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第51話 三ツ者

 「試合だ!」

 「え?」


 幸村の要求に弥助は戸惑った顔をし、勝二の顔を見た。

 昌幸の下を去り、寝泊まりしている屋敷へと戻った途端の出来事である。 


 「人質なのですから大人しくしていては如何です?」

 「うるせぇ!」


 勝二の言葉を荒々しく遮った。

 血気盛んな年頃だからだろうか、困ったモノである。

 人質の扱い方など心得ていないが、預かった他人の子供に怪我をさせる訳にもいかない。


 「どうしましょう?」

 「本人が望んでんだから構わねぇだろ?」


 意見を求められた重秀が答えた。

 手加減を知らない弥助ではないと判断したようだ。


 「では、双方共に怪我をしない程度でお願いします」

 「そうこなくっちゃな」

 「ショージがそう言うのなら分かったよ」

 

 小躍りして喜ぶ幸村だった。


 「やっぱでけぇ!」


 屋敷の庭に降り、試合を行う。

 対峙し、弥助の大きさに改めて驚いた。

 自分より頭二つ分は超えているように感じる。

 更に驚くのがその得物だ。


 「槍かよ!?」


 弥助を超える長さの槍だった。 

 その身長と併せ、とんでもなく広い間合いだ。 

 重秀が煽り気味に言う。


 「人質の坊主に怪我をさせる訳にもいかねぇからな。弥助の槍を掻い潜る事は出来ねぇだろ」 

 「舐めんな!」


 その言葉にカチンとし、殺気を放つばかりに木刀を構えた。

 弥助もその動きに合わせ、スッと槍を構える。

 対峙する二人の距離はおよそ3メートル。

 木刀には絶望的な距離に思われた。  


 「先に言っておく。お前が相手にしているのは、天下の宝蔵院胤栄が弟子に取ろうとした男だからな」

 「何ぃ!?」 

  

 幸村とて宝蔵院胤栄の名は知っていた。


 「どうしてならなかったんだ?!」

 

 ジリジリと間を詰めながらも羨まし気に問う。


 「僕はショージの従者だから」


 弥助は素っ気なく答えた。

 けれどもその目は幸村の動きをしっかりと捉えている。


 「そうかよ!」


 短く言葉を発し、幸村が一歩を踏み出そうとした時だった。


 「くっ!」


 その動きを目で追えないほどに、気づいた時には槍の穂先が喉元に突き付けられていた。

 まるで自分の方から顔を持っていったかのようだ。

 慌てて距離を取る。

 視線で体の動きでフェイントを仕掛け、弥助の虚を突こうと試みた。


 「ちっ!」


 やはり足を出そうとすると槍が飛んで来る。

 その間合いを一歩として縮められそうもない。

 突き出された槍が引くのに合わせ、全力で踏み込もうとしても無駄である。

 弥助はその場から一歩も動いていないのに、手も足も出ない状態だった。


 「竹刀と防具の開発をせねばなりませんね」

 

 今は寸止めされているが、そのうち必要になるだろうと勝二は思った。




 「さて、あの二人は重秀さんに任せておきましょうか」


 勝二は庭から屋敷の中へと視線を戻す。

 新たな二つの顔が自分を見つめている。

 昌幸の下から付いて来ていた盛清は兎も角、もう一つの顔は意外である。


 「私の屋敷で働きたいとか?」

 「五代様のお役に立ちとうごぜぇます!」


 お陽であった。

 懸命に頭を下げている。 

 

 「ご家族は何と?」


 両親を亡くしたとは聞いたが、よもや独りで過ごしている筈があるまい。 


 「叔父さんは好きにせぇと!」


 案の定、叔父の下で過ごしているとの事だったが、お陽の意志に任せたようだ。

 尤も、都に近いところからやって来た勝二が、礼儀作法を知らない田舎娘を、下女とはいえ雇う筈がないと思っての事である。

 彼女もそう言われたが、ここでは決して口にしない。


 「五代様はきっとあの病に苦しむでごぜぇます! オラ、お父とお母の看病で慣れてるだ!」


 畳に頭を擦り付けんばかりに言った。

 勝二は自分の身を使い、川の水によって住血吸虫に感染する事を示したが、浅慮のツケを払う日は直ぐにやって来る。

 お陽はその苦しさを十分に承知していた。


 「全て分かった上での事です。貴女が気にする必要はありません」


 様々な事情と計算があってやむなく行った事だ。

 しかし、お陽には違って聞こえたらしい。


 「そっだら事言わねぇでくだせぇまし! オラ達の為になさったのに、五代様が苦しむのを黙って見てられねぇ! オラは恩知らずでねぇだ!」


 怒っているようにも思えた。

 そういうつもりではないのだがと勝二も困り果てる。

 同郷の者だろうと、何とかしてくれという願いを込めて盛清を見る。

  

 「この者の願いを聞き届けて頂く、私からもお願い致す」


 何を思ったか、盛清も揃って頭を下げた。


 「どうして?!」


 裏切られた感じである。

 勝二の心中を知りながら、それでも盛清は言う。


 「甲斐に住まう者、とりわけ貧しい家の者にとり、五代様は命の恩人。どれほど感謝しても足りませぬ」

 「そうでごぜぇます!」


 盛清の言葉にお陽は強く頷いた。

 言葉を続ける。


 「あの病は甲斐に生を受けた者の宿命とまで諦めておりました。それが、あのような虫が原因と知り、防ぐ事が出来るのだと安堵したのでございます」

 「お父もお母も同じ病で死んだだ。オラ同じように死ぬと思ってた!」


 それが、川の水に触れる事で感染すると知った今、恐怖心は随分と減っている。

 見えない虫だから依然として恐ろしいが、それでもだ。


 「我らにとって命の恩人であるのが五代様です。この身に代えましてもお仕えする所存」

 「オラだって!」


 梃子てこでも動きそうにない。


 「甲斐に長居する予定はないのですよ?」


 仕方ないと諦め、一応尋ねた。

 信長には統治に参加せよとは言われていない。

 なので目途が立ち次第、早急に大坂に帰るつもりだ。

 街道の整備計画など、具体的なモノを立てねばならない。


 「五代様の向かうところが私の行くところ」

 「オ、オラだって!」


 そのような必要まではないのだが、決意は固いらしい。


 「では、まあ、これから宜しくお願いします」

 「仰せのままに」

 「オラ頑張るだ!」

 「そう畏まらないで良いですよ」


 こうして勝二の家臣が増えたのだった。

 

 「そう言えば、三ツ者とは具体的に何をしているのですか?」


 昌幸に盛清がその頭領だと説明されている。

 しかし、それが何か詳しい事を知らない。

 住血吸虫の事を掴んでいたという話から、情報を集めている組織なのだろうとは予測出来る。

 いわゆる忍者、隠密に分類される者達かもしれないと。

 勝二の問いを受け、顔を上げた盛清が背筋をピンと伸ばして答える。


 「はっ! 我ら三ツ者は諸国を巡り、時に敵城へと忍び込み、その国の内情を探る事を務めとしております!」

 「やはり忍者!」

 「にんじゃ?」

 「あ、いえ、何でもありません!」


 忍者という言葉は江戸時代に出来た呼称らしい。

 当時はその地方それぞれの呼び方をしていたようで、素破、乱破らっぱくさなどと呼んでいたようだ。

 

 「クソっ!」


 そんな中、精魂尽き果てた幸村が大声を上げ、ドッと庭に寝そべった。

 勝二はハッと気づく。


 「真田十勇士!」


 幸村と言えばそれだろう。


 「創作を史実にするチャンス!?」


 猿飛佐助は実在していたとも言われるが、十勇士の多くは小説のキャラらしい。

 しかし今、それを現実の物とする事が可能になった。


 「フフフ」


 夢が広がり思わず笑みがこぼれる。

  

 「盛清さん?」

 「ははっ!」 


 早速手を打たねばなるまい。


 「配下に命じ、猿飛佐助という男がいるか探して下さい」

 「承知しました!」


 いないのは構わないが、いるとしたら接触する必要がある。

 三ツ者の働きに期待した。

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