第58話 目覚め
前話の最後を修正し、氏政の前で気絶した事にしました。
なので大坂には帰っておりません。
「勝二が小田原で倒れただと?」
「そのようです」
早馬からもたらされた報せに信長は顔を顰める。
大坂に戻り次第、新しい役目を与えようと考えていた。
「何が起こった?」
「甲斐で相当な無茶をされたとの事です」
「無茶?」
蘭丸は手紙に書かれている内容を話す。
「ククク」
初めは忍び笑いであった。
「アッハッハ」
遂には声を出して笑い始めた。
蘭丸は呆気に取られ、見つめる事しか出来ない。
一時笑い続け、やがていつもの静寂が戻る。
どのような意味かと尋ねようと思ったが、それを制して信長が真面目な顔で言う。
「勝二の奴め、甲斐に住む者の人心を掌握したという訳だ」
「自らの体で、長年に渡り原因不明だった病気の存在を証明したからでございますか?」
蘭丸の言葉に満足して頷く。
「これから先、甲斐の者は勝二の為に命を投げ出して働くだろう」
しかし蘭丸は腑に落ちない。
「勝二殿はそのような事を求めない気が致しますが……」
それには信長も苦笑する。
「あのお人好しならそうであろうが、本人が求めなくともそうなる時は必ずやってくる」
「そういうものでございますか」
「人の上に立つのならばそうだな」
それが運命だとでも言いたげであった。
「それで、あやつはどこで何をしている?」
「氏政公の下で療養しているとの事です」
「北条に借りを作ったか……」
その表情は少しばかり渋い。
「ここは?」
布団の中で勝二は目を覚ました。
熱があるのか体が火照り、だるい。
「気が付いただか?」
傍で看病していたのか、お陽が顔を覗き込んで尋ねた。
「私はどうしました?」
「気を失ったんだぁ」
「そう、ですか……」
氏政に別れの挨拶をしたところまでは覚えている。
その後の記憶がない事から、その前後で気絶したのであろう。
「という事は、ここは」
「北条様のお屋敷ですだ」
「成る程」
負ぶってでも帰路に就いた訳ではないらしい。
「気を失ったのはいつですか?」
「三日前だべ」
「そうですか」
丸三日寝込んでいるとは、余程体が弱っていたらしい。
勝二は上半身を起こしてみた。
お陽が驚き、慌てて近寄る。
「起き上がって大丈夫だか?」
「視界は多少ふらつきますが、問題ありません」
背中を支えられ、勝二は半身を起こした。
「おぉ、気が付いたか!」
「氏政様」
部屋へとやって来た氏政がホッとした顔をする。
毎日のように勝二の様子を見に来ていた。
「体を起こして大丈夫なのか?」
「ご心配ありがとうございます。大丈夫です」
心配げな氏政を安心させる為、多少は無理をした。
「この度は誠にご迷惑をお掛けしました」
「馬鹿を申せ! そちを呼んだのは儂じゃ! 招いた客が病気で倒れ、世話をせぬまま放り出すなどあり得ぬだろう?」
謝る勝二を咎める。
勝二は人知れず胸が熱くなった。
「そちの事は信長公に伝えたので、しっかりと体を休めてから大坂に帰るが良いぞ」
「何から何まで誠にありがとうございます」
氏政の配慮に心を込めて頭を下げた。
そんな勝二に問いかける。
「病み上がりの者に無理は言わぬが、話は出来るか?」
「勿論です」
「起きんで良い!」
布団から出ようとした勝二を制止し、氏政はドカッと腰を下ろした。
何用かと待つ勝二の前で、考えあぐねているのか何も言い出さない。
暫く無言の間が続き、ようやく口を開く。
「実は、そちの言った稲作の技術で困っておる」
「と申しますと?」
言葉でなら何とでも言えるので、いくらでも問題が起こるであろう事は承知していた。
自身が失敗までも体験して血肉にした技術ではなく、頭で覚えている生半可な知識でしかない。
「1株1本植え。理屈は分かるが、どうやって苗を育てるのかと百姓達が申しておる」
「え?」
そう言われて考えを巡らせ、初めて気づいた。
マダガスカルとはいえ現代社会なので、手に入る道具には様々な物があった事を。
SRIを行っていたマダガスカルにはあって、ここにはない物。
「そうか、プラグトレーが必要なのか……」
「何だ?」
「いえ……」
プラグトレーとはセルトレーとも呼ばれ、規格化された育苗用の資材である。
50~400個に区切られたセルに土を入れて一粒ずつ種を蒔き、ある程度育ったところで圃場などに移植する。
一粒ずつ蒔かれているので、セルから土ごと上手に引き抜けば根を痛める事はなく、移植後も成長に支障をきたさない。
一方、当時の稲の育苗方法は、水を張った苗代に種をばら蒔いて一斉に発芽させ、本圃に移植する時に土ごと引っこ抜き、植える数株を引きちぎっていく。
無理やりに引きちぎるので絡み合った根は切れ、移植後の活着が悪くなる。
技術にはその技術を成り立たせる為の道具が欠かせないのだが、プラグトレーの存在をすっかりと忘れていた。
かと言ってプラグトレーの再現は、素材がないので限りなく困難だ。
水に強く、軽く丈夫なプラスチックがなければ無理だろう。
思いつきでどうにかなるモノではないと改めて反省する。
「一体どうするのだ?」
考え込んだ勝二に氏政が尋ねた。
「そうですね、私が先に言った事は一旦取りやめ、油紙を使った保温折衷苗代から始めましょう」
「なぬ?」
思い切った決断をする。
白紙撤回して新たにやり直す事にした。
「竹ひごと油紙とを用意し、実践するお百姓さんを呼んで下さいませんか?」
「そちが直接説明すると言うのか?」
「氏政様が許可して下さいますなら」
「それは構わぬが」
急遽、勝二が寝ていた屋敷の庭で、保温折衷苗代の説明が行われる事となった。
起き上がらなければ十分に可能との判断である。
この物語では主人公が時々ポカをします。
失敗し、怒られもし、後悔する事も多いかと思います。
完璧でも万能でもありませんので、大目に見てやって頂ければ幸いです。




