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第62話 大坂への帰還

 大坂に辿り着いた勝二は、まずは城にいる信長を訪ねた。

 体調は万全ではなかったが、休まねばならない程ではない。

 顔なじみになっていた者らに無事な帰還を喜ばれ、ざっと近況を仕入れる。

 街道の整備が始まっており、町には活気が溢れているとの事だった。

 逆鱗に触れかねない出来事は起きていないと知り、少しだけホッとする。

 知らずにその話題に言及し、雷を落とされる事を恐れたからだ。

 しかし、帰りが遅いと不満を漏らしていたと聞き、冷や汗を流す。

 緊張して信長を待った。


 「大儀であった」

 「有り難き幸せにございます」

 

 文句の一つでも付けられるのだろうと思いきや、顔を見るなりねぎらいの言葉である。

 戸惑いながらも頭を下げた。


 「一益から報告があり、甲斐の者らが協力的で助かっておるとあったぞ」

 「それは良かった!」


 だから機嫌が良いのかと合点した。

 攻め滅ぼした国に入って統治を始める場合、順調にいく方が珍しい。

 余程の圧政下にあったなど、前の領主が徹底的に嫌われていたなら別であるが、大抵は尊敬を集めており、やって来た新しい支配者には面従腹背である。

 それが普通であるのに甲斐はそうではないらしい。

 いわくありげな笑みを浮かべ、信長が言った。


 「どこかの考えなしが身を張ったお陰であろうな」


 バレているようだ。

 やはりこの時代の情報収集力、伝達力は侮れない。

 注意を払わないと全て筒抜けとなってしまうだろう。

 それはそれとして、信長の言葉は勝二にとって受け入れ難い。

 とても承服する事は出来ない言い草だった。


 「その考えなしとやらがどなたかは存じ上げませんが、信長様の誤解でございます」

 「誤解だと?」


 思わぬ勝二の反論にムッとする。

 蘭丸がハラハラとした顔で二人を見つめた。

 平穏な雰囲気から一変、息を呑むような緊張感が漂う中、勝二が口を開く。


 「家臣一同、信長様の命令には常に粉骨砕身で励んでおります。今更一人くらいが体を張ったところで、何を誇る事が出来ましょう」

 「言いよるわ!」


 クククと信長が笑う。

 それを見て蘭丸がホッと胸をなでおろした。  


 「甲斐は北条と徳川に任せるつもりだったが、こうなると惜しいな」


 信長は不穏分子を抱え込む気がなかった。

 旧武田領という、扱いに困るであろう勢力は彼らにくれてやり、散々に手こずってもらうつもりでいた。

 それは一向宗に苦労させられ続けた自分と同じ苦しみを味わわせ、力をぐ目的である。

 同盟国ではあるが、それは仮初かりそめの関係性であり、明日には裏切られるやもしれない。

 いつそうなっても良いように、常に準備だけはしておかねばならなかった。

 しかし、甲斐に反抗の気がないなら話は別だ。


 「その方は現地を見てきた。どう思う?」


 勝二に尋ねた。

 

 「一旦与える筈だった物を取り上げる場合、それ以上のモノを用意せねばならないかと。甲斐に匹敵する価値のある物となると、難しいと思われますが……」

 「左様か」


 同盟を組んで長い家康ならばいざ知らず、氏政とは縁が薄い。

 関東の要として北条家は重要であり、要らぬ摩擦を生じさせる事は出来まい。 


 「ならば良し。当初の予定で進めるだけだ」


 未練を残しても仕方がない。

 頭を切り替え、次に為すべき事へと向き合う。

 そんな信長に勝二が報告する。


 「武田家の家臣であった、真田昌幸殿から人質を預かっております」

 「幸村だったな」

 「ご存知だったのですか?」


 勝二はギョッとした。

 そこまで知っているのかと驚いた。

 

 「本領の安堵と引き換えに嫡男を一益、次男をその方に預けると言ってきたそうだ」

 「そうだったのですか!」

 「抜け目のない男よ」


 それはいくつかの意味を含む。

 躊躇なく息子二人を差し出した事、その相手に勝二を選んだ事である。

 一益の話によると嫡男信幸の出来は非常に優秀で、先が楽しみな逸材だそうだ。

 そのような評価を得る嫡男であれば、その者一人を人質に出せば事足りよう。

 しかし昌幸はそうしなかった。

 嫡男だけでなく次男までをも差し出したのである。

 しかも弟の出来も兄に劣らぬようで、そのような息子を敢えて勝二という、織田家では無名の存在に託した。

 何を考えての事かは定かでないが、勝二に並々ならぬ関心を寄せていなければそのような選択は取るまい。

 自分と同じであるのかと思った。 


 「あのぅ、私はどうすれば?」


 困惑顔で勝二が尋ねる。

 何も言わない上司を不思議がった。 


 「暫く休め」

 「え?」


 勝二は聞こえてきた言葉に耳を疑った。


 「どうした?」

 「い、いえ……」


 まさかそんな事があるのかと半信半疑である。

 

 「休む間もなく次の役目を与えられると思うたか?」

 「め、滅相もない!」


 その目は怒っている者のそれではなく、柔和な色に見えた。


 「あの病人と同じ病に罹りながら尚も働けとは、儂とて鬼ではないぞ?」 

 「も、勿論です!」


 どうやら本気であるらしい。

 ここで休めるのはありがたい。

 正直な所、小田原から大坂までの船はきつかったのだ。

 箱根で快復を図っていなければ、今頃はどうなっていたか分からない。


 「お市が寂しがっておったぞ。しっかりと相手をしてやれ」

 「は、はい!」


 思わぬ指示に顔が赤くなる。

 恥ずかしさに慌てて頭を下げた。

 そんな勝二を残し、信長はその場を去っていく。

 去り際、ふと思い出したように口を開く。


 「息子を鍛えたいと長宗我部元親が嫡男を送ってきた。見どころのある若者なので、その方がしっかりと指導せよ」

 「え?」


 その意味を尋ねようと顔を上げたが、既にふすまは閉まった後だった。


 「私にどうしろと……」


 誰に言うでもなく呟く。

 長宗我部元親と言えば戦国を代表する武将の一人であり、出来の良い息子信親のぶちかを戦で失って人が変わったというエピソードを持つ。

 今回送ってきたらしい嫡男は、その出来の良い息子本人であろう。

 責任重大ではないかと青ざめた。

 しかし今更どうする事も出来ず、考えの纏まらないうちに自分を待っていた信親(15)に捕まり、共に城を後にした。




 「只今帰りました」

 「お帰りなさいまし!」

 「お帰りなさいませ、お父上!」


 笑顔のお市らに出迎えられた。

 懐かしい我が家である。

 症状が酷い時には夢に見た程で、帰りたくて堪らなかった。


 「その方々は?」


 見慣れぬ顔が多い事に気付き、お市が尋ねる。

 まず真っ先に目に入ってきたのは、やはり女の姿であった。


 「こちらはお陽さんです」

 「は、初めまして奥方様! 陽と申しますだ!」


 初めに紹介すべきは家柄的にも信親であろうが、感じる必要のない疚しさを覚え、勝二はまずお陽の名を呼んだ。


 「実は甲斐で厄介な病気に罹り、詳しいお陽さんに看病して頂いたのです」

 「まあ?!」


 夫の説明にお市は驚き、お陽に頭を下げて礼を言う。


 「うちの人がご迷惑をお掛けしました」

 「そ、そんな! 勿体ねぇでごぜぇます!」


 お陽は慌てた。


 「こちらは?」


 頭を上げたお市が尋ねる。

 勝二は次々と紹介していった。


 「長宗我部元親様のご子息、信親君です。修行の途中で織田家にやって来たのですが、家でお世話をする事になりました」

 「暫くご厄介になります」


 長身色白、端正な顔立ちの信親が挨拶した。

 礼儀作法もしっかりとしており、元親が期待したというのが頷ける。


 「真田昌幸殿の息子さんで、人質としてやって来た幸村君です」

 「せ、世話になる!」


 緊張しているのか幸村がぶっきらぼうに言った。 


 「そして小田原から勉強にやって来た文三君です」

 「文三ですだ!」


 幸村以上に縮こまっていたのが文三だった。  


 「急に増えてしまいましたが、仲良くしてあげて下さいね」

 「はーい」

 「男の子なんて張り切っちゃうわ!」


 


 その夜、幸村らは頭を寄せて話し合う。


 「噂には聞いてたが、それ以上の美人じゃねぇかよ!」

 「天女とはあの方の事を言うのでしょうね」

 「あ、あんな綺麗な人、初めて見ただ」


 お市を見ての感想だった。


 「浅井三姉妹も綺麗だしよ」

 「誠」

 「緊張しただ……」


 その娘達の事も知っていた。

 盛り上がる若者達に重秀が忠告する。


 「ここの娘達はあの信長の姪達だ。近い将来有力者の子息の下に嫁入りするだろう。まかり間違って手でも出そうものなら、怒り狂った信長がどうするか分かっているよな?」

 「あ、当たり前だ!」


 幸村が叫ぶ。

 もしもそうなれば、まず真っ先に父親によって成敗される。

 自分の首と父の切腹で、真田家が許してもらえるかどうかだ。

 それは長宗我部家とて同じであろう。

 信親はゴクリと唾を飲み込んだ。

 文三にはピンとこなかったが、同年代である二人の狼狽え振りに恐怖した。

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[一言] いや、ビックリしたw 完結とか笑 押し間違えたのですね
[良い点] よかった、おわってなかったw
[気になる点] 完結とはいったい
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