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第39話 諸侯会議その一

 「よう参られた」

 「お招き感謝する」


 この日、信長の呼びかけに応じて大坂城に集まったのは、信長の盟友徳川家康、関東を押さえる北条氏政、越後の上杉景勝、中国地方を支配する毛利輝元、全国の一向宗徒の頂点に立つ顕如である。

 時を同じくして手を結んだ同士、大坂城に招待して会談の場を持つと共に、盛大にもてなそうとしたようだ。

 併せてスペインとの同盟内容を説明して協力を要請、今後の計画についても詳細を伝える機会でもある。

 特に上杉と毛利は交易路計画の当事者であり、双方に面識を持ってもらう場ともした。

 また、旧武田領に関し、参戦した家康と氏政とで分割案をまとめる。

 後年、世事には関わらぬとして顕如が抜けて以降も、慣例として五候会議と呼ばれる事となる。


 「勝二、説明せい」

 「承知致しました」


 信長の命で勝二が進行を担う。

 勝二は五候全てと顔なじみとなっており、かつ計画の首謀者でもあるのでその役は適任であろう。


 「まずは互いの国を整えられた道で繋げ、人の行き来と物資の運搬を容易にすべきかと存じ上げます」


 勝二は用意していた地図を示し、説明を始めた。

 自分を見つめているのは諸侯だけではない。

 明智光秀や羽柴秀吉といった信長の有力家臣達、家康と共に参った本多正信ほんだまさのぶ、直江兼続、小早川隆景らも顔を揃えている。


 「歩きやすい道を整備したら、敵が攻め込むのに使われると懸念される方もおられるでしょう。ですがその道は、援軍が速やかに到達するモノにもなり得ます。また、人や物の往来を活発にすれば国の発展に繋がり、敵の侵攻を防ぐ軍備の拡充も可能です。この場に集まった国同士だけでも道を連結すべきです」


 賛成の声はなかったが、反対もないので詳しく話す。


 「これからの戦には大筒、西洋でいう大砲が盛んに用いられるようになるでしょう。現物は後で存分にご観覧頂くとして、大砲を運ぶには台座と共に整備された道が必須です。なおかつ、ばんえい馬と呼ばれる大型の馬を西洋より導入すべきと考えております」

 「物があるのか?!」 


 大砲という単語に、集まった者達の多くは食いついた。

 予想以上に皆の集中力が散ったので、説明会は一時中止とし、まずは大砲を披露する。


 白い布が掛けられた大砲を前に、自慢気な信長が立つ。 

 紐を一気に引っ張って布を取り去り、台座に載った大砲を衆目に晒した。

 陽の光を浴び、使い込まれた砲身が鈍く光る。

 表面は傷だらけで、歴戦を潜り抜けてきた事を物語る青銅砲であった。

 見る者皆、真剣な顔でそれを眺める。

 家康はふと思いつき、試しに台座を引いてみた。

 しかし、彼一人の力ではビクともしない。 

 気づいた諸侯が総出で引き、どうにか動く程度だった。

 成る程、道を整えなければ速やかに運ぶ事は出来ないと納得した。

 



 「気を取り直しまして陸路です。大坂を基点にして越前、越後へと向かう坂越道はんえつどう。尾張、三河、伊豆へと向かう東海道。播磨、備前、馬関へ向かう山陽道。丹波、因幡から馬関へと向かう山陰道が主要四街道です」


 大坂から東西に延びる4本の線が描かれた。

 その図に「おぉ」と歓声が上がる。


 「次に海路です」


 今度は朱で線を引く。


 「蝦夷、越後、敦賀湾から琵琶湖を通って大坂に至るきた海路。敦賀湾から山陰を通り、馬関に至る山陰海路。馬関と大坂を結ぶ瀬戸海路。大坂、三河、小田原を結ぶみなみ海路の四海路です」


 これも4本の線である。

 計8本の線によって、集まった諸侯の国は全て結ばれた。

 

 「四つの街道と四つの海路を開く事によって国同士を結び付け、互いの繁栄を図る、名付けて四四十六(ししじゅうろく)計画です!」

 「じゅうろく? 四と四では八だろう?」


 思わぬ所で景勝より疑義が呈された。

 四街道と四海路で国を結べば、単純に足した八の成果だけでなく、相乗効果でそれ以上の利益があると言いたかったのだが、実直な景勝には通じなかったようだ。


 「いえ、何となくです……」

 「何となく?!」

 

 質実剛健を旨とするのが武士であると言えるし、いつ戦場に散るか分からない儚さに、風流や雅を嗜むのも同じ武士と言えよう。

 とはいえ、言葉遊びなどしている場合ではなかったと反省した。


 「まあまあ、景勝公。計画の名など、その本質には影響しますまい」

 「そう言われればそうだが……」


 家康が取りなす。

 縁起などによって名を変える当時であり、名前にそこまで深い意味はない。


 「ところで勝二よ、堺で大砲は作れないのか?」


 先ほど目にした大砲が、強く頭の中に残っていた氏政が尋ねた。

 関東の雲行きは怪しく、大砲があれば城攻めがはかどると思っていた。

 堺にも鉄砲より大口径の物はあるが、西洋程ではない。


 「それをご説明する前に、砲には青銅製と鉄製がございます」

 「あの大砲は青銅で、我が国の鉄砲は鉄だな」

 「仰せの通りです。材料の違いは何かと申しますと」

 「青銅は柔らかいので加工が容易。鉄は硬いので丈夫だが、加工が難しい」

 「まさしく」


 勝二の説明を遮り、信長が答えた。


 「青銅は溶かすのが比較的容易で、粘度が少ない為に複雑な鋳型に入れても形を整えられますし、冷えた後で中をくり抜くのも可能です。一方、鉄を溶かすには高い温度が必要で、複雑な形の鋳型では中に入り込まず、かつ表面に穴が開いてしまいますし、冷えてから中をくり抜くのは困難です」

 「そうなのか?」


 氏政が初めて聞いたという顔をした。


 「青銅は銅とすずの合金ですが、どちらも高価な材料です。一方、鉄は原料としては安価です。貨幣を見ればそれは明瞭かと思われます」

 「確かに銅銭はあるが、鉄で作った銭はないのう」

 

 鉄銭が登場するのは資源が枯渇してくる江戸時代となる。

 錆びやすく、民衆からは不評だったようだ。  


 「青銅砲であれば我が国でも今すぐに作る事は出来るでしょうが、早晩材料に困る事になると思われます。そうなれば寺社の鐘楼を徴発しなければならなくなるでしょう」

 「それは大変困りますね」


 大戦中は鉄さえも国民から回収し、兵器の材料にしている。

 信長であれば、困る前に何かと理由を付けてやるだろうと思い、顕如が心配げな顔をした。


 「当座は青銅を用いて大砲を作る技術を習得し、いずれは鉄製の大砲を作る事を考えた方が無難であると思われます」

 「堺では鉄砲を作れているのだから、大砲も作れるのではないのか?」


 氏政が尋ねる。

 鉄砲を大きくするだけではないのかと思っていた。


 「事はそう簡単ではないようです。鉄はその質によって三種類に分けられます。銑鉄せんてつはがね錬鉄れんてつです」

 「ふむ」

 「銑鉄とは、そうですね……炭が多く鉄の中に解けた状態だと思って下さい」

 「炭が鉄の中にだと?!」


 勝二の説明に諸侯は戸惑った。

 鉄に炭が解けるなど、想像し辛い。


 「実感しにくいでしょうが、大まかにそうお考え下さると助かります」

 「それは良い、次を説明致せ」


 信長が促した。

 彼には通じているようだ。

 詳しく言えば銑鉄の炭素濃度は2%以上、鋼は0.04~2%、錬鉄では殆ど含まない。


 「鋼は刃金とも呼び、刃物に使います。鉄の中の炭成分が銑鉄よりは少ない状態です。粘り強く、硬い鉄になります。一方、銑鉄は刃金よりも硬いのですが、脆く砕けやすくなります。粘りが少ないので鋳物に使います」

 「成る程」

 「最後の錬鉄ですが、熱い銑鉄を叩くなどして鍛え、炭成分を除去して作ります。柔らかく、釘などにします」

 「理解した」


 他の者は置いてけぼりである。


 「この三種類のうち、大砲を作るには鋼が最も適しています。熱にも衝撃にも強いからです」

 「柔らかすぎず、硬すぎずという訳か」

 「ご慧眼です」

 「世辞は要らぬ。さっさと言え」


 しかめ面をしていたが、どことなく口元が緩んでいるように見えた。


 「では次に製鉄法と鉄の原料の違いです。我が国では砂鉄からタタラを用いて鉄を作るのに比べ、西洋では鉄鉱石から高炉と呼ばれる装置によって製鉄しています」


 「鉄鉱石、高炉だと?」


 初耳であり、大いに気になる。

 

 「鉄鉱石とは鉄を多く含んだ石の事でございます。銀を含んだ鉱物から灰吹法によって銀を取り出すように、高炉を用いて鉄鉱石から鉄を取り出します。また、高炉はタタラとは違って上に高く伸ばした丸い炉であり、連続的に鉄を取り出す装置です」

 「ふぅむ」


 高炉とは言え、現代にあるような巨大な設備ではない。


 「タタラは直接鋼を作る事が出来る、直接製鉄法です。一方の高炉は一旦銑鉄を作り、別の工程を経る事によって鋼を作り出す、間接製鉄法と呼ばれるモノです」

 「ではタタラの方が優れておるのか?」


 気づいた氏政が問うた。

 

 「しかし、タタラは一操業毎に壊さねばならぬ物ではありませなんだか?」

 「そ、そうだった!」


 家康の指摘に頭を掻いた。 


 「氏政様のお言葉通り、タタラは直接鋼を作る事が出来る優れた製鉄技術です。しかし、鋼だけを取り出す事は出来ません。家康様のご指摘通り、操業毎に炉を壊し、中にある鉄塊を崩して鋼を選び出す作業が必要になります」

 「鉄鉱石を使う高炉はどうなのだ?」


 信長が聞く。


 「高炉では炉が壊れない限り、材料を入れ続ければ銑鉄を連続して取り出す事が出来ます。炉を大きくすればその量も多くなりますし、銑鉄から鋼に変える炉を併設すれば、鋼も製造する事が可能です」

 「銑鉄から鋼を作るにはどうするのだ?」


 畳み込むように質問する。


 「最も簡単な方法は銑鉄と錬鉄を混ぜる事です。錬鉄は銑鉄を金槌で叩き続ければ作る事が可能ですから、出来た錬鉄と銑鉄を適正な比率で混ぜ、炉で熱して溶かせば鋼が出来ます」

 「ふむ」


 製鉄炉の初期型は塊鉄炉と呼ばれる。

 燃料である木炭と鉄鉱石を炉に入れ、空気を送り込んで燃やす方法である。

 その後、解けた鉄の塊を取り出のだが、不純物も多いのでハンマーで叩いて不純物や炭素分を除去、錬鉄を作り出す。

 それが高炉となっていき、解けた鉄を順次取り出すのだが、それは銑鉄である。

 銑鉄から錬鉄という順序を踏まず鋼にする技術は、銑鉄に酸素を吹き込んで鉄中の炭素を燃やす尽くす、ベッセマーによる転炉の発明を19世紀まで待たなければならない。 


 「タタラによって鋼を作る方法でも良いのですが、砂鉄は量が問題です」

 「左様、砂鉄の採れる量は限られている」


 当時、岩石中の鉄成分が川に流れ込んで洗い流され、下流に堆積した砂鉄を用いるのが一般的だ。 

 

 「西洋では鉄の含有量が高い質の良い鉄鉱石を用い、鉄を作っています」

 「我が国では鉄鉱石が手に入らんのか?」


 信長にとってそこが問題である。

 方法が分かっても材料がなければ絵に描いた餅だ。

 

 「釜石です」

 「釜石? 南部晴政の領地か!」


 勝二の回答に膝を叩く。

 寧ろ信長のその反応にこそ、勝二はいたく驚いた。


 「ご存知なのですか?!」

 「南部晴政は以前、見事な馬と鷹を儂に贈ってきおったぞ!」

 「そうなのですか?!」


 晴政は信長と誼を通じる為、2年前にそれらを献上している。


 「しかし、釜石は遠いな……」

 「小田原から船で向かうか、越後から陸路で向かうか、でしょうか?」

 「どちらにしても遠い事に変わりはない!」

 

 信長がイライラしたように声を上げた。

 しかし、距離については文句を言われてもどうしようもない。

 

 「釜石以外ではないのか?」

 「釜石以外でございますか? えぇと、我が国にはないと思いますが……」


 生憎記憶になかった。 

 しかし信長は、勝二が返答に込めた思いを鋭敏に察し、更に尋ねた。


 「他ならばあるのか?」

 「ええ、まあ。アメリカ大陸やオーストラリアならば、正直いくらでも」


 世界で活動していた巨大商社に勤めていた勝二にとり、海外の鉄鉱石鉱山の知識は豊富である。

 それこそ、どこどこに何鉱山と、ピンポイントで挙げる事が出来る程に。


 「アメリカならば我が国の近くではないのか?」

 「そうでした! ブラジルのカラジャスは遠すぎるとしても、アメリカのメサビやカナダのワブッシュならば近いです!」


 勝二の描いた世界地図がしっかりと頭に入っている信長は、アメリカと聞いてその位置関係にピンときた。

 国内しか念頭になかった勝二は、その事に言われて初めて気づく。 


 「聞き慣れぬ言葉を……。して、それはどこなのだ?」

 「アメリカ大陸の北部地域、この辺りです!」


 勝二はその二つの鉱山がある場所を指さした。

 メサビ鉄山は五大湖の一つ、スペリオル湖のほとりにあり、ワブッシュ鉄山はカナダの東海岸に位置する。


挿絵(By みてみん)


 一同はざわついた。


 「海を渡った先ではないか!」

 「そこに行けばその鉄鉱石とやらがあるのか?!」


 それもその筈、日本から西洋に行くよりも近かったからだ。

 この時代は鉄不足で、南蛮鉄と称するインド産の鉄を輸入していたが、出来れば自給出来た方が良い。

 鉄鉱石を輸入し、国内で加工出来れば鉄を買うよりは安くなるかもしれない。

 その可能性について活発に意見が出た。

 諸侯らの期待を裏切るようで申し訳ないと思いながら、勝二が現実を告げる。 


 「鉄鉱石は普通、土の中に埋まっております。しかも沿岸にある訳ではなく、内陸部です。掘り出して港へ運び、我が国まで船で運搬するのでしょうか?」

 「う、うむ……」

 「しかも、その辺りは人の居住さえも少ない荒野の筈です。行く事さえ難しいと言えましょう」

 「そ、そうであるか……」


 可能性がないと言われて皆しょぼんとした。


 「何故そのような場所に鉄があると知っている?」 


 一人冷静にツッコミを入れたのは信長であった。

 慌てずに言い訳を述べる。


 「世界を歩き回っているという方に偶然出会い、聞かせて頂きました。鉄がある事は知っているものの、開発が難しいとして手付かずだと」

 「成る程」


 疑う眼差しではあるが、一応納得したようだ。


 「となると釜石から送らせるしかあるまい」

 

 その言葉に皆が頷く。


 「されど、人の住まぬ場所にそれがあるなら、どれだけ掘ろうが揉め事など起きぬので都合が良かろうな」

 

 景勝がポツリと口にした。

 当時でさえ、居住民の反対に遭って開発計画が頓挫する事はある。

 加賀の一向一揆が顕著であるが、村人も武士と同程度に武装しているので、その地に住まう住民達は軽視出来ない勢力なのだ。

 その指摘に諸侯はハッとする。


 「確かにそうであるな」

 「調べるだけ調べるべきでは?」

 「適任者は一人しかおらぬな……」


 皆の視線が一点に集中したが、そうはさせぬと信長が言う。

 

 「そのような暇は与えぬ!」


 それもそうだと納得した。

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