第43話 真田の者達
「うーむ、どうしたものか……」
屋敷の中、一人の男(33)が悩んでいた。
「家の存続を考えれば織田に付くのが第一であろうが……」
二十四将の一人として仕えていた武田家は、先の戦でその織田家に滅ぼされている。
織田の勢いは止まるところを知らず、遂に畿内を統一するに至った。
そして中国の毛利、三河の徳川、関東の北条、越後の上杉らと手を結び、この国全体を支配するよう、算段を巡らせていると聞く。
西洋のスペインと同盟を組み、彼らの進んだ武器を手に入れようと画策しているそうだ。
圧倒的な数の鉄砲で、男が心より敬愛していた先代の育てた、武田自慢の騎馬隊を蹴散らした信長。
その戦で兄二人を失い、男は真田の家を継いだ。
そして仕える先を失った今、身の振り方を慎重に考えねばならない。
「信幸、幸村、お前達はどう思う?」
傍に控えて自分を見つめていた息子達、長男信幸(14)、次男幸村(13)に意見を求めた。
二人の出来はそれぞれに素晴らしく、どちらも真田の家を任せるに相応しい。
まずは信幸が答える。
「織田家の勢いを止める事は最早叶わず、その下に付くのが真田の為であると考えます。しかし、織田信長の手腕は強引です。強引さは反発を呼び、思わぬところで躓く事になりかねません。この度、信長は近隣諸国と同盟を結びましたが、いつ破綻するのかをこそ心配した方が良さそうです」
「うむ」
信幸は冷静に状況を読み、感情を切り離して思考する事が出来る。
一家の長として立派に一族を率いる事が出来るだろう。
「難しい事は分かんねぇけど、強い者が勝つだけだろ?」
「それはそうだ」
幸村が答えた。
次男には天性の才があると思っている。
戦場で大きな功を立てる事が出来るだろう。
やはり、真田を担うに十分である。
昌幸は内心、大いに満足して息子達の顔を眺めた。
「昌幸様」
尚も考え中の彼を家臣の一人が呼ぶ。
甲斐に遣わせていた者達から報告がもたらされたのだ。
「住血吸虫だと!?」
書状を開き読み進め、昌幸は驚きに目を見開く。
息子らはギョッとして父親を見つめた。
子供達の視線に気づかないのかブツブツと呟く。
「信玄公ですらお手上げだったあの病を、第六天魔王はどうにか出来ると申すのか!?」
昌幸も良く知る甲斐の宿業を解決すべく、信長が部下を派遣すると書状にあった。
その病は共に戦場を駆けた武田二十四将の一人、小幡昌盛の命をも奪っている。
歴戦の勇士が己の足で立ち上がる事さえ出来ない程に、気力も体力も奪っていく甲斐の呪いだった。
歴代の統治者がその原因究明に取り組み、悉く失敗している。
昌幸の仕えた名君信玄でさえどうにもならず、放置せざるを得ない病魔であった。
近隣諸国で名の知れた医者も、患者を見てオロオロするばかり。
どんな治療も薬も役には立たなかった。
それなのに、あろう事か昨年までは敵であった織田信長の家臣に、あの病を知る者がいるという。
信長の命で甲斐に向かっているとの事だった。
「この目で確かめる必要があるな……」
亡き信玄を今も慕う昌幸が、そう思ったのも無理はない。
「親父、俺も行くぜ!」
父親の決意に幸村が即座に反応する。
事の次第を理解している筈がないが、好奇心を刺激されたのだろう。
「では幸村、行くか」
「やった!」
何かの役に立つと考えた訳ではない。
経験を積ませる目的だった。
弟が行くのなら自分もと、信幸も手を挙げる。
「父上、私も行きとうございます!」
「信幸は留守だ」
「どうしてでございますか?」
却下に不満を顔に出す。
この辺りはまだ修行が出来ていないようだ。
「仮に我らに何か起ころうとも、どちらかが残っていれば真田は安泰だ。何度も言っている事であろう?」
「……はい」
父の教えに不承不承頷いた。
「墨汁を塗りたくったあの男は何だ?」
「でけぇ……」
大坂から来るという一行に先回りし、昌幸らは山の中で彼らを迎えた。
深い木々の先に、険しい山道を進む集団の姿がある。
まず目を惹いたのは先頭を歩く大男で、山のように大きな荷物を背負いながらも、それを感じさせない軽やかな足取りである。
速足で歩きながらも周囲に気を配っている様子が見て取れ、ただの荷物持ちではない事が知れた。
それよりも不思議なのは、その男の肌が顔から首から真っ黒な事だ。
「あいつ、羽根突きで負けたのかな?」
幸村がふと思い浮かんだ事を口にした。
確かに正月遊びの羽根突きで負け続ければ、あのような姿になるだろう。
「って、どれだけ負けてんだよ!」
そんな訳があるかと自分で気づいたようだ。
織田軍の規律は厳しく、遊んでいる時間などある筈がない。
武田を滅ぼした後の領地運営において、一般兵でさえも略奪などの行為は皆無であった。
「織田は南蛮と交易があると聞く。日に焼けた者がいても不思議ではあるまい」
「流石親父!」
日焼けすれば肌が濃くなる。
それだけの事だろうと考えた。
それに、目を惹く者は他にもいる。
「最後を歩く男もただ者ではないな……」
「すげぇ……」
火縄銃を肩に担ぎ、注意深く列の最後尾を進む男の気配も並々ならぬ物がある。
名の知れた兵法家に見えた。
「であれば、病を知るのは真ん中を進むどちらか、か……」
残りは二人、黙々と歩いている方と遅れがちになっている方だ。
黙々と歩いている方は凡庸な雰囲気ながら堅実さが見て取れ、自分の命を自分で守る程の才は備えているようである。
一方、遅れがちになっている方は付いて行くのに精一杯という感じで、周囲の事にまで気を配る余裕はなさそうだ。
「武芸を修めている様子は全くないな」
「親父、ありゃあ文官だろ?」
幸村が興味なさ気に呟いた。
「であれば、病を知るというのはあの者か……」
昌幸はそう当たりを付けた。
「親父、仕掛けるのか?」
「馬鹿を申せ。あの病は我らにとっても憎き宿敵。その正体を知るという者に危害を加える訳がなかろう」
ウキウキな表情で尋ねた息子を窘める。
甲斐に生まれた者の宿命とまで言われたあの病魔を、なくせるモノならなくしたい。
「ヤバいぜ、親父!」
「どうした?」
焦る息子の指さす方向を見る。
「賊か!」
眼下を進む一行からは見えないであろう道の先に、武器を構えてたむろする男達の集団が居た。
武田の残党が徒党を組み、山賊紛いの事をしているのだろう。
「親父、どうすんだ?」
「危険ならば助太刀する」
「よっしゃ!」
昌幸らは静かに立ち上がり、木々に覆われた山肌を下り始めた。
幸村は分かり易さを優先し、信繁にはしませんでした。
1567年生まれ説を採用しています。




