!」 


 他に良い意見もないので義弘の考えを尋ねた。


 「都之城まで引き、大友軍を迎え撃つべきかと」

 「何故都之城まで引く?」


 都之城は現在の都城である。

 島津宗家の分家である北郷ほんごう家が代々支配してきた地域だった。


 「宮崎から都之城の間には山があり、大筒を運ぶ事は困難だと思われます」

 「山を越えるにしても足は遅れ、襲うのも容易いという訳か」

 「はい」

 

 荷を運ぶ部隊は遅れがちである。

 重い大砲を運ぶのならば尚更であろう。

 山道で長く伸びた隊列を奇襲するのは造作もない。

  

 「日向は海岸に沿って平野が続く地形でした。なので敵も大筒を移動させやすかった筈です。しかし宮崎から先は山が続きます。これまでのような戦をする事は出来ません」

 「成る程」


 義久は考え込んだ。

 確かに義弘の言う通りである。

 しかし、何か腑に落ちない。

 見落としている事がある気がした。


 「義久様!」

 「何事だ?」


 早馬がやって来たのはそんな時だった。


 「鹿籠かごに南蛮船が現れ、戦いになったとの事です!」

 「南蛮船だと?!」


 鹿籠は現在の枕崎である。


 「して、久道ひさみちはどうした!」


 鹿籠は島津家家臣、喜入きいれ久道の領地となる。

 犬追いが得意なすばしこい男であった。


 「喜入様は討ち死、村々は焼かれたとの事です!」

 「何ぃ?!」


 義久は激昂した。

 

 「大友に味方する南蛮が、薩摩に直接攻めて来たと申すか!」

 

 武器を売るだけならば商売として許しもしよう。

 自分達も買うかもしれないからである。

 しかし、大友と取引している南蛮人は、あろう事かその船を用いて物資の運搬までもしている。

 最早商人ではなく、大友と運命を共にする一味であろう。

 そして今回、薩摩の支配する地を攻撃してきた。

 

 「まさか大筒を運んで来た?」


 義久はハッとした。

 先程の見落としはこれかと思った。

 陸路で運ぶのが困難でも船を使えば苦にならない。


 「その船に大友の軍は乗っていたのか!」


 鋭く問うた。 

 大砲と共に兵を送り込まれたら厄介だ。   

 義久の問いに早馬の者が答える。


 「いえ、南蛮人だけであったと」

 「連携していない? 一体どういう事だ?」


 武器だけ先に送ってもどうしようもあるまい。

 奪われてしまうだけである。


 「久道はどうして戦ったのだ?」

 「種子島で武装した南蛮人が上陸してきましたので、喜入様が武装の解除を求めたのですが、聞き入れるどころか逆に脅してくる始末。その態度に喜入様もお怒りになられたのです」

 「そうか」


 領地を預かる者として、たとえ南蛮人でも無法者を許す事は出来ない。

 

 「その最期は?」

 「ははっ!」


 その問いには一呼吸置き、答えた。


 「陸に降りた者は種子島、船からは大筒を放つ南蛮人に対し、一歩も引かずに奮戦の末、直撃を受けられました! 首はおろか四肢さえも判別出来ない有様です!」

 「立派に果てたのだな」


 薩摩兵として恥ずかしくない戦いぶりに、義久は瞑目した。

 実は薩摩国では残り少ない硝石を有効活用する為、前線以外の火縄銃と弾薬を全て回収している。

 なので鉄砲と大砲で武装する南蛮人に対し、弓と刀で対抗するより方法がなかった。


 「して、その南蛮船はどうした?」

 「上陸した者達は暫く付近を調べ、船へと戻っていきました。その船もやがて東へと進んでいきました」

 「東にだと?!」


 枕崎から東に向かえば大隅半島に出くわし、そこから北上していけば桜島へとぶつかる。

 桜島の向かいには薩摩の町並みが広がっている。


 「まさか薩摩の町に来る?」

 「その船の特徴は? 何か覚えておらんか?」


 義久の呟きを受けて義弘が尋ねた。

 情報がなさ過ぎる。


 「そ、そういえば、白地に赤い十字の旗を掲げておりました!」

 「白地に赤い十字?!」

 「義弘、知っているのか?」


 弟の反応に驚く。


 「それは大友に来ている南蛮人ではありません!」

 「何?!」


 その言葉に更に驚愕する。

 てっきり大友と取引している者達だと思っていた。


 「白に赤い十字はイングランドです!」

 「いんぐらんどだと?」


 聞き慣れぬ国名である。


 「南蛮として知られているスペイン、ポルトガルとは違う国です!」

 「何と?!」


 その辺りの事には疎い。

 南蛮で十分だと思っていた。


 「そんな事をどこで?」

 「勅旨に旗の見分け方が書いておりました!」

 「そ、そうだったか?」


 そういえば、そのような図が挟んであった気もする。


 「しかし鹿籠の領主を殺め、村を焼き払ったのならば同じ事!」

 「それはその通りです」


 その蛮行は許されない。


 「イングランドとやらの船の動きは分からぬ。しかし、薩摩に来る可能性を考えておかねばなるまい」


 備えあれば患いなしだ。  


 「兄上、一計を案じてみては如何でしょう? 上手くいけばその船も大筒も手に入るかと」

 「ほう? 一体どのような?」


 義弘が兄に近づき、その企みを耳打ちする。


 「それは良い!」


 膝をポンと叩いて喜んだ。

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