表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/192

第33話 信・景会談

 「織田信長である」

 「上杉景勝なり」


 春日山城にて両者の会談が開かれた。

 初めは偽者と考えた上杉家であったが、本物と知って驚き、急遽開催する運びとなっている。 


 「たけき越後の龍、雄々しき甲斐の虎は天へと昇り、余を囲っていた包囲網は既に破れた。この度起きた天変地異への備えを考えれば、貴公も天下の趨勢に従うが良かろう」


 信長が、和睦と言う名の降伏勧告をした。

 

 「謙信公の掲げた義を尚も求めるなら、民の望まぬ戦を続けている場合ではあるまい」

 「義昭公を擁する毛利公が控えているのに、我らが降りる訳にはいかぬ!」


 景勝はそれを拒否した。

 石山本願寺と武田勢は破れたものの、中国地方を支配する毛利の力は依然として大きい。

 そもそもこの度の信長包囲網は、信長によって京から追放された最後の将軍、足利義昭の呼びかけに応じて形成されている。

 その義昭を匿う毛利が信長に対峙している限り、戦いもせずに和睦する選択肢は取れなかった。

 それこそ信義に反しよう。

 

 「その事だが、毛利公とは既に和睦したぞ?」

 「何ぃ?!」


 あっけらかんと言う信長に景勝は言葉を失った。

 信じられない。


 「あの南蛮船に乗って領地を訪ねた所、快く承諾してくれた次第」

 「あり得ぬ」

 「では、これでも読め」


 信長は懐より文書を取り出した。

 毛利輝元との間で交わされた、織田家と毛利家の合意文書である。


 「馬鹿な……」


 その内容に景勝は呻いた。

 停戦に合意して互いの領地を定め、以後は協力関係を築いていく旨、連名で書かれている。  


 「義昭公の処遇は?」


 ふと思いつき、景勝が尋ねた。

 それについては何も書かれていない。

 しかし、織田と毛利に都合が悪いからと、彼の存在を無視するのも不義であろう。 それまでは両者共、その権威を存分に利用してきた筈なのに。 


 「それは余のあずかり知らぬ事」

 「無常なり……」


 室町幕府の終焉を思い、景勝は瞑目した。




 「小早川隆景に船を見せたら青い顔をしておったな」

 「そのような事が……」


 思い出し笑いなのか、にこやかに笑う信長が説明した。

 景勝との会談を終え、用意された屋敷に留まっている。

 勝二はその時の隆景の心中を察した。

 景勝同様、まさか信長本人が現れるとは思っていまい。


 「慌てて吉川元春へ報せの馬を走らせたようだ」

 「元春公は山陰が領地でしたか」


 尼子氏の領地を引き継いだ筈だ。


 「左様。なので馬関を回り、山陰に着いた頃には待ち構えておった。大層緊張した顔をしておったぞ」


 さもおかしそうな口ぶりである。


 「南蛮船に手痛い目に遭った物と思われまする」

 「元就公の時代、門司城だったな」


 信長と共に現れた男が発言した。

 短気な信長の信頼を得ているように感じる。

 才気溢れる見た目であった。

 因みに二人が言及したのは門司城の戦いである。

 1561年、毛利方が占領する門司城に対し、大友宗麟の軍が奪還に向かった。

 その際、宗麟は付き合いのあったポルトガル商人に頼み、門司城へ砲撃を加えてもらっている。

 日本で初めてとなる、艦砲射撃であった。

 戦況には影響を与えなかったが、毛利方の肝を大いに冷やしたという。


 「そちらの方は……」


 不思議に思い、勝二が尋ねた。


 「光秀、こやつが勝二よ」

 「ははっ!」

 「何ですと?!」


 勝二は驚いた。

 まさかあの光秀かと思った。 


 「手前、明智光秀と申す」

 「ご、五代勝二です!」


 やはりであった。

 慌てて頭を下げる。

 信長と言えば裏切り者の光秀と半ばセットだが、まさかそのセットで越後にやって来たとは。

 とは言え、未来にするかもしれない行為を以て、今を判断する事は出来ない。

 往々にして人は出来心で過ちを犯してしまうが、それは偶々巡り合わせが悪くて起こしただけの場合もあり、巡り合わせ次第では何も起こさないからだ。

 会社の売り上げを横領した職場の者がいたが、それまでの勤務態度は至って真面目で、まさかそんな事をするとは思わなかったと誰もが口にした。

 横領する事態に陥ったのも、調べれば不幸な偶然が重なった結果に思われた。

 口さがない者はボロクソに言っていたが、それまでの彼を知っていただけに、生来の悪者だと断ずる気にはなれない勝二だった。


 「書式と申す物、この目で見せて頂いた。成る程、定型にすると読みやすく書きやすい。楷書にするというのも納得であった」

 「ありがとうございます」

 

 史実での謀反について考えているとは知らない光秀は、加賀で目にした勝二の仕事を褒めた。

 その言葉の裏に打算があるとは思えないが、かと言って光秀も戦国の世を生き抜いてきた武将の一人だ。

 裏切り裏切られが普通の世界で、現代人の感覚は通用しまい。

 そもそも、今のこの状況こそが命の危機ではと思う。


 「信長様が越後におられる今、よからぬ事を考える者達も出てくるのではありませんか?」


 流石に暗殺という単語を使う事は出来なかった。

 当然過ぎる勝二の懸念に対し、信長は不敵に笑う。


 「策は万全よ」

 「策、でございますか?」


 想像も出来ず、質問が口を突いて出た。


 「これよ」


 信長は屋敷の庭に向けてその手を挙げた。

 どういう事だと首を傾げていると、屋敷からは見えないものの、沖に停泊しているスペイン艦隊の方角から大砲の音が響いてきた。

 屋敷まで空気の震えが伝わってくるような音である。

 何事かと肝を潰し、庭に転がり出てきた上杉家の面々が見えた。


 「戦を始めるのですか!?」


 勝二も驚き、叫ぶ。

 しかし信長は笑うばかり。

 十数発くらいの音が止んで初めて口を開く。 


 「心配するな。空砲である」 

 「空砲ですか?」


 意味が分からず、その顔をマジマジと見つめた。


 「我を害しようと思うなよと、警告のつもりだ」

 「な、成る程……」


 その説明にドッと疲れを感じた。

 心臓に悪い。


 「兎に角、とっとと交渉にケリを付け、とっとと安土城に帰るぞ!」

 「加賀ではなくて安土ですか?」


 その発言の意図が読めない。

 加賀での仕事も途中だが、越後派遣は武田への援軍を阻止する事も重要な目的の筈だ。

 そんなやり取りに痺れを切らしたのか、怒気を込めて信長が言う。


 「貴様がおらんと南蛮人との交渉が進まぬ!」

 「そう言えば、今まではどうやっておられたのですか?」

 「伴天連の宣教師に頼んでおったわ!」


 それきり話は出来なかった。

 仕方がないので勝二は部屋を去る。




 「宜しいか?」

 「構いませんよ」

 

 夕刻、光秀が勝二の部屋を訪ねてきた。

 

 「勝二殿のお知恵を深く拝聴したいと思い、参った次第」

 「知恵だなんて、そんな……」

 

 重秀や弥助は空気を察し、そっと部屋を後にした。

 一応、何事か起きても直ぐに対応出来る位置にいる。

 部屋を出ていく弥助を目にして光秀は驚いた様子だったが、声に出すまではしなかった。


 「あの書式なる物は勝二殿のご発案ですかな?」

 「ええ、まあ。ああいうモノがあれば便利だなぁと思いましたので……」


 こうして勝二と光秀は言葉を交わした。


 と、そんな時だ。

 誰も部屋にはいないのに光秀はチラッと辺りを伺い、小声でそっと囁いた。


 「ここだけの話、お館様から頂戴した一文が読めずに勘違いし、後で冷や汗をかいた事があるのだ」

 「そ、それは?!」


 その告白に衝撃を受けた。

 それが謀反を起こした理由なのではと思ったからだ。

 光秀が信長を攻めた原因については諸説あるが、未だ決定的と呼べるモノはない。

 もしかして信長の書いた手紙が読めずに内容を勘違いし、本能寺の変に繋がったのではないかと勝二は思い至った。

 そうは書いていないのに書いてあると読み違え、想像を膨らませて謀反しかないと思い込んでしまったのではと。


 目の前の光秀は生真面目そうな印象で、思い込んだら一直線な感じがした。

 元同僚にも同じような人がいたので既視感がある。

 仕事は優秀であったが若干妄想が激しく、飲み屋の女性に運命を感じてしつこく言い寄り、遂にはストーカーと化して警察沙汰にまでなったのだ。

 見た目だけで即断は出来ないが、第一印象の通りであったという経験も多くある。

 勝二は話を合わせた。


 「私なんて信長様の書いたモノだけでなく、加賀にあった文書の殆ども読めませんでした!」

 「それは、何ともご苦労な事だ……」


 光秀は呆れたような、同情するような顔をした。




 「今の境界を以て織田と上杉の国境くにざかいとする」

 「承知した」


 時を置かずして織田家と上杉家の間で和睦が成った。 

 それと共に堺から瀬戸内を抜け、山陰、敦賀、越後、蝦夷地を結ぶ交易港を開設する事が決定されもした。

 また、越後の領地を整備する為の支援金が、信長から贈られる事となった。


 「織田家の者を越後に留めたのだ。今度はそちらの者を我が領地に招待してやろう」

 「なぬ?!」


 一通り終えた所で信長が口火を切った。

 ぐるりと場を見渡し、一人の男に目を止める。

 

 「その方、名は?」


 射殺そうとでもいうような鋭い視線であった。

 信長の威圧を真正面から受け、いささかも怯む事なくその男は名乗る。 


 「直江兼続と申します」


 凛とした声が響いた。

 

 「兼続か。その方を賓客として我が安土城に招いてやろう。来るか?」


 挑発するような物言いだった。

 来るかと問いながら、来る事など出来まいと言いたげだった。

 兼続が上杉家の中でも景勝に近い地位にいる事は、その座る場所を見れば明らかであるし、景勝が心配げな顔をしきりと送っている事から、彼の信頼を集めている事も容易に知れる。

 そのような家臣を、死地かもしれない信長の下に送り出せるのか、景勝の判断を図る。

 それと共に、虎児などいないかもしれない虎穴に自ら入る事が出来るのか、兼続の度胸を試した。

 勝二を引き留めた事の報復という意味もあったのかもしれない。


 兼続は暫し考え、答えを出す。


 「ご招待、有難くお受け致します」

 「兼続!?」


 景勝が思わず叫んだ。

 危険だと顔に書いてある。

 あの信長ならば難癖をつけ、腹を切らされる事にもなりかねない。


 「殿、ご心配には及びませぬ」


 思わず見惚れるような、見る者を安心させる姿であった。

 

 「勝二殿を無理に引き留めたのは我らです。その償いを果たして参ります」

 「し、しかし……」


 景勝の言葉を遮るように兼続は続ける。


 「それに今は上杉家の飛躍にとって大事な時です。株式をしっかりと学んで参ります」

 「そ、そうか……。頼むぞ」

 「お任せあれ」


 こうして兼続の安土城行きが決まった。




 『ショージ!』

 『カルロスさん!』


 ようやくカルロスとの面会となった。

 航海の無事と再会を祝う。 


 『日本の自然は美しいな!』

 『気候が変わると、この自然がどうなるのか分かりませんが……』


 それが一番恐ろしい。


 『それはそうと、頼まれていた野菜の種苗だ』

 『ありがとうございます!』


 待っていた物の到着だった。


 『ジャガイモ、サツマイモ、トマト、トウモロコシ、トウガラシ、カボチャ。探すのに苦労したよ。植物園にまで行ってようやく見つけたくらいさ』

 『カルロスさんには日本人を代表して感謝致します』


 勝二は深く頭を下げた。


 『しかし、君もよくこんな作物を知っていたね?』


 その顔は不思議そうだ。

 アメリカを植民地にしているスペインの、高級官僚である自分でさえ、新大陸の作物はそこまで把握していない。

 

 『ええ、まあ、色々と』


 勝二は曖昧に誤魔化した。

 

 『とは言え、これで飢饉への備えが出来ます!』


 早速上杉家にも分けてあげなければなるまい。

 ついでに北条家にも送ってもらう算段を付ける。

 上杉家は度々関東に侵攻し、北条へ通じる道には精通している。




 イングランド船に乗った政宗らは長い航海の末、遠い水平線の向こうに島影を見た。


 「あれがブリテン島?」

 「遂に着きましたか!」


 二人は喜びに手を取り合った。




 「島津が何ほどぞ!」


 撤退する島津軍を遠目に見据え、道雪が吼えた。

 耳川での屈辱を見事に雪ぎ、大友の失地を取り返している。

 ポルトガルの大砲の威力は凄まじく、島津軍の抵抗はないも同然であった。

 城に籠っていた島津軍にとってみれば、何が起こっているのかも分からない間に瞬く間に城門を破られ、慌てて撤退を決めたのだった。

 

 「勝鬨かちどきを上げよ!」


 道雪の言葉に、大友全軍が歓喜で応えた。

政宗らの時系列がおかしいですが、同時進行という訳ではないとご理解下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ