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第56話 ジャパニーズ・ミーツ・イングリッシュ

 伊達政宗と片倉景綱一行は1579年の秋、調査に訪れたジョン・ホーキンスのシーホース号でイングランド王国領へと辿り着いた。

 大西洋の荒波に恐怖し、酷い船酔いに苦んだ旅である。

 当時の船に航海を快適に保つ設備など存在しない。

 不潔で不快で、うんざりするような道中だった。


 「あれがブリテン島?」

 「やっと着きましたか!」


 親切な船員が教えてくれた先には、ぼんやりとした島影が見える。  

 空からは太陽の光が降り注ぎ、到着を祝福してくれているようだ。

 その光景は、限界を迎えていた彼らをたちまち元気付けた。

 

 「これでやっと船旅が終わるのですな!」

 「長かったね……」


 二人で手を取り合い、喜ぶ。

 嵐に遭遇した時には命の覚悟までもしている。

 大海原で漂う船の心細さを嫌という程意識した。

 船員達が胸で十字を切り、神に祈る心情をいたく理解した二人である。


 「彼らはこのような旅を毎回のようにしているのですな」

 「暫くは勘弁だよ」


 揺れる船底の気持ち悪さを思い出し、政宗は顔をギュッと顰めた。 




 「凄い数の船だ!」

 「全てに大砲を積んでいる?!」


 船はテムズ川河口の港に停泊した。

 そこで一旦上陸し、小船に乗り換えてロンドンへと向かう。 

 港には自分達の乗っている船と同じ大きさの物が、直ぐには数を数えられない程に停泊している。

 全てに武装がしっかりとされており、その規模の大きさに驚いた。

 こんな勢力が自国の沿岸に押し寄せたらと思うと生きた心地がしない。

 イングランドを敵に回すべきではないと強く思った。

 

 川沿いには草をむ牛、牛よりは小さく毛の長い動物の群、それを追う犬の姿が見えた。

 草原の他にも、どこまでも続く畑が見える。

 それもまた驚きである。


 「何という平らさ!」

 「石高はどれくらいなんだろうね?」


 日本ではついぞお目にかかった事のない、大きな大きな平野であった。

 目に入る範囲に高い山は見えない。


 「何万石では足りないでしょうな! 何百万石でしょうか?」

 「十分ありそうだね」


 それくらいに広大さを感じる。

 イングランド王国とはどれ程かと驚嘆して眺めた。

 そんな風に景色を眺めて川を進んでいると、建物が立ち並ぶロンドンの町が見えてきた。

 両岸には大砲で武装した兵士が立ち並び、敵の侵入に備えている。


 「壁に囲まれているの?」

 「城壁という事ですかな?」


 指し示すロンドンの町は石を積み上げて作った壁に囲まれていた。

 初めて見る光景に呆気に取られる。

 壁は歴史を感じさせる出で立ちで、建造して数百年は経っているように見えた。

 所々に物見櫓があり、戦に備えた物である事は一目で分かる。

 しかしそれは町のごく一部で、壁の外側にも家々が広がっていた。

 

 「昔は壁の内側にだけ町があったという事でしょうか?」

 「そういう事だろうね」


 唖然としながらもそう分析した。 

 気になる事は他にも色々だ。 


 「建物は石造り?」

 「そのようですな。立派な造りです!」


 立ち並ぶ建造物も壮観である。

 城と見紛うばかりの大きな建物があり、扉から大勢の人々が出入りしていた。

 その建物の屋根には、船員達が胸に下げていたのと同じ十字がある。

 朝晩それに向けて祈っていた事を考えると、日本でいうお寺のような施設なのだろうと見当を付けた。 

 また、市場なのだろう、大勢の人達でごった返す広場も見える。

 野菜らしき物を売る者、それを買おうとしている者など、賑わいは故郷と同じであった。 

 そうこうしているうち、岸へと上がる桟橋に着く。

 二人は好奇心と期待に胸を膨らませ、日本人でも初であろう、イングランド王国へと足を踏み入れた。

 一方、偶々船着き場に居合わせていたロンドン市民も、初めて出会う日本人の姿にビックリ仰天である。


 『何だあの頭は?!』


 まず目を惹いたのは彼らの頭だ。

 おでこの部分から頭頂部にかけて剃り上げているのか、髪が全く生えていない。

 その代わり、後頭部と側頭部の髪を後ろの方で一つに束ね、チョコンとだけ上に見せている。

 何とも風変りな髪形であった。


 『何だあいつらは?』


 一人のロンドンっ子が、忙しそうに船から荷を降ろしている船員を捕まえ、尋ねた。

 ニヤニヤしながら説明する。


 『日本からの客だ』

 『日本?』


 聞き馴染みのない国名だった。

 船員も承知しているのか、重ねる。


 『大西洋に現れた、例の国だよ』

 『あの?!』


 その話は耳にした事がある。

 嘘か本当か、極東にあった日本という国が忽然と姿を消し、近海に出現したという噂である。

 真相を確かめる為に女王が調査隊を派遣したとも。


 『じゃあ、本当だったって事かよ?』

 『ああ。俺もこの目でしっかりと見てきた。本当に大西洋の真ん中に日本が現れやがったんだ』


 船員の話は瞬く間にロンドン市内を駆け巡った。

 



 「イングランドの王は女なの?!」

 「何という事だ!」


 政宗らはジョン・ホーキンスに連れられ、ウェストミンスター宮殿にエリザベス女王を訪ねた。

 王国の統治者はクイーンだと聞いていたが何の事か分からず、見よう見真似でひざまずき、顔を上げて驚いた。

 異国人の顔は判別が付きにくいが、流石に男か女かくらいは分かる。

 見上げる高い位置に腰かけ、こちらを見下ろしているのは女性であった。

 色白の顔で茶色の髪を頭上で巻き、飾りの多いけったいな服を身に纏っている。

 

 『イングランドにようこそ、日本の客人』 


 物憂げな声が響いた。

 既にホーキンスより調査の結果を聞き、状況は理解している。

 けれども日本への関心は余り湧かない。

 見れば随分とおかしな恰好をした連中である。

 一通りの礼儀は心得ているようだが、野蛮な印象は拭えない。


 「伊達家からの献上品をお持ちしました」

 

 対する政宗はひとまず誠意を見せた。

 日本から持参した土産の品を出す。

 伊達の名を汚さぬよう、名品ばかりである。

 列席していた王侯貴族の間からどよめきが起きた。


 『これは何です?』


 興味を持ったのか、エリザベス女王が一つを手に取り尋ねた。


 「それはかんざしです」

 『何です?』

 「かんざし、です」

 『かんざし?』


 政宗が答えるが伝わらない。


 『何に使うのかしら?』


 傍に控える大蔵卿に聞くが、当然知る筈もない。

 卿は困り果て、政宗らに視線を向けて助けを求めた。


 「髪飾りです」


 自らのチョンマゲに簪を当ててみせた。

 ウィリアムは合点し、女王に進言する。


 『陛下、髪飾りのようですぞ』

 『どうやって使うのかしら?』


 しかし使い方が分からない。

 アレコレ試したが上手くいかず、髪からずり落ちるばかり。

 

 「景綱」

 「ははっ!」


 政宗は見かね、手伝うように言った。

 景綱が顔を下げたまま進み出る。

 女王はそれに気づいた。


 『何?』


 それと同時に警護の兵が待ったを掛ける。


 『何をする気だ!』


 すぐさま景綱の行く手を塞ぐ。

 政宗らは謁見に際し武器を預けているが、衛兵にとっては王への不用意な接近など看過出来ない。

 景綱は抵抗する事なく動きを止める。

 察した女王が言った。


 『使い方を教えて下さるのでしょう。構いません』

 『しかし陛下!』

 『良いと言っています!』

 『はっ!』


 強い口調で言われ、衛兵は大人しく引き下がった。

 空気を察し、景綱が再び動き出す。

 女王の前まで進み、恭しく簪を受け取った。

 しかし、変わらず顔は上げていない。

 静かに彼女の後ろに回り、ご免とだけ短く発し、その髪を触って簪を差した。

 女王は鋭敏に終わった事を知る。


 『ウィリアム、どうです?』

 『成る程、そのように使うのですな』


 大蔵卿も簪を理解した。

 エリザベスは景綱を振り返る。

 

 『どうかしら?』


 やはりそれを作った国の者に聞くのが一番だろう。 

 日本の女性の容姿は知らないが、自分も負けてはいない筈。


 「ビューティホー」

 『えっ?』


 珍妙な姿をした男の口から英語が出てきてエリザベスは面食らう。

 それ以上にビックリしたのは政宗だった。


 「何を言ってるの!?」


 主の言葉に景綱は怪訝な顔をする。


 「似合っているという言葉と違いましたかな? 飾りを付けた女子おなごにはそう言っておけと習いました故」

 「えぇと、美しいとかそういう意味だったと思うけど?」


 あっけらかんとした言い分に政宗は呆れた。


 「左様でしたか! まあ、喜んでおるようで何より!」


 習いたてなので勘違いしていたようだ。

 しかし女王は満更でもない表情を浮かべているので良しとしよう。


 「綺麗な物に目がないとは、女子とはどこの世界でも同じですな!」

 「何か違う気もするけど、そういう事にしておくよ」


 政宗は深く考えない事にした。

この後、なんやかんやあって前話状態です。

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