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第20話 文字が〇〇過ぎて読めない問題

 「やはり、こんな事、私には無理だったんです!」


 勝二は絶望に顔を歪ませ、絞り出すように叫んだ。

 どれだけ一生懸命取り組んでも、てんで駄目である。

 これまでの経験を嘲笑うかのように、まるで歯が立たない。

 だから自分には荷が重いと言ったのに、問答無用で任命した信長を恨む。

 忌々し気に、目の前に積まれた紙の束を睨んだ。

 読まなければならない文書は多いのに、一つとして終えていない。

 

 「文字が達筆過ぎて読めなぁい!」


 勝二は苛立ち、叫んだ。

 日本で流れていたテレビCMを思い出す。

 小さ過ぎて読めないなら近づけて読めばいいと、今ならば声を大にして言えるだろう。

 なんせこちらはミミズが這ったような、文字らしき文面だけである。

 所々判別出来る漢字はあったが、多くが識別不明で内容をちっとも理解出来ない。

 仕事をする以前の問題だった。

 

 「どうしてこうなった……」


 勝二はガックリと肩を落とし、前途を深く憂いた。

 こんな事なら、あんな大見得を切るんじゃなかったと後悔する。

 しかし、全ては後の祭りであった。

 



 勝二は赴任の挨拶をすべく、織田家と一揆勢の主だった者に城へと集まってもらった。

 当時の風習は知らないが、ひとまずは自己紹介だろうと思ったのだ。

 自分の方針を伝え、予め理解してもらおうと考えた。

 流石は尾山御坊と言うべきか、一同が介するのに十分な広さの大広間がある。

 さっきまでは敵同士であった者達が、不穏な空気を漂わせながらも大人しくしていた。 


 「私がこの加賀を統治するように命じられました、五代勝二と申します!」 


 拡声器などという便利なグッズはない。

 勝二は声の限り叫んだ。

 

 「簡単な経歴を申し上げます! 乗っていた船が嵐に遭ってインドまで流され、我が国に来るという伴天連の宣教師に頼み込み、数年がかりで帰って来ました! その際、我が国の位置がおかしいのではないかと気づき、信長様にお伝えしに伺いました所、私が異国で得た知識に関心を持たれたのか、家臣として雇って下さいました!」


 殆どの者が勝二の事を良く知らない。

 その説明にどよめきが起きる。

 日本の位置が変わったという噂は聞いていたが、まさか本当にと言いたげな顔付だった。


 「我が国の位置が変わったなどと、俄かには信じられない話でしょう! ですが、太陽の昇る方向が変わった事は皆さんもご存知の筈です! そして我が国と南蛮諸国の距離は、彼らの船を使って10日くらいとなってしまいました! これまではその距離の遠さから、容易には近づいて来なかった彼らも、これからは頻繁に我が国に立ち寄る事になるでしょう!」


 大砲をいくつも積んだ南蛮の船数隻が、伊勢湾や大坂湾に現れた話は耳にしていた。

 その威容に、10年に渡って織田家と対峙してきた顕如が、遂に降参を決意したとも。 


 「信長様は我が国の将来を深く心配されております! 強力な武器を有する南蛮諸国がその気になれば、我が国は容易く侵略されてしまうだろうと!」


 鉄砲が南蛮から伝わった事は知っていた。

 大筒よりも強力な武器がある事も。


 「我が国は各地の大名が相争っておりますが、南蛮の国々は我が国を統一して初めて対抗出来るような規模です! 例えば信長様が同盟を組もうとされているスペインは、人口で言えば800万人です! 織田家単独で対抗出来ないのは明らかです!」


 その数字に悲鳴に似た声が上がる。

 勝二は続けた。 

 

 「信長様はこうお考えです! ひとまずは互いを憎む心を抑え、我が国の力を結集して異国の脅威に備えようと!」


 信長の決意に歓声が上がる。

 心強くなる君主の覚悟であった。

 

 「皆さんが私に対し、不信感や反感をお持ちなのは承知しております! 当たり前の事です! 命を賭けて戦働きをされてきた皆さんを差し置き、刀を持った事もないこの私が、この加賀を統治するというのですから!」


 その言葉にざわめきが治まる。

 それを見計らい、勝二は叫んだ。 


 「ですが、今はその怒りをグッと抑えて頂きたい! 異国の脅威から我が国を守るという大義を果たす為、今は私に協力して下さい! それでも不満がおありでしたら、私に仕えているとは思わず、織田家に仕えているのだとお考え下さい!」


 という事で就任の挨拶を終えた。

 一応は不満を公然と口にする者はいない。

 これからどうなるのか不安であるが、やれるだけの事をやるだけだと思った。


 国の統一がどうとか、異国の脅威から国を護る為とか大袈裟な事を言ったのに、手始めに始めた文書の確認で躓いていた。


 「文字が達筆過ぎなのです!」


  真面目な勝二に、CMのように紙の束を放り投げる事は出来なかった。


 「さっきから何を言っているのです?」


 氏郷が不思議そうに見つめる。

 文書の確認をすると言い、持って来させたはいいが、ウンウンと唸って全く進んでいないのだ。


 「書いてある文字が達筆過ぎて読めないのです!」


 勝二はそう言って読みかけの文書を手渡した。

 受け取った氏郷はそれに目を通す。

 読み終えてから不思議そうな顔で問う。 


 「何かおかしい事でも?」

 「文字がおかしいと言いますか、それを読める方がおかしいのではないかと言いますか……」


 勝二は曖昧に言葉を濁した。


 「もしかして勝二殿は、文字をお読みになれないのですか?」

 「違いますよ! 崩し文字が読めないだけです!」


 そこは否定しておく。

 読める単語もあるにはあるのだが、それを拾っていると肝心の内容が全く入ってこない。 


 「文字はお分かりになられるのに、文章だとお読め出来ないのですか?」

 

 これまた不思議そうな顔の頼廉が尋ねた。

 味方はいないらしい。


 「と言いますか、皆さん本当に読めているのですか?」


 意地悪ではなく、本心からそう思った。

 暗号の方がまだマシに見える。 


 「当たり前ではないですか!」

 「そうですよ」


 氏郷らが抗議する。

 しかし、簡単には信じらない。

 そういう時には確かめるのみだ。


 「では用意はいいですか?」


 本当に読めているのか実証する為、試験をする。

 一人一人に同じ文書を読んでもらい、楷書に直してもらうのだ。

 試験を受ける者は別室に待機してもらい、終わったら別の部屋に移動する。

 全員の答えが同じであれば、全員が読めている事になる。

 結果、思っていた通りだった。


 「皆さん、全く同じじゃないですよ?」

 「えぇぇぇ?!」


 試験を受けた者は呆気に取られた。

 それぞれの回答を見比べ、原文と比較する。


 「ここは氏郷殿がお間違えでは?」

 「そう言われてみれば、頼廉殿の方が正しいようですね」

 「儂が一番正しいだろう?」

 「流石親父、年の功だな!」

 「どうして俺まで……」


 一番読めていないのは重秀であった。


 「読み間違いなんて普通ですよ。第一、何て書いてあるのか分からなければ、書いた本人に確かめれば良いだけでは?」


 氏郷が抗議する。

 誰もがそれに頷いた。

 読み間違いが何だと言うのか、であろう。


 「そんな手間、無駄なだけでしょ!」


 つい声が大きくなる。

 読めない文書は文書の体を成していない。


 「文書は誰でも読めないといけません!」


 そう力説した。

 手書きの毛筆だと中々難しいが、少なくとも丁寧に書く努力は必要である。


 「弥助さん!」

 「何?」


 自分には関係ないとでも言いたげだった弥助を呼ぶ。


 「これを読めますか?」


 原文を手渡した。

 弥助は暫くああでもないこうでもないと格闘してたが、諦めたようだ。 

 

 「これってアラビア語?」


 絶望に染まった表情で言った。

 次に皆の回答を総合し、楷書で清書したモノを渡す。


 「これは読めますか?」


 恐る恐る見るが、判読出来ると分かって顔が綻んだ。

 勝二に教えてもらった文字だった。


 「ひらがなは読めるし、漢字はどんな意味かは分からないけど、何を書いているのかは分かる!」

 「決定ですね」


 弥助の反応に勝二は宣言する。


 「これから、公的な文書は楷書を標準とします!」

 「えぇぇぇ」


 後世の歴史家達が泣いて喜んだという、公文書の楷書書きが決定された。

 

 「当然と言えば当然ですが、楷書で書かれてあると読みやすいですな」

 「うーん、考えた事もありませんでしたが、確かにそうですね」


 面倒だと渋る面々が多かったが、書かれた文書を見れば一目瞭然。

 その効果は抜群であった。


 「その分書くのに手間は掛かりますが、読み間違いがなくなるのは大きな益やもしれませぬ」

 「もしかしたらこれまでにも、文書の読み間違いから大変な失敗が起きていたのかもしれませんね……」


 例えばいついつどこどこに集合という場合、読み間違いで違う場所に集まったら大きな問題である。

 また、数量や品物なども間違いがあったら具合が悪い。

 誰でも読めて勘違いを起こさないのが、公文書として備えるべき条件の一つだろう。

 それは下々の者にも実感出来た。


 「実はお前の書いた文字はまるで読めなかったんだ」

 「何ィ?!」


 そんな会話が繰り広げられたという。




 「書式がバラバラで読み辛いんですけど……」

 「今度は何です?」


 再び勝二の顔が曇った。


 「これとこれを見て下さい!」

 「これが何か?」


 勝二に手渡された文書を受け取り、氏郷はさっと目を通した。

 読んだが言いたい事が分からない。


 「両方共、年貢をどれだけ蔵に入れたかの報告書なのですが、同じ内容の文書なのに書き方がまるで違うでしょう?」

 「それが何か? 内容が分かれば良いのでは?」

 「一目見て分からないといけません!」 


 勝二が断言した。


 「読めば分かるのでは?」

 「それでは不十分です!」

 「は、はぁ……」


 何が違うのか良く分からない。 

 そんな氏郷に勝二は言った。


 「フォーマットを決めましょう!」

 「フォーマット?」

 「定型、ですね。この文書の書き方はこう、これはこうと、予め型を決めておくのです」


 言いつつその雛型を書いていく。


 「いつ、誰が、何を、どのように、どうした。これをはっきりとさせ、必要な箇所に必ず書くようにします」


 その説明をした。

  

 「木版で型を作り、刷れば同じモノを作れるようにしましょう。月日や数量、物品の種類などを空白にし、それらだけを書けば完成となるように」

 「成る程、それは便利そうです!」


 勝二の加賀統治は文書改革から始まった。


※当時の文書一例

織田信長朱印状/兵庫県立歴史博物館蔵(パブリック・ドメイン)

挿絵(By みてみん)


羽柴秀吉朱印状(25ヵ条の大陸国割計画書)/前田育徳会所蔵(パブリック・ドメイン)

挿絵(By みてみん)

読みやすい文書もあるのは事実ですが、読み難いモノは本当に読み難い・・・

このエピソードは個人的な思いを表しました。

暗号を解読しているんじゃねえんだぞと。

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