第46話 甲斐入り
区切りの関係で短めです。
「こ、ここまでとは……」
「ひでぇな……」
案内された粗末な小屋に足を踏み入れ、勝二らは眼前に広がる光景に絶句した。
大きなお腹をした者達が身動きの取れない程に敷き詰められ、苦し気な声を上げている。
その者らの顔は土気色で頬は窪み、手足は痩せ細っていて曲げれば折れる枯れ木のようだ。
それは大坂城で見えた、住血吸虫だと思わしき患者の姿と全く同じである。
患者の多さに排泄物の処理もままならないのか、その小屋にはただならぬ悪臭が立ち込めていたが、目に入って来る映像の衝撃の大きさにそれを忘れる程だった。
「患者はここにいる者達だけですか?」
勝二は案内してくれた現地の医者に尋ねる。
「ほんの一部でございます」
暗い顔で答えた。
こうなっては何の治療も効果がなく、死ぬのを待つばかりなので、こうして一カ所に集められているとの事だ。
そのような小屋は甲斐に点在するという。
「直ぐに一益様の下に戻りましょう!」
薬を望めない現状、病に苦しむ患者を救う事は出来ないが、これ以上の患者を出さない為にも、勝二は躑躅ヶ崎館へと急いで戻った。
「して、如何する?」
甲斐進駐軍大将、滝川一益(55)が早速尋ねてきた。
両者は安土城で既に面会しており、顔は知っている間柄である。
「まず、この病に罹った者がいる村の長を全て呼んで下さい!」
「なぬ? 病の事を民に知らせるのではないのか? 住血吸虫であったか……」
思ってもいない指示だった。
大坂城からの早馬が届き、病気の全容は知っている。
口外する事を禁止されたのも納得の、恐ろしい内容であった。
その住血吸虫を詳しく知る本人が甲斐に来た今、真っ先にその原因を発表、同時に対策を約束して住民の不安を払拭するのだろうと考えていた。
「我々は外から来た者ですから冷静に聞いていられます。ですが、この地に長年住む者に、この川の水が病気の原因だと告げても、すんなりと受け入れてもらえるとは思いません。なんせ、病を引き起こすのは目には見えない小さな虫なのですから」
「うぅむ、確かに……」
病気の説明に説得力を持たせる為にも、ある程度の情報収集と分析が必要だった。
「直ぐに集めさせよう」
一益はその旨家臣に指示を出した。
どれだけ口に戸を立てても、その噂は既に国中に広がっていた。
この地に生まれた者の宿命とまで呼ばれた、あの恐ろしい病気の原因を知る者が織田家におり、信長の命で甲斐に派遣されたという噂である。
残虐非道と聞く信長の噂を知る者はそれを怪しみ、病に怯える者は一筋の光明に縋った。
そんな中、進駐軍の入る躑躅ヶ埼館に、病気を出した村の長が全て呼ばれているという話が広まる。
呼ばれた者の近親者に何を聞かれたのか尋ねれば、病気になった者の住む村、職業、年齢、性別、毎日の生活において炊事や洗濯はどこでしていたか、耕す田畑の位置や水利などについて、書記を遣わせるので三日で調べる事を求められたと言う。
その際、項目毎に書き込めば仕上がる、理解しやすい用紙を配布されたそうだ。
定型が出来上がっており、織田家ではそれに従って各種の書類を書いているらしい。
何の事やら良く分からないが、都に近い者達は進んでいるなぁと感心した住民達だった。
そして遂にその日がやって来る。
病気の原因を周知するので、庄屋以上は城下に集まれという報せである。
しかし、期待と興奮に満ちた民衆の熱狂を押しとどめる力などない。
まるで蟻が砂糖に集まるかのように、人々は亡き信玄の居城へと殺到した。




