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第45話 助っ人

 「駄目だ!」


 勝二の懸命な呼びかけも空しく、山間に一発の銃声が轟いた。

 驚いた鳥達が一斉に飛び立ち、辺りは一時の喧噪に包まれる。

 自分に刀を突き付けていた男が、苦悶に顔を歪ませてドッとその場に崩れ落ちた。

 力なく地面に横たわった男の周りに、赤い血の海が瞬く間に広がっていく。

 

 「だから言ったんです!」


 怒りさえも滲ませ勝二が叫んだ。

 無駄に命が散るこの時代への苛立ちか、説き伏せられなかった自身へ向けられたモノかは分からない。  

 しかしそれ以上に怒ったのは、仲間を殺された山賊の方だった。


 「他に隠れてやがるぞ!」

 「どこから撃った?」

 「追撃がねぇから数はいない筈だ! 探せ!」

 「散らばって的を絞らせるな!」


 撃たれた男の仲間達は狂ったように怒声を上げ、次々と腰に帯びた刀を抜いた。

 暗い山道に無数の白刃が煌めく。

 さながら、アイドルのライブで振られるサイリウムのようだと勝二は思った。

 その中から3人、隠れている重秀を探す為、銃声のした方へと駆けていく。


 「ショージ、下がって!」


 上ずった声で弥助が叫び、勝二を自身の後ろへと隠す。

 荷に括りつけていたじょうを取り出し、威嚇するように敵の集団へと向ける。

 彼らの後ろを守るように元清は刀を構えた。


 「どうして分かってくれないんだ!」


 決裂という結果への無力感が木々の中へと消える。

 途中までは上手くいっていたのだが、低い日当にも町を移り歩くという条件にも折り合いがつかず、説得も空しくこのような事態となった。

 

 「ショージは伏せてて!」


 後ろを振り返りもせず弥助が指示を出す。

 その大きな目は山賊達をしっかりと捕らえ、どんな動きにも対応出来るようになっている。

 後悔を引きずりながらも勝二は頭を切り替え、大人しくその指示に従った。

 武芸の心得がない者に周りをウロウロされるよりも、その場でうずくまってもらっていた方が余程都合が良いだろう。 

 囲まれているので森に逃げる事も出来ない。


 「お任せします!」

 「うん!」


 勝二がその場に伏せた事を弥助は気配で察知した。

 途端、「うおぉぉぉ」と獣の咆哮が如き雄叫びを上げ、片手で杖の端を持ち、自身を中心として一周、グルンと大きく振り回す。 

 ブウンとした唸りと共に、磨き上げられた杖が空を切り裂いた。


 「来るなら来い!」


 初めての実戦に大いに緊張しながらも、それを気取られぬよう裂帛の気迫を込め、山賊に告げた。

 それも重秀の教えの一つである。 

 出来ると思わせれば迂闊に攻めてはこない。


 「何だコイツ?!」


 弥助の目論見通り、山賊達は手をこまねいていた。

 そもそも彼らにとり、黒い肌をした弥助こそ得体が知れない。

 見上げるような大男でもあり、初めて目にした彼らが弥助を妖怪の類かと思い込んだのも無理はないだろう。

 そんな黒い男が杖を振るい、並の者では出せないような音を出した。

 この男こそ、かの源義経に武芸を教えたという、鞍馬山の天狗ではないかと疑い、恐ろしさで手が出せなくなったのだ。

 また、そんな中で行われた勝二の話は、山賊に信じてもらえなくて当然だったのかもしれない。


 「ぐあっ!」


 また一人、轟く銃声に悲鳴を上げ、山賊が崩れ落ちた。


 「隠れているのは一人じゃねぇのかよ!」

 「早すぎる!」


 山賊達は苛立ちに染まり、叫んだ。

 次弾の発射までが早過ぎるのだ。

 木立の中から立ち昇る白煙を見つけ、その場に駆け付けたは良いものの、撃った者の姿はどこにも見当たらない。

 撃ったら素早くその場を去り、次の場所に移動しながら火薬などを装填しているのだろう。

 恐ろしく手慣れている。


 「そんな遠くまで行ける筈がねぇ! 探せ!」


 見えない場所から撃たれる事ほど恐怖を感じる事はない。

 山賊達は必死になって重秀を探した。 


 「流石は鉄砲集団を率いる雑賀孫一」


 顔も上げずに勝二は呟く。

 よくよく考えれば、そのような男が自分の家来をやっている事が信じられない。


 「何やってんだ!」

 「踏み込みの速さが並じゃねぇ!」

 「腕の長さを見ろ!」

 「だから間合いが広いのか!」

 「下手に杖を受けるな! 刀が折れるぞ!」


 弥助を取り囲むようにしていた5人が口々に叫んだ。

 見上げる背丈と常人に比べて長い腕とが合わさり、常識外れの間合いを持っている。

 また、その踏み込みは鋭く、一瞬で間合いを詰められ次の瞬間には間合いを外されてしまう。

 こちらの攻撃はまるで届かないのに、向こうの攻撃だけは届くという卑怯ぶりだ。

 また、見た目に比べて杖の威力は大きく、まるで鉄棒を振り回しているように感じる。

 広い間合いと合わさり、容易には踏み込めない。


 「オメェらは何やってんだ!」


 苛立たし気に、元清の前に陣取る仲間2人に言う。

 自分達が相手をしている黒い男に比べれば、随分と平凡そうだった。

 早く片付けてこっちに来いと言いたいのだろう。


 「簡単じゃねぇんだよ!」


 派手さはないが堅実な守りに徹する相手に、山賊も攻め手に欠けた。


 「ぎゃあぁぁぁ」

 「もうかよ?!」

 「何で外さねぇんだよ!」


 また一人、鉄砲の餌食となった。

 このままでは何も出来ずに形勢が逆転する、山賊達の脳裏にそのような思いが浮かんだ時だ。


 「助太刀致す!」

 「死ねやっ!」

 「うぎゃあぁぁ」


 突如として正体不明の者達が現れ、山賊の一人が斬られた。


 「何だテメーら!?」

 「賊に名乗る名などない!」

 「何だとぉ!」


 いきり立つ山賊達を挟み撃ちにするように、3人の者が場に加わった。


 「あなた達は一体?」


 顔だけ上げて勝二が尋ねる。

 身なりは質素だが整っており、無精髭を伸ばしたままの山賊達とは見た目からして違う。


 「そんな事は後です!」

 「ご尤も!」

 

 3人が加わった事で形勢は一気に勝二側へと傾き、たちまちのうちに山賊達は斬り捨てられた。




 「うぅぅ」

 

 弥助に打ち据えられた者が苦し気に呻いている。

 鉄を中に仕込んだ杖とはいえ、頭でも強打しない限り即死させる事はない。

 無論、まともに打てば容易く骨を折る武器ではあるが。

 相手を殺す覚悟がまだ足りていない弥助にとり、杖は都合の良い武器だった。


 「終わったか?」

 「無事でしたか!」


 森の中から重秀が姿を見せた。

 勝二はホッと溜息をつく。

 その後ろから2人、付いてきている。


 「後ろの方々も?」

 「ああ。そいつらと同じだろうぜ」


 顎でクイっと、加勢してくれた3人を指した。


 「3人が重秀さんを追っていましたが?」

 「心配するな、あいつらとで全員片づけてきた」

 「流石です」


 その言葉に納得する。


 「そいつはどうすんだ?」


 地面に這いつくばり、泣き言を口にしている山賊の処遇について尋ねた。

 勝二もこの時代のやり方は承知している。

 山賊行為に及んだこの者達に酌量の余地はない。 


 「他にも仲間がいるか、拠点があるのかをお願いします」

 「分かった」


 重秀に任せておけば間違いないだろう。

 悲鳴を上げて引きづられて行く男に向かい、心の中で合掌した。

 気を取り直し、現れた5名と対峙する。


 「あなた方は?」

 「当方、真田昌幸と申す」

 「真田?」


 男の名乗りに勝二は内心、飛び上がる程に驚いていた。

 戦国を代表する知将真田昌幸を知る者は歴史好きだとしても、大坂夏の陣でその名を轟かせた真田幸村の方は、大河ドラマから漫画やゲームに至るまで、歴史好きでなくとも広く知るところであろう。 

 はやる心を鎮め、問う。


 「その真田殿がどうしてここへ?」

 「甲斐の宿業を知る方が来られると聞き及び、危険があってはならぬとお迎えに上がった次第です」

 「お気遣いありがとうございます! お陰様で助かりました!」


 助力に感謝して頭を下げた。


 「悠長に挨拶なんて交わしてる場合じゃねぇぞ、親父ぃ」

 「そうだな。空が暗くなってしまう」

 「親父?」


 その単語におやという顔をする。

 それに気づいた昌幸が説明した。


 「これは失礼。この者は倅の幸村です」

 「真田幸村?!」


 その名に興奮を隠せなかった。


 「何だぁ?」


 訝し気に幸村が勝二を睨む。

 将来の勇将は、この時点ではまだあどけなさの残る子供に見えた。


 「いえ、日ノ本一のつわものになりそうな相が見えましたので」

 「日ノ本一の兵だぁ?」


 誤魔化すつもりで口走る。

 それが却って仇となり、幸村の注意を惹いたようだ。

 

 「仲間も拠点もないってよ。暗くなる前にさっさと進もうぜ」

 「そ、そうですね」


 戻って来た重秀に救われた。

 山賊によって結構な時間を取られている。


 「近道をご案内します」

 「助かります」


 一行は昌幸の案内で甲斐への道を急いだ。

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