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幕間その18 果し合い

 忠勝は愛用の具足を身につけ、もはや体の一部とすら思える蜻蛉切を手に取った。

 握り具合、感じる重さなどから体の調子が分かる。


忠勝(不思議だ……)


 その感覚に戸惑う。 


忠勝(長旅を続けてきたのに力がみなぎっている)


 旅の最中は鍛錬すらままならないと嘆いていたのだが、目的地に辿り着いた今、かつてない力の充実を感じていた。

 考え事をしながら果し合いの場、オリンピック会場でもあったプラハ城の庭園へと足を踏み出す。

 付き人の信長が後に続く。

 そんな状況に思わず笑みがこぼれた。

 既に決闘その物には勝利し、奴隷だと笑われた弥助らの名誉は回復している。

 その方法と結果が傑作だった。

 

 まず、互いの名誉を懸けてオリンピックを行うと、集まった貴族達に信長が言い放ったのだ。

 何だそれはと互いの顔を見やる彼らに向かい、古代ギリシアの歴史を滔々と語り出す信長。

 ポリスなる小都市間で続いていた長い争いを、競技をしている間だけでも停止しようとしてエケケイリアなる物が設けられたそうだ。 

 四年に一度行われたそれは、開催された地オリンピアにちなみ、オリンピックと呼ばれたとか。

 ローマ帝国がキリスト教を国教とし、オリンピア信仰を禁止するまで大会が開催された回数、実に293回というから驚きである。

 それをこの地でやると宣言したのだ。

 

 競技の内容は人数の制限もあり、短距離走、走り幅跳び、円盤投げ、槍投げ、走り高跳び、レスリングとなった。

 居合わせた者のうち、レスリング以外(相撲に似ているとの事)は誰も知らない競技に一同は唖然としたが、説明を聞けばただ走るだけ、走って前へと飛ぶだけというように、簡単に出来そうな内容だった。

 なにより命の危険がない事が素晴らしい。

 直ぐに準備が進められ、プラハ・オリンピックが開かれた。

 全ての競技を城の庭園で行う。

 結果は弥助らの、文字通りの無双であった。

 短距離走では弥助に追い付ける者がおらず、走り幅跳び、槍投げ、走り高跳びはモランの独壇場で、まさしく桁が違うとの表現がピッタリであった。

 

忠勝(なんせモランは我々の背まで飛び越えそうな勢いだったからな)


 会場の全てが声を無くす様は、思い出すだけで笑い転げそうである。

 しかし。


忠勝(負けたのが俺だけというのが不甲斐ないが……)


 勝手の分からない円盤投げで負けた忠勝だった。

 レスリングに出た氏郷は辛くも勝ちを拾っている。

 だから尚更、オリンピックとは別のこの勝負、完全武装での果し合いは、忠勝にとって己の名誉を懸けた大一番だった。

 その戦いを前に体調は万全である。


忠勝(全ては勝二殿のお陰だな)


 今は遠い、知恵者の顔を思い浮かべる。

 渡欧に際し、どこででも、短時間でも行える訓練法を伝授されていた。

  

忠勝(筋とれ、恐るべし)


 槍を扱う筋肉には上腕二頭筋や大胸筋など、多くの筋肉が関係しているそうだ。

 それらを鍛えるには腕立て伏せや懸垂が効果的だと、目の前で実践してもらい教えられている。

 重りを背負う、自身の体重を掛けるなどして負荷を大きくすれば、少ない回数でも効果があるので助かっていた。


 これまで、体の特定の部位を意識して鍛えるような鍛錬などやった事がない。

 勝二直伝の鍛錬法は新鮮で、新たな発見も多かった。

 同じ部位ばかりを鍛えるのも良くないそうだが、蜻蛉切を振れば体の違和感に気づく。

 どこを鍛えれば“突き”がより速くなるのか、踏み込みが鋭くなるのか、手探りの稽古は忠勝にとり、娯楽に乏しくなりがちな旅の楽しみの一つと化していた。

 

貴族の男A『何だあの黒ずくめの甲冑は!?』

貴族の男B『鹿の角をつけているのか?』


 現れた忠勝の姿に、決闘を見届けようと集まった貴族達がギョッとする。

 オリンピックで散々に負けた彼らにとっても、この戦いは失った名誉を取り戻す絶好の機会だ。

 そんな彼らも忠勝の容貌に面食らう。

 光沢のする黒一色の防具を身につけ、頭には大きな大きな角を二本、生やしている。

 おどろおどろしい面頬めんぼうと合わさり、おとぎ話に出る化け物か何かにでも見えるのだろう。

 しかし観衆の騒ぎは忠勝の耳に届かない。

 その鋭い眼差しで、こちらに向いて立つ騎士の姿をしっかりと捕らえていた。

 まずその容姿に目がいく。


忠勝(見事な鎧だ)


 相手の騎士が身につけていたのはフリューテッド・アーマー、開発を命じた皇帝の名からマクシミリアン・アーマーとも呼ばれる代物である。

 鎧の表面にはいくつもの溝が平行して走っており、反射した光が美しい縞模様を作っている。

 けれどもそれは、見た目を意識したものではなく、プレート・アーマー特有の問題、防御力を上げると重すぎて身動きが取れなくなる事を解決する手段だった。

 フリューテッド・アーマーは板金を薄くする事で鎧の重量を軽くしているのだが、板を薄くすれば普通、防御力は下がる。

 そこで考え出されたのが鎧の表面に溝を作る事だった。 

 たとえば一枚の紙はペラペラだが、山折り谷折りを何度か繰り返せば強度が増し、机の上に立たせる事が可能となる。

 これと同じように鉄を折り曲げ、薄い板を利用しつつも強度を維持する事が出来たのだ。

 色とりどりの花が咲き誇る庭園で、地獄からやって来たような黒い戦士と、天の御使いであるかのような白銀の騎士が相対する。

 

忠勝(しかし)


 忠勝は思う。


忠勝(真に見るべきはその持ち主よ)


 肝心なのはその中身であると。

 そして、その中身の出来も容易に知れた。


忠勝(筋骨隆々にして見上げる程の体躯。流石はヨーロッパの男であるな)

 

 渡欧するまで、自分よりも大きな男には数える程しか会った事がないのだが、大陸ではそこら中に大男がいた。

 それも驚いたが、何より彼らの持つ怪力には秘かに肝を潰していた。

 ワインの入った樽を易々と持ち上げるような力持ちは、素直に賞賛するしかない。

 

信長「あの者、ただ者ではないな」


 信長の言葉に黙って頷く。

 無論、見た目だけの判断ではない。

 歓声の中でも落ち着き払ったその佇まいは強者のそれであり、ふとした所作に積み重ねた鍛錬の様子が見て取れる。


忠勝「相手に不足なし!」


 蜻蛉切を握る手に力を込めた。


 


忠勝(ハルバードか)


 信長が果し合いの条件などを宣言し、勝負が始まった。

 互いの得物をそれぞれ前に構え、ジリジリとその間合いを縮めていく。 

 相手の武器はネーデルラントの戦場で何度も遭遇していた。

 

忠勝(突く、斬る、叩く、払うなど、多彩な攻撃が出来る厄介な武器だ)


 かの地で暴れ回っていたドイツ人の傭兵団、ランツクネヒトが用いていた長柄物である。

 

忠勝(しかし、彼らとは比べものにならぬ!)


 多彩な攻撃が出来るという事は扱いがそれだけ複雑であり、習熟するには多くの時間と修練を必要とする。

 傭兵にそのような余裕はないらしく単調な動きになりがちで、そこを突く事が出来た。

 けれども目の前の男はそうではない。

 鋭い突きを避けたと思うと即座に足を引っかけに来る。

 間合いを詰めようとすれば上から、躱した筈がまさかの追撃といった風だ。


忠勝(その攻撃、まさに変幻自在!)


 忠勝は騎士の持つ技量に唸る。

 と同時に、湧き上がる興奮を抑えきれない。


忠勝(もっとだ!)


 一層早く蜻蛉切を繰り出した。




貴族の男A『不味い!』


 果し合いを見守っていた貴族の中から悲鳴に似た声が漏れる。

 忠勝渾身の突きが騎士の防御を突き破り、胸元に直撃したのだ。

 白銀の鎧武者はその衝撃で後ろへ吹っ飛び、ドサッと地面に倒れ臥す。

 遅れてその兜が持ち主の横に転がった。


貴族の男B『し、死んだのか?!』

 

 首がちぎれたように見えた。

 互いの名誉を守る為とは言え、外交の使節を殺す事も使節から殺される事もあってはならない。 

 その為の防具だったのだが、何事も完全とはいかないのが現実だ。

 気が気でない観衆が不安げな視線を送る中、倒れていた騎士がムクッとその上体を起こす。


貴族の男B『死んでない!』


 誰もがホッと安堵した。 

 そして勝敗が決する。

 

騎士『降参だ』

信長『この勝負、日ノ本の勝ちとする!』


 互いの健闘を称え合う白と黒の戦士に惜しみない拍手が送られた。

 そして数日後。


信長「ヨーロッパは飽きた。日ノ本へ帰るぞ」

忠勝「おぉぉぉ!」


 一行は帰路についた。

次話から本編に戻ります。

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