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第24話 ご飯がないなら麺を食べればいいじゃない

 その声は北国から徐々に聞こえ始めたという。


 「実りが悪いな……」


 厳しい目つきで水田を眺め、悩まし気に呟く者が後を絶たなかった。

 秋の収獲の時期となり、空の青さに比例して顔を青ざめる者が続出する。

 納めねばならない年貢を思えば無理もない。

 収穫量が減っても、即座に負担が軽くなる訳ではないからだ。


 「世はどうなるのか……」


 食う物に困れば隣国へと攻め込み、奪うという蛮行に繋がり易い。

 戦乱が長く続いた世の中が、織田信長の台頭でようやく落ち着きを見せようとしていたのに、再び戦雲が立ち込めているように思えた。


 「勅旨の通り?」


 まさかという思いが頭をよぎる。

 日本が大西洋に移動し、気候が変わるという話を思い出した。

 今までと同じ事をしていては対応出来ないという。

 稲の不作を前にし、その事を強く意識した。

 そして、そのお触れを出したのが信長である。

 表向きは正親町おおぎまち天皇の出した勅旨だが、出させたのはその後ろ盾となっていた彼だと誰もが知っていた。

 この国を混乱から救うのは織田信長しかいないのではと、民衆は秘かに思うのだった。


 一方、農民達の間に広がった不安は、顕如の指示を元に各地の本願寺の僧侶達が必死になって抑えていた。


 「顕如様、どこも米の出来が良くないですぞ!」

 「うーむ、勝二殿の心配していた通りですか……」


 石山城を出た顕如は紀伊の寺院に引いていた。

 各地より持ち寄られた情報が集まってくる。

 当時、全国の状況を早く正確に知っていたのは、日本各地に信徒を持つ浄土真宗くらいであった。

 各地の大名も独自に情報収集はしていたが、対象は隣国や敵対国くらいが精々であり、関係のない国や地域には関心が薄く、調べる事もない。

 日本全国で起きている事など感知し得ないのだった。


 「顕如様、一揆もやむなしと皆が訴えております!」

 「不穏ですね……。どうにかなだめて下さい」


 争いが起きないように腐心する。

 そのような場合ではない。

 とはいえ、それだけではどうしようもないとも分かっていた。

 気候の変動が固定化するとして、それへの対応をどうするのか、正直分かりかねる。


 「勝二殿、何か妙案を頼みますよ」


 顕如は遠い空に祈った。




 「ご飯がないなら麺を食べればいいじゃない!」

 「は?」

 「何を言ってるのです?」


 勝二の呟きを頼廉らが聞き咎める。

 余りに不謹慎に思えた。


 「ですから、米の栽培が難しいのなら別の穀物を育てるしかないのではと」


 降雨量、気温の変化によって米の栽培が難しくなった場合、別の作物を選択するしかない。

 現代であれば米の品種や栽培法を改良して対応する事も出来るが、当時にそれは難しい。

 品種の改良は手を付けねばと思っているが、それには経験と長い時間が必要となる。

 概念は理解しているが、実際を知らなかった。 


 「言いたい事は分かりますが、簡単ではありませんよ?」


 氏郷が言った。

 領主にとっては年貢として米が必要である。

 雑穀は粒が小さかったりして輸送や貯蔵が難しく、米の代わりは難しい。

 また、米の味という優位性もあった。

 どうしても米が必要なのだ。

 そんな為政者の思いに勝二が応える。


 「種籾たねもみの塩水選で質の良い種子のみを用い、保温折衷苗代なわしろで冷害に強い苗を育てます」

 「塩水選?」

 「保温、何ですか?」


 聞いた事のない単語であった。

 

 「充実した種は重く、発芽やその後の成長も順調です。水に一定の塩を溶かして種籾を浮かべれば、質の悪い種子を除けます」

 「そうなのです?」


 塩水選の理屈は分かり易い。

 水に沈むトマトは中身が充実しているとかいう、アレだ。


 「稲は早植えすると冷害に強くなります。別の場所に種を蒔き、油紙で保温して発芽を早め、しかる後に移植します」

 「そんな方法が?!」

 

 勝二はマダガスカルでの稲作技術に知見があった。

 その中で日本の稲作技術の歴史にも接している。 

 知識だけで経験がある訳ではないが、相手は日本の農家なので知識を伝えるだけで何とかしてくれるだろう。

 と言うより、農業の経験のない自分ではどうにもならない。


 「くわ千把扱せんばこきといった農具の開発も、同時に進めねばならないでしょう」

 「農具も?!」


 農法と農具を同時に改良し、収量の安定を目指す。

 全て知識でしかなく、経験豊富な者に丸投げだ。


 「それも異国の知識なのです?」


 感心した氏郷が尋ねる。


 「まあ、そういう事です」


 曖昧に答えた。 

 しかし、それだけでは足りない。

 

 「米はそうとして、小麦や蕎麦そばしか作れない土地も多い筈です。そうめん、うどん、そばといった麺料理の利用を進めるべきです。パンも導入したい所ですが、とりあえずは米を食べなくても済むようにするしかありません!」


 現代日本は米の消費量が減って困る農家が多かったが、環境の変化で生産量そのものが減少すれば、米の消費を減らす以外には対応出来ない。


 「カルロスさんにはジャガイモ、サツマイモ、トウモロコシなどの種をお願いしております。畑作物で炭水化物の確保を図りましょう」

 「炭水化物?」

 「代表的なモノが米ですが、お腹に溜まる食べ物と思って下さい」

 「成る程」

 

 カロリーを得る食品と言える。


 「とは言え、新たな作物の普及には時間がかかります。今はこの国にあるモノで対応するしかありません。様々な麺料理を作り、米の代わりとしましょう」

 「しかし、麺と言っても鍋に入れる料理くらいでは?」

 「え?」


 氏郷の言う意味が分からなかった。

 サラリーマン時代に良くお世話になった、立ち食いそばや讃岐うどんなど、いくらでもあろう。

 と、この時代に来て調味料に困っている事を思い出す。 


 「そうだった!」

 「どうしました?」


 重要な事だ。 


 「醤油がないから出汁だしが作れない!」

 「何です?」


 単純な事だった。

 当時はまだ醤油が一般的ではなく、殆ど流通していない。

 江戸時代になって大量生産の方法が見つけ出され、爆発的に普及する。


 「早急な醤油の開発が必要です!」

 「醤油を作る? そんな事が出来るのです?」

 「出来ます!」


 当時の醤油(たまり醤油)は味噌を作る際に出来る上澄み液で、量が取れずに高価であった。

 醤油の製造工程は、蒸したり煮たりして熱を加えた大豆や米麦にこうじ菌を接種して麹とし、塩水を加えて樽に仕込む。

 時折混ぜて十分に発酵させ、もろみを布に包んで絞れば醤油が取り出せる。  


 「そのような方法で?!」

 「しかし、誰がやるのですか?」


 作り方は分かったが、自分達には手に余る内容に思われた。


 「それに、いきなり出来るモノですか?」


 それも心配だ。

 失敗すればそれまでの費用が無駄となる。


 「宗久さんに連絡し、資金の援助を受けましょう!」


 醤油が大量生産出来れば儲けは確実であり、商人には大きな投資先だろう。

 優先して卸すとすれば、資金を得る事も出来よう。 


 「醤油と併せて出汁です。鰹節は厳しいとしても、昆布の流通量をもっと図らねば!」


 戦国時代には戦場で昆布を食べる風習があった。

 

 「北海道、今は蝦夷地ですか。蠣崎氏との関係を深めないといけませんね」

 「塩漬けの鮭もいいぜ!」


 重秀が口を挟んだ。

 勝二が同意する。


 「タンパク質を増やす事はお米の消費を減らす事に繋がります。肉、魚の流通を増やす事を図るべきです」

 「そりゃいい!」


 進んだヨーロッパの畜産から、導入を目指す。

 そんな所に報告が届いた。


 「年貢に対する不安から農民が集まっております!」

 「やはり!」

  

 危惧していた事だ。

 この時期に揉め事は不味い。


 「代表者を呼んで下さい!」


 直ぐに会う事を決めた。




 「尾山御坊に蓄えた兵糧を供出致します」


 年貢の減免に応じるのは今は難しいと判断した。

 赴任して直ぐであるし、信長には既に譲歩してもらっている。

 なので食料の足しにしてもらう事で相殺する事にした。


 「織田軍の皆さんには荒れた田畑、河川の整備をして頂きます」


 併せて為された陳情を受け、食料増産の為の手を打つ。

 戦が続いて人は疲れ、戦場になった田畑は荒れ放題だ。

 まずは荒れた土地を整備し、来年には作物を植えられるようにしなければならない。

 

 「米の生産量が減る分は他で穴埋めします!」


 そう宣言し、浮足立つ人心の慰撫に努めた。


 


 「塩水選? 保温折衷苗代ですと? 間断潅水で水の節約ですか?」


 顕如は頼廉からの手紙を読み、唸った。

 妙案を期待したが、まさかそこまでの案があるとは思っていなかった。


 「効果を確かめてから導入すべきですが、そうも言っていられませんね」


 不安を払拭する為にも有効な策があると示した方が良い。

 勝二の知識に託した。


 また、それは同時期に信長にも伝わる。

 内容を読み、指示を出した。


 「貞勝さだかつに伝えよ!」


 京都所司代の村井貞勝(51)。

 信長の側近として京都にあり、禁裏きんり公家くげとの交渉、治安維持や訴訟を受け持っていた。

 農法を全国に広める為、再びの勅旨とする。

 蘭丸が言った。


 「お館様の評判は鰻登りですね!」

 

 勅旨の効果は織田家の各領地からも漏れ聞いている。

 

 「それで済めば良いがな」


 期待が裏切られれば容易に憎悪へと変わる。

 新しい農法を導入するのは簡単ではないので安心は出来ない。

 事は領地の経営その物に影響する類であり、楽観視は許されなかった。


 「世が乱れぬと良いがな」


 信長の予見は当たり、甲斐を含めて各地の不穏な情報が安土城に集まり始めた。

使い古された現代知識ですが・・・

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