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第21話 百姓の持ちたる国の取り扱い

 「本日はようこそお出で下さいました」

 「へ、へぇ……」


 勝二は『百姓の持ちたる国』で、名のあった者達を城に招いた。

 百年に渡って独立国を営んできただけあって、皆一角の人物に見える。

 本願寺の僧侶と共に農民も多かった。 

 警戒して来てくれないかと思ったが、顕如の右腕であった頼廉が声を掛けたせいか、予想に反して集まってくれた。


 「既にご存知の方もいらっしゃると思いますが、私がこの度、加賀を統治する事になりました五代勝二です」


 集まりに感謝して頭を下げた。


 「本日お越し頂いたのは他でもありません。この加賀の統治に関し、皆さんにお伝えする事があるのですが、それと同時にご意見を伺いたいと思います」


 勝二の言葉に場がざわめく。

 それは農民の側だけでなく、織田の側でもそうだった。


 「どうして百姓風情から意見を聞かねばならん!」


 織田の側から非難の声が上がる。

 民草など自分らの指示に黙って従っておればいい、そんな思いから出たのだろうか。 

 それを聞いた農民達の顔に、スッと怒りの色が差すのが見えた。

 彼らの抗議よりも早く、勝二がピシャリと言い放つ。


 「そのような言い方は止めて下さい! そもそも、誰が我々の食べ物を作ってくれているのですか!」


 有無を言わせない、強い調子である。

 一呼吸も置く事はなく、続けた。


 「百姓風情と仰る方々は、当然そのお百姓よりも上手にお米を作る事が出来るのですよね? まさか、ご自分が馬鹿にする相手よりも下手なんて事はありませんよね?」


 その指摘に色を失う。

 誰も反論は出来なかった。

 半農半兵が多かった当時にあり、織田軍は常備兵に近い。

 

 「武士は年貢がなければ毎日の食事にも困るというのに、お百姓を下に見るのは止めて下さい。人の上に立つ身だからといって、傲慢であるのは如何なモノでしょう? まさか国を治められるのは、武士だけだなんて思っていませんよね?」 


 その言葉に双方がギョッとした。

 何を言いたいのだと問うような聴衆に、勝二は言い放つ。 


 「この加賀は曲りなりにも百年近く、百姓の持ちたる国だった筈です。その内情は兎も角、武士でなくとも国を統治出来るという証左ではありませんか?」 


 皆、呆気に取られた。

 それを今ここで言うのか、そんな思いであろうか。

 しかし、中には真正面に受け止める者もいたようで、同意の声が上がる。


 「確かにそうだ」

 

 佐久間盛政だった。

 加賀平定に手こずった盛政だけに、敵の能力を正確に把握していた。

 百姓とて武もまつりごとも侮るべきではないと。

 織田家が滅ぼした越前の朝倉家、今も対峙中の越後の上杉家とも戦ったのが彼らである。

 いや、先に争っていた方こそ一向一揆勢だ。

 もしかしたら彼らが加賀にあり、背後から越前を脅かしていたからこそ、織田家は朝倉家に勝てたのかも知れない。 

 上杉と争ってその力を減じなければ、今の勝利はなかったかも知れない。

 それを思えば、百姓などと侮る事は出来かねる。

 寧ろ、自分達をこそ侮辱する事に繋がろう。

 そんな集団の攻略に、何年も費やしたのかとなるからだ。


 思ってもみなかった人物の発言に、勝二は我が意を得たとばかりに勢いづく。


 「とは言え、国を護り切る力がなければ、他からの支配を受けるのもまた事実です。この加賀は遂に織田家の統治を受ける事となりましたし、遡れば富樫とがし家から国を奪ったのが一揆側と言えます」


 その辺りの詳しい情報は氏郷から教えてもらっていた。

 授業で習った記憶もあるが、流石にそこまで覚えていない。


 「我が国は昔から各地の勢力が互いに争い、激しく領地を奪い合ってきました。その地に暮らす民百姓は悲惨です。戦場となれば田畑は荒らされ、家は焼かれ、人がさらわれてしまうからです」


 マカオで見た女の奴隷を思い出した。

 彼女もそうやって攫われ、ポルトガル商人に売られたのだろうか。

 身につまされる話に、一揆勢は神妙に聞き入る。


 「しかし、こう言っては何ですが、そんな事はまだ良い方なのです」


 勝二の言う意味が分からず、思わず互いの顔を見合う。 

 そんな彼らに説明を続けた。


 「我が国の中で争う限り、奪い奪われた領地と領民も、変わらず我が国のままだからです」


 更に分からない。

 当たり前に思える。


 「各地の勢力が隣国を攻める理由は何でしょう? 米の生産力が目的でも金山銀山でも良いですが、自らの力を守り増やしたいからです。領地と領民こそが統治者の力の源泉だからです。そして一度奪ってしまえば、今度は奪われないよう、必死で守ります。無闇に領地を荒らす事はせず、領民を殊更に弾圧する事もしません。それぞれが統治者の力そのものだからです」


 それも頷ける話であった。

 信長は長島で起きた一向一揆に際し、遂には根切りを以て臨んだが、それ以後、自国領内で徹底して一向宗を弾圧した訳ではない。

 信徒を悉く殺していけば、たちまちにして更に大規模な一揆を呼び起こし、領地経営に重大な支障を及ぼすだろう。

 信徒の多くは農民であり、食料生産に多大な影響を与えて国力の衰退を招きかねない。

 そして隣国の侵攻を許す事となり、領地を失うのだ。 

 いくら一向宗が一揆を起こしても、それを以て一向宗を取り潰す訳にはいかない。


 「それに比べ、言葉も信仰も風習も、全く違う異国に国を奪われれば?」


 その言葉にポカンとなった。

 まるで想像がつかなかったからだ。

 南蛮国に近くなったと聞いたが、実感は全くない。

 

 「不幸にもそういう目に遭った国の事を、私はいくつか知っています」


 メキシコのアステカ国を思い、勝二は話をする。


 「武力で国を奪われた後、我が国で言う寺社仏閣を破壊され、違う神の教えを強要されました。金や銀といった富は問答無用で奪われ、侵略者の国へと運び出されます。女は犯され彼らの子を産み、男は囚われて鉱山へ送られ、死ぬまで働かされたのです」


 それはアステカだけではない。

 北米から南米に至る各地で繰り広げられた略奪劇であった。

 

 「侵略者にとり、奪った国の事情は斟酌すべき事柄ではありません。信じる神が違うので、自分達と同じに扱う必要性がないからです」


 説明を続けた。


 「強制的に集めた男手を使って国中の富を搔き集め、その間に田畑が荒れ果てて残った者が飢餓に陥ろうとも、富がある限り過酷な取り立てを続けます。山が荒れ、川が暴れようとも気にしません。奪える富がなくなれば捨て置き、民が滅べば奴隷を連れて来て補充するだけです」


 そんな恐ろしい話を聞き、一人が尋ねた。


 「違う神とは伴天連だべ?」


 真剣な顔であった。


 「まあ、そうですね」


 隠しても仕方がないと、勝二はあっさりと答える。

 その返事に、恐怖に駆られた一人が叫んだ。


 「伴天連をこの国から追い出すべ!」


 一斉にそうだそうだとの声が上がる。

 勝二はそれを制して言った。 


 「彼らのやっている事は、彼らの信じている教えとは無関係です!」

 「なして?」

 

 とても信じられない。 

 そんな彼らに言葉を繋いだ。


 「我が国にも有難い教えがありますが、我が国から一度でも争い事がなくなりましたか? 有難い教えを信じる皆さんが、どうして一揆を起こさなければならなかったのですか?」

 「そりゃあ……」


 それを言われると何も言えない。


 「事情は南蛮諸国も同じです。いかに尊い教えがあろうと人の世から過ちはなくなりません。それに、隣に豊かな国があれば力で奪い取るのが、古今東西で繰り返されてきた人の歴史ではありませんか? それはこの場にいる皆さんが一番良く分かっていますよね?」


 それも否定出来なかった。


 「さて、南蛮に国を奪われた者達は、どうして戦いに敗れたのでしょうか? 船でやって来る南蛮人は、どうやっても兵の数では劣ってしまうのに」


 メキシコ、インド、中国は、当時どれも大国でありながら、少数の外国人に土地を奪われてしまった。


 「一つには鉄砲や大砲といった兵器です。それらには数で対抗出来ませんでした」


 強い武器によって、少数で多数を撃破出来た事が挙げられる。


 「そうであれば鉄砲を生産しており、その扱いに長けた武士団がいる我が国は大丈夫でしょうか?」


 そう言われてみれば、この国が異国に占領されるなど想像がつかない。

 織田家家臣団は自らの力を誇り、農民側は武士の強さをその身で実感しているのだから。

 何となく安心顔の者達を勝二は論破する。


 「その場合は武士団と民を分断する工作をすれば良い。具体的には、加賀の一向一揆のような争いを全国で焚きつければ良いのです。それを叶えるのは楽です。武士団の持つ武器よりも強い物を、一揆勢に売りつければ良いのですから」


 織田家側はギョッとした。

 ただでさえ手こずった相手なのに、そんな事をされては堪らない。


 「そうやって互いに争わせ、双方が疲弊した所で横から国ごと掻っ攫えば良い。漁夫の利というヤツですね」 

 

 日本国内でも盛んに行われていた策略である。

 誰もが納得した。


 「それを思えば、武士というだけで傲慢な態度を取って良いのでしょうか? そんな事をしていれば人心を失い、異国に武器を供与された集団に国を奪われかねませんよ?」


 異論は差し挟めない。


 「加賀の皆さんもそれは同じです。貪欲なる異国はこの国の持つ富を羨み、必ずや奪わんと欲するでしょう。その際、この国を護る矢面やおもてに立つのは、丁度ここにいるような武士団です。武士団が負ければ皆さんに待つ将来は、先に言った通りに国を奪われる悲惨さです。武士だからと言って無闇に反発するのではなく、統制の取れた統治にご協力願います」


 こうして遠回りな挨拶を終えた。 

 

 「では本題ですが、今回お話しするのは年貢の事です。統治をする以上、年貢は必要となりますので、皆さんにも納得して納めて頂きたいと思います。率は前もってお伝えした通りです」


 加賀の統治を担うに当たり、年貢の率は最も敏感な問題であった。

 百姓の持ちたる国で課されていた年貢よりも重くは出来ないし、かと言って他よりも軽すぎる数字も難しい。

 一揆を起こせば年貢が軽くなると思われては統制が取れなくなる。 

 信長の許しを事前にもらい、妥当な所で収めている。 


 「分からないのだが、どうして民の前で改めて言うのか?」


 盛政が怪訝そうな顔で質問した。

 年貢を取るのは双方にとって当たり前で、今更言う事ではない気がする。


 「代表なくして課税なし、と言います」


 勝二が答えた。

 その頭の中にはボストン茶会ティーパーティー事件があった。

 アメリカ大陸に進出したイギリス植民地人が、本国から課された重税に耐えかね、遂に独立を求めて戦う事を決意した事件である。

 植民地の代表者が本国議会におり、植民地の事情が広く周知された上で議論が交わされ、議決されたのならばまだしも、自分達の預かり知らぬ所で決められた事を強制されたのでは堪らない。

 年貢もそれと同じであろう。


 「少なくとも双方が意見をやり取り出来る場を設けるべきです」


 身分社会で議会の設置は難しいが、意見交換ぐらいはするべきだと思った。


 「それぞれの事情が共有されず、勝手な決定に納得出来るでしょうか? 年貢率の決定がまさにそうですし、それに反発して一揆を起こすという決定にも同じ事が言えます。統治する側には事情があり、統治される側にも事情があります」


 互いの事情を知った上で為された決定であれば、心理的な反発も少しは軽減しよう。


 「私は納得が大事だと思っています。人の世は時に理不尽な現実が降りかかってきますが、天命と納得して誠実に対応していくしかありません」


 今回、加賀を統治せよという理不尽な命令が為された。

 日本を守るという大義を果たす為にも、やるしかない。  


 「私の就任に納得されていない方々も多いとは思いますが、やらねばならない事は多いので、是非ともご協力願いたいと思います」


 勝二にとって日本の未来は危うく見える。

 しかし、それに共感する者は多くはないだろう。

 地震といった、起こる事が分かっている筈の巨大な災害でさえ、自分の身に降りかかって初めて真剣に考え出すのが普通の反応だからだ。

 大抵は遅きに失し、後悔だけが残る事になる。

 理解されない環境の中、それでも進めていかねばならない。

 後悔だけはしない為に。


 「やらねばならない事とは何だ?」


 盛政が問うた。

 その反応だけでもありがたい。

 勝二は感謝しつつ、自らの立てた計画を語った。


 「一つには五箇山の硝石生産量を増やす事です」

 「何ぃ?!」


 場に緊張が走る。

 五箇山の硝石は、それだけ重要な扱いを受けるべき事柄だった。

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[一言] 史実よりかなり早く日本人が生まれそうですね
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