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第6話 信長へのプレゼン

前話、ヴァリニャーノの来日は1579年7月にしました。

 安土城へ向かうに当たり、勝二らはまず京の都を訪ねた。

 1570年から同地で宣教師をしている、グネッキ・ソルディ・オルガンティノ(46歳)に会う為である。

 彼は持ち前の明るい人柄と、日本の風習を取り入れる柔軟さで京の住民達から「宇留岸伴天連うるがんばてれん」と呼ばれて慕われ、日本におけるカトリック信者の増大に寄与している人物だ。

 織田信長(45)にも面識があり、隣国である近江おうみから入ってくる情報には常に接している。

 今回の騒動について安土城周りの近況を尋ねた。


 『状況はあまり宜しくありませんね』


 明るい性格はどこへやら、オルガンティノが暗い顔で説明する。


 『石山本願寺の息のかかった僧侶達が、活発にカトリック糾弾の運動を行っています。この怪異は我々カトリックに対する大日如来の怒りだと、布教を許した信長公への警告だと、民衆の間に広めようとしています。一刻も早くカトリックをこの国から追い出すべきだと』


 概ね聞いていた通りであった。


 『噂は噂に過ぎないが、実害が出ているのかね?』


 ヴァリニャーノ(40)が問うた。

 年齢的にはオルガンティノ、フロイス(47)よりも若いが、役職的には上に当たる。


 『直接に危害が加えられた訳ではありませんが、信者の中には罵声を浴びせられた者も多いようです』

 『それだけならばまだ良いが、民衆が不安に駆られてしまえばどうなる事やら分からんな……』

 『信徒を取られた形の寺側は、今回の怪異を、カトリックを非難する絶好の機会と捉えているようです』

 『カトリックが日本に入って随分と経つ筈だが……』 

 

 僧侶達が訴えている、カトリックが日本に来た事によって怪異が起きたのならば、ザビエルの時点で起きていないとおかしい。

 布教活動は数十年単位で続けられており、その間に何も起きていないではないかと逆に質問したい所だ。


 『反論は?』


 オルガンティノは首を振る。


 『事実がはっきりとしないのに、軽々しく言及すべきでないと判断しました』

 『それは賢明だな。信者へは何と?』

 『信徒の皆さんは励まし、このような時にこそ信仰が問われると、冷静にいるように呼びかけています』

 『それがいい』


 ヴァリニャーノは大きく頷いた。

 

 『今回、信長公の前で怪異について意見を述べられるとの事でしたが、大丈夫なのですか?』


 オルガンティノは不安そうな顔で口にした。

 てっきりヴァリニャーノかフロイスが行うと思っていたのだが、それをするのは宣教師でもない日本人の男だと言う。

 数か国語を操る彼には驚いたが、相手はあの信長なのだ。

 知識をひけらかしていると思われては、代表に選んだカトリックの側も心象を悪くするし、信長の前で説明するとなると、論破してやろうと息巻いている僧侶達も参加するので論戦は必至である。

 自説を述べるだけではなく、相手の矛盾を突くなど、論理的な思考と共に巧みな話術も求められる。

 それらの技術を磨いてきた宣教師であれば兎も角、ましてやカトリックでもない男に自分達の未来を任せる事には躊躇いがあった。

 日本人同士という事で、言葉の問題がないという強みはあるが、それにしてもと思う。

 そんなオルガンティノにヴァリニャーノが言う。

 

 『心配要らんよ。このショージは私が数年かかってカトリックに勧誘しても、まるで動じなかった男だからな。それどころか信仰の在り方について、私の矛盾した言動を冷静に指摘してくれた程だ。彼との対話は、私の信仰について大いに反省させられた機会だったよ』

 『貴方が駄目なんじゃないですか!』


 満足気な笑みを浮かべているヴァリニャーノに、オルガンティノは思わず口を滑らせた。

 ハッとするも、耳には届いていなかったようだ。

 それが更に不安を煽る。

 正気なのかこの巡察師はという言葉が出かかった。


 『フロイス、本当に大丈夫なんだろうね?』


 共に日本で活動してきた同僚を見る。

 

 『君が不安がるのも無理はないが、彼になら任せて構わないよ』


 気心の知れたフロイスにそう断言され、オルガンティノも渋々納得した。


 『で、その彼は何をしているんだい?』

 『プレゼンテーションに向けての資料作りだそうだよ』

 『資料?』

 『パソコンとプリンターとやらがないから大変だとぼやいていたね』

 『パソコン? プリンター? それは何だい?』


 意味不明な単語にオルガンティノは戸惑う。

 しかし問われたフロイスも分からない。

 

 『日本にある便利な道具だと思うが』

 『聞いた事がないな……』

 『我々が知っているのは京から西だけだからね』


 東国の事は知らない。

 二人が知らない道具があっても不思議はなかろう。

 こうして安土城下での、信長への説明会が始まった。




 「それでは皆様、お手元の資料を御覧下さい」


 説明会は安土城を見上げる麓の広場で行われた。

 城主信長は一段高い座敷に座り、勝二が配った資料を小姓である森蘭丸(14)に開かせている。 

 噂を聞きつけた付近の民衆も集まり、勝二の前に立てられている大きな板を、興味深そうに見つめた。

 和紙をいくつも張り合わせて大きくした紙に、赤や黒で文字と絵が描かれている。

 配った資料は何冊か用意したが、全て手書きなので手間が凄かった。

 信長、僧侶側、信長の家臣側くらいにしか作れていない。


 信長への挨拶はヴァリニャーノを含め、イエズス会士と合同で行っている。

 改革者か破壊者か、日本史上における英雄織田信長は教科書にあった似顔絵よりは幾分柔和な印象で、緊張していた勝二は少しだけ拍子抜けした。

 しかしその言葉を聞けば雰囲気は一変し、少しの失敗も許さない、仕事に厳しいかつての上司を思い出した。

 気を緩める事は出来ないと思い直す。 


 また、教科書の記述でしか知らない安土城の勇壮さに驚き、安土山全体を使った施設群に目を見張った。

 ヨーロッパの城も多数見てきた勝二であったが、それらに匹敵する規模だと驚く。

 山頂に立つ、周囲を睥睨へいげいするような城の周りに家臣達の家屋敷が配置され、山全体で一つの建物に思えた。

 信長の持つ経済力を大きさを実感する。 


 「まず今現在判明している事実をご報告したいと思います」


 勝二はプレゼンを続けた。


 「太陽が昇り、沈む方角が、以前とは違っている事は皆様ご存知の通りです」


 一つ一つ説明していく。


 「次に、北の夜空に輝く北極星の角度が大きくなっています」


 これには待ったがかかった。

 その意味を理解出来る者は少ない。

 

 「信長様にお願いがございます」

 「何だ? 申せ」


 その言葉遣いはキツイ。


 「ここにいるフロイスから地球儀が贈られたと伺いましたが、その地球儀をお貸し頂けないでしょうか?」

 「何故だ?」

 「北極星について説明しやすくなると思います」

 「そうか。蘭丸、直ぐに持って参れ!」

 「ははっ!」


 言葉はキツイが話の早いプレゼン先だった。


 「ではその間に、私が琉球で見聞きした事をお伝えします」

 「琉球? 一体何だ?」


 勝二は那覇での事を話した。

  

 「どういう事だ?」


 その場の誰もがその意味を分かりかねた。

 そもそもその位置関係が想像出来ない。

 そうこうしている間に蘭丸が戻ってくる。


 「持って参りました!」


 持って来られた地球儀を使い、ハバナとアゾレス諸島、セビリアの位置を示す。

 そして北極星の特徴と観測する位置での角度の説明をした。

 そしてその角度が変わったという事実を述べた。

 

 「それで何が起きたというのだ!」


 信長が急かすように言った。

 短気なプレゼン先には結論を早く述べた方が良いだろう。


 「安土城から見える北極星の角度40度から、日本は地球のこの一帯にある筈です」


※安土城などの緯度関係

挿絵(By みてみん)


 勝二は地球儀の北緯40度辺りを示した。

 太平洋にある元の位置からアメリカ大陸に移り、大西洋を通ってユーラシア大陸を通過する。


 「この一帯の中で、那覇がハバナ、セビリア間を結ぶスペイン船の航路とぶつかる場所、つまりここは大西洋だと思われます」

 「何ィ?!」


 勝二は地球儀にある大西洋の一点を指した。


※大西洋に移動した日本図

挿絵(By みてみん)


 その場に居合わせた者は一様に驚く。

 民衆はその口をあんぐりと開けて呆けていた。

 ハッと我に返り、真っ先に反論したのは本願寺派の僧侶であった。


 「世迷い事を申すでない!」


 怒号にも似た声が響く。

 

 「世迷い事ではありません!」

 

 勝二はきっぱりと言い切る。

 その迫力に僧侶は怯んだ。 


 「私が述べたのは仮説です! しかし、それは観測される事実から導き出したモノです! 私の仮説が間違っていると仰るのでしたら、どこが間違っているのか、仮説に反する事実を具体的に指摘して下さい!」

 「何ぃ?!」


 科学は仮説を立て、実験などによって仮説を補強していき、反証があれば検証し、尚も正しいと思われる仮説が残っていく。

 ここで勝二の仮説を否定するのならば、事実を以てのみ臨むべきであろう。

 世迷い事というのは単なる決めつけであり、何も事実を含んでいない。

 勝二の説明に対して相応しい言葉ではなかった。

 更に述べる。


 「私の仮説を検証する別の試みを始めています!」

 「それは何だ? 申せ」


 信長が促す。


 「スペイン船に本国に帰ってもらいました。もしもここが大西洋でしたら2か月くらいで往復し、証拠を持って帰ってくる筈です!」

 「ほう?」


 信長が感心したように言う。


 「東にスペイン王国があれば西にはアメリカ大陸がある筈です。今までは朝鮮半島、明王朝がありましたが、それらの国と商いをしていた諸侯に船を出してもらい、確かめてもらえば良いと考えます。もしかしたらそれらの国も、同じように大西洋に移動しているかもしれません」


 勘だがそれはないだろうと思いながら勝二は言った。

 以降、僧侶が様々に詰問し、勝二が明確に答えていった。


 「この者の論を取る」


 信長の一言でその場は決した。

 勝二はうやうやしく頭を下げつつも、述べるべき事は述べる。

 

 「信長様の決定と、私の仮説が正しいのかは全くの別問題です」


 その言葉に信長は笑い出した。

 

 「面白い! その方、伴天連ばてれんなのか?」


 服装は宣教師とは違い、普通に見える。

 

 「いいえ、違います」

 「誰かに仕えておるのか?」

 「誰にもお仕えしておりません」

 「では儂が使ってやろう」

 「有難き幸せにございます」


 一抹の不安はあったが頭を下げた。

 そこで信長が気づく。


 「何だその者は? すすで汚れておるぞ!」

 「いえ、この者の肌は生まれつき黒いのでございます」

 「何?!」


 ヤスーキであった。

 

 「信じらぬ! 今すぐ洗ってみよ!」

 

 こうして史実を再現し、ヤスーキは弥助となって勝二と同じように信長に仕える事となった。


 「して、名は?」

 「五代勝二にございます」

緯度などは大目に見て下さいませ。

地図は大まかなモノで、変更するかもしれません。

こんな感じという事でお願いします。

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