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第23話 五箇山処遇

整合性を取る為、前話を一部修正しています。

臭いからやりたくないではなく、加賀は寒いから効率が悪いとしました。


 「皆さんには硝石の生産量を10年で10倍にして頂きます」

 「10年で10倍じゃと?!」

 「無茶だべ!」

 

 挨拶がてらの目標設定に、村の住人から悲鳴が上がった。

 五箇山は白川郷と同じ、合掌造りの大きな住居が並んだ山あいの村だった。

 かつてテレビで見たのと同じ景色に、何やら奇妙な感覚を覚える。


※尾山御坊、五箇山の位置関係

挿絵(By みてみん)


 「やる前から出来ないと決めつけるのではなく、どうやったらそれを達成出来るのかを考えて下さい。その際、足りない物や必要な資金がございましたらどうぞご遠慮なく。出来るだけこちらで支援致します」


 天を仰ぐ村人に向かい、勝二が言う。

 どうしてもその目標をクリヤーしてもらいたかった。

 史実では9年後にアルマダの海戦が起こるが、日本が大西洋に移動した事によって同じ歴史を辿るとは限らないし、逆にもっと激しい戦争が起きる可能性もある。

 その際、日本がそれに巻き込まれ、多大な被害を受けるかもしれない。

 国を護る手段の一つとして、硝石の備蓄をしておきたかった。 

 勝二の言葉を受け、村人を代表して村長が尋ねる。 


 「10年で10倍は兎も角、硝石の量を増やすにゃ新たに仕込まにゃなんねぇです。サクは山に入りゃ採れるだども、蚕の糞は簡単ではねぇですが……」

 「織田家の領地中から蚕の糞を集めさせます」


 村人達の懸念を一つ一つ払拭していく。


 「新たに始めても5年は採れねぇです。その間の年貢やおまんまは、どうすればようごぜぇますか?」

 「その方には資金援助と年貢の猶予を致します。返済と年貢は5年後からとし、硝石を以て年貢とします」

 「儂らの年貢はどうなるべか?」

 「納めるのは同じく硝石です。ですがこの村の生産能力が分からないので、率は後日とさせて頂きます。しかし、他の村と比べて負担が重すぎるという事も、軽すぎるという事もないようにしますので、ご心配なく」


 信長にとっては喉から手が出る程に欲しい硝石である。

 過酷な年貢を課し、絞るだけ絞り取るような事をほのめかしていたが、それだけは止めてくれと土下座する勢いで頼んだ。

 それよりも良い方法があると訴え、ならば証明してみよとなっているのが勝二の今だ。


 「余った硝石はどうしたら?」

 「他所に売るのは明確に禁止します。代わりに、生産して頂いた全量を織田家で買い取りとし、年貢分を差し引いた残りが皆様の収入となります」

 「買い取り? それはいくらなんで?」

 「南蛮品の3割です」


 その答えに村人以外からどよめきが起きた。

 本願寺の僧と重秀からだ。

 僧侶達の反応にポカンとした顔の村人ら。

 訳が分からず戸惑っている彼らに勝二が謝る。


 「硝石の買い取り額は南蛮品よりも大幅に低くなってしまいました。もっと高い価格でと交渉したのですが、力及ばず申し訳ありません」


 人は儲かるからこそ一生懸命になるし、生産性の向上にも熱心になる。

 タイムスリップ前には散々に経験し、血肉になった考え方だ。

 命令されたからやるのでは能率からして異なり、出来上がった製品の質にも大きく影響する。

 硝石には質があり、火薬の性能に直結した。 

 質の良い硝石を大量に得たければ、まず硝石を生産する者達の生活が豊かにならないといけない。

 儲けを追求する気持ちが生産性の向上を促し、効率的な生産方法を生み出す契機となる。

 その事を信長に力説し、資金援助の確約も得たのだ。

 その代わり、失敗したら命がどうなるのかは分からない。

 良くて切腹、悪くて磔だろうか。


 そんな勝二に尚更困惑した村人達。

 血相を変えた重秀が、南蛮人の持って来る硝石の価格を教える。

 その価格に村人一同肝を潰した。

 そして、その3割という買い取り金額に空恐ろしくなりさえもした。


 「本当でごぜぇますか?!」


 耳を疑うとはこの事だろう。

 からかっているのかとさえ思ってしまう。

 食いつかんばかりの村長に、勝二は苦笑しつつ答えた。


 「皆さんは年貢の事をお忘れですよ。どれだけ硝石を高く買い取ろうが、年貢が重ければ同じ事では?」

 「そ、そうだべ!」


 その言葉に意気消沈する。

 勝二の言う通りだと思った。

 権力者がそんなに甘い物ではないなど、自分達が一番良く知っている筈だった。

 加賀は少し前まで百姓の持ちたる国だったが、それは名ばかりで、実態は他の国と大して変わらなかった。

 国を護る武力を維持するにもお金が掛かり、それは農民の年貢が原資だからだ。

 周辺国に押されてくれば更なる負担を強いられ、結局農民の暮らしは苦しいままである。

 今回の事も、聞いているうちは良い話なのだろうが、やってみれば同じ事なのかもしれない。


 「ですが、今よりは必ず生活が楽に、豊かになると約束致します。生産者が儲からない事業に、将来はないと確信しておりますので」


 表情が曇りかけた村人達に、勝二は励ますように言った。

 不思議とそれは胸にスッと染み込んだ。

 思えば初めからおかしな領主だった。

 言葉遣いからして丁寧だし、態度も温厚その物だ。

 命令すれば済む事だろうに、直々に村まで赴いて来て直接お願いされた。

 初めての事ばかりで気が動転し、考えが纏まらない。 


 「なしてそないに?」


 不思議に思い、尋ねた。

 普段であれば決して口にするような言葉ではなかった。

 気を悪くされ、どんな不都合が待っているかも知れない。

 しかし、この領主ならばとでも言おうか、自然と口を突いていた。


 「九州では硝石を手に入れる為、女達が奴隷として異国へと売られています。彼女らの境遇は悲惨です。これ以上、そのような者を出してはなりません」


 村人の思いに応えるかのように、勝二がその心中を語る。


 「売る物がなければ人を売るのがこの国の現状ですが、この国で作られる硝石の量が十分であれば、人の売り買いはこの国の中だけで済むでしょう。海を越え、言葉の通じない異国に連れて行かれる事はなくなります」


 マカオで出会った女の奴隷は、今も鎖に繋がれているのだろうか?

 日本が大西洋に移動した事を知ったポルトガルの商人達は、マカオに連れて行く奴隷の購入を諦めるだろうか?

 それとも、直接本国に連れて行くのだろうか?

 硝石を買えない国の貧しさが原因なのか、戦争を引き起こす人の欲望こそが諸悪の根源だろうか?

 儲けが大事と言いながら、他人の儲けは嫉妬を呼び、別の争いを生むだけかもしれない。

 良かれと思ってやった事が仇となり、悲劇を作り出して終わる可能性もある。 

 何が正しい道なのだろう?

 神がいるなら教えてくれと思った。

 答えを知りたいと願った。

 しかし、それが叶う訳もない。

 信じる道を手探りで進むしかないのだ。


 「大西洋の真ん中に日本が移動した今、この国を西洋諸国から護るには大きな力が必要です。硝石はそのいしずえとなりましょう。皆さんには硝石の増産に着手して頂き、大いに儲けて頂きたいと思います。皆さんの頑張りが皆さんの暮らしの向上に繋がり、その富を増やしていけば、自然と国も強くなるでしょう」


 富国強兵を述べて勝二は挨拶を終えた。

 戦の続く戦国の世にあり、硝石は最重要な戦略物資と言えよう。

 その輸入超過は由々しき事態である。

 何としても防がねばならなかった。




 「準備出来ましたぞ!」


 張り切った様子で氏郷が報告に来た。

 五箇山から尾山御坊に戻った途端、彼に捕まった。

 硝石丘法の準備が整ったようだ。


 「想像以上に早かったですね」

 「それはもう、一刻も早く実験する為、大急ぎで搔き集めましたぞ!」


 その顔は誇らしげであり、彼の強い意気込みを感じる。


 「誰が厠の桶周りの土を集めたのですか?」

 「それが硝石の元なのですよね? そんな大事な物を他の者には任せられません! 私が直々に集めました!」

 「えぇっ?!」

 

 氏郷の言葉に絶句した。

 信長の一門でありながら、便所の床下に潜り込んで土を集めたと言うのだ。

 

 「そんな事はどうでも良いでしょう! 早く教えて下され!」


 鼻にツンとくる臭いを漂わせ、氏郷は勝二を連れて行く。




 「うっ! ここまで臭いとは!」

 「何これ?!」

 「こりゃ勘弁だ!」


 そこには異臭が立ち込めていた。

 開けた場所に着いた途端、逃げ出したくなるような臭さが粘膜を攻撃し、涙目になった。 

 目に染みる臭さだった。 

 自分で指示した事とはいえ、勝二は大いに後悔した。


 「硝石を作るという一大事を前に、何を言うのですか!」


 氏郷は気にも留めていないようだ。


 「早速教えて下され!」

 「かくなる上は早目に終わらせるのみ!」


 こうして硝石丘法に着手した。


 「加賀のような寒い地域では中々難しいと思いますよ?」

 「夜にはむしろを掛け、温かさが逃げないようにします!」


 材料を仕込み終わり、期待に目を輝かせて硝石丘を眺める氏郷に懸念だけは述べておく。

 硝石丘法は温暖な地域でないと難しい。

 気温が下がると微生物の働きが鈍り、硝酸の生成が鈍化するのだ。


 「本来であれば薩摩、琉球辺りでするのが効率的にも良い筈です」

 「紀伊半島であれば温かいですぞ!」


 早速次の事を考える氏郷だった。

 



 「お館様、加賀から連絡が届きました」

 「うむ」


 蘭丸から手紙を受け取り、信長はさっと目を通す。

 

 「何?!」


 驚愕に目を見開いた。

 

 「五箇山の他にも硝石丘法だとぉ?!」

 「お館様?」


 蘭丸の声が耳に入らないのか、信長は手の中の文を一心不乱に読み進める。

 

 「ククク」


 それは初め忍び笑いのようだった。

 

 「あっはっは!」


 やがて大笑いへと変化した。

 ひとしきり笑い、満足したのか、手紙を乱暴に蘭丸へと投げつける。


 「読んでみよ」

 「ははっ!」


 主に言われ、蘭丸はすぐさまそれに目を通した。


 「これは?!」

 

 信じられないと言いたげな顔で呟く。


 「あ奴め、硝石丘法などと一言も口にせなんだのに!」


 信長が指示したのは、五箇山の硝石生産を増量せよ、くらいだった。 

 それがどうして、新たな硝石の生産方法を構築する事になっているのか。

 しかもそれは特別な技術のいるモノではなく、時間は必要なものの、どこにでもある物資で可能とある。


 「加賀になどかまけておる場合ではないぞ!」 


 顕如との交渉の手前、勝二を送り出した。

 しかし、このような情報に接したからには、どうにか理由を付けて手元に戻さねばなるまい。


 「あ奴は他に何を隠しておる!」


 全て吐き出させようと固く誓った。




 奥州伊達家、米沢城。


 「異人と手を組むなど考えられぬ事じゃ!」

 「母上……」


 生母である義姫よしひめの剣幕に、奥州を訪れたイングランドとの同盟を考えていた政宗は途方に暮れた。

 天命とさえ思えた来客だったが、事はそう簡単には運ばないらしい。

 

 「言葉も通じぬ者など信用出来ん!」

 「それはそうかもしれませんが……」


 家臣達にも不安が広がっている事は把握している。

 訪れたイングランド人の目や髪の色に驚き、天狗だの妖怪だのといった噂が流れていた。

 畿内を制覇しかけている織田信長が南蛮と手を組もうとしているのに、下らぬ噂に動揺していては遅れを取るだけだろう。 

 そう説明をしようと思った政宗に、義姫が言った。 


 「次期当主たる者、手を組むのに信頼出来る相手かどうか、まず自分の目で確かめるべきじゃろう?」

 「それはどういう?」


 意味する所が分からなかった。


 「その、いんぐらんどという国を自らが見に行き、不安がる家臣達を安心させるべきじゃろう?」 

 「それは?!」


 思ってもみない言葉だった。

 考えた事もなかった。 

 俄かに好奇心が芽生える。


 「お待ち下され!」


 片倉景綱が待ったを掛ける。


 「嵐にでも遭遇すれば船が沈む危険がございます!」

 「嵐が何じゃ! 事は伊達家の将来に及ぶ事じゃ!」


 義姫が一喝した。

 伊達家の事を思ってか、政宗が亡き者になれば、弟の小次郎が当主になると思ってか、その真意は分からない。 


 「分かりました。私がこの目で見て参ります」

 「浅慮ですぞ、若!」


 母親の心は兎も角、異国を見てみたい気持ちが勝った。

 こうして伊達政宗12歳、イングランド訪問を決意する。




 臼杵うすき、臼杵城。


 「人でも何でも売り払って火薬を買い集めろ!」


 宗麟が家臣に命じた。

 耳川の雪辱を雪がんと、島津を攻める事を決めた。


 「道雪を呼び戻せ!」


 雷神とも鬼道雪とも称される、大友家の重臣、戸次べっき道雪。

 歴戦の猛将を臼杵に呼び戻すとは、宗麟の本気度の現れであろうか。

 しかし、家臣にとってその命には承服しかねた。


 「立花山城は如何するおつもりですか?」


 龍造寺家への備えとして、道雪は立花山城にあって博多の町を見下ろしていた。

 そこから道雪がいなくなるという事は、博多の町を危うくしかねない。

 耳川で島津に負けてよりこの方、龍造寺の圧力も増しているからだ。 

 そんな家臣の危機意識を宗麟が正す。


 「考えてもみよ! 明国との貿易がなくなった今、博多を守る為に戦力を割く意味が薄い!」

 「あっ!」


 言われて初めて気が付いた。

 博多は大陸との貿易港としてその地位を保ってきたのだが、7月からは一切の貿易がなくなっている。

 その原因は未だ定かではないが、船が来なくなった事だけは確かだった。

 もしも博多が貿易港としての価値をなくしたのなら、道雪程の者を抑えとして置いておく意味がなくなってしまう。

 それよりは臼杵に配置し、島津との決戦に備えた方が良いだろう。


 「次こそは雪辱を晴らす!」


 宗麟の意志は固かった。


 


 「オメェ、弥助だったか、ガタイはいいのにどうして鍛えねぇんだ?」


 弥助の体つきを見て重秀が言った。

 硝石丘法からホウホウの体で退散したのだが、染みついた臭いを洗い流そうと温泉へと来ている。

 他の客からは顔を背けられたが、気にしてはいられない。


 「僕は従者だし……」


 弥助が気弱に答えた。

 昔から荒事は苦手だった。


 「従者だからって強くねぇと主を守れねぇだろ!」

 「ショージは友達だし……」


 主人だと思った事はないし、勝二からもそのような事は求められなかった。

 知り合った時と同じ、友人として接して欲しいとしか言われていない。

 しかし、日本の風習は何となく分かってきており、それは特殊なのだと理解してきた。


 「友達でも何でもいいが、危ねぇ時には守ってやるべきだろ!」

 「そ、それもそうだね!」

 

 重秀の言う事も尤もだ。

 勝二に危険が迫れば何とかしてあげたいと思う。  


 「でも、僕は刀なんて使えないし……」


 悲しい事に戦いの技術は何も知らない。


 「良し! 鉄砲の使い方を教えてやる!」


 こうして雑賀の鉄砲衆を率いた雑賀孫一による、弥助の特訓が始まった。

政宗のイングランド行きは物語としてご容赦下さい。

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