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第18話 イングランド等の反応

前話を一部修正し、織田軍の銃について記述を変更しています。

石山包囲軍の銃兵は、多く見積もって2割だと。

それでも総数は多いなと驚いている内容にしました。

ご情報ありがとうございます。

 『女王陛下!』

 『どうしたのです、私の精霊さん?』


 イングランドの王、エリザベスの居室に大蔵卿が尋ねてきた。

 女王から絶大な信頼を得ていたウィリアム・セシル(59)その人である。

 彼女は政治的な争いに巻き込まれる事を恐れ、その意志を明確にする事を避けていた。

 政治のアレコレは信頼する顧問団に任せ、必要に応じて女王としての決定を下す。

 「私は見る、そして語らない」というモットーの下、時に優柔不断とも見える態度を貫いていた。

 それは彼女が46歳になる今となっても、一度として結婚していない事からも言えよう。

 スペインの王フェリペ2世を含め、諸外国からの求婚は数多かったが、遂に首を縦に振る事はなかった。


 それは敵対する国家が周辺にひしめき、カトリックとプロテスタントが醜い争いを繰り広げていた事と関係していよう。

 仮にどこかの国の王族と結婚しようモノなら、その国の決定にイングランドが引きずられてしまう。

 結婚するのがカトリックの国であれば、プロテスタントの国を攻撃する事を期待される。

 逆もまたしかりである。

 まだまだ脆弱なイングランドを守る為、どこの国とも関係を深める訳にはいかなかった。


 また、実の母親が不義密通を捏造された末に斬首され、近しい者らが政争で敗れて投獄されたり、遂には斬首されるといった事件もあろう。

 敵は国外だけでなく、国内にもいる事が伺える。

 寧ろ、より危険なのは味方の側だった。

 利益を得られる内は仲間の顔をしているが、なくなった途端に豹変する。

 静かに離れるだけなら良い方で、下手をすると憎まれてしまう事にもなりかねない。 

 要らぬ心労をしない為にも、どっちつかずになるのは仕方なかった。

 そんな女王に大蔵卿が報告する。 


 『やはり、大西洋に巨大な島が出現した模様ですぞ! 私掠船の船乗りがその目で確認したそうです! スペインが言うように、極東の島国日本なのやもしれません』

 『それで?』

 

 報告にも表向きは興味を示さない。


 『議会でも調査船を出すべきとの意見が優勢です!』


 1215年に出された大憲章マグナ・カルタ以降、国王の権限は縮小の一歩を辿っている。

 議会が国政の方向を決め、女王はそれに明確には反対しなかった。

 なので議会がそう決めたのなら、女王としての否やはない。


 『でも、国庫にそんな余裕はないわよね?』

 『まさしく!』


 この女王と大蔵卿は、揃いも揃って倹約一筋であった。

 いくら大西洋に見知らぬ陸地が現れたとしても、国庫から捻出してイングランド艦隊を調査に出す事は躊躇われる。

 女王は閃いた。


 『そうだわ! ドレークに行かせれば良いのではなくて?』


 私掠の免状を与えた所、スペイン船から数多くの財宝を奪い取り、イングランドの国庫を潤した英雄フランシス・ドレーク(36)。

 彼に任せればその費用までも自費で捻出するだろう。 

 素晴らしい思いつきだと内心で自賛したが、大蔵卿は首を横に振る。  


 『女王陛下、残念ながら彼は世界一周の航海に出ておりますぞ』

 『そうだったかしら?』


 その答えにがっかりした。


 『他と言うとホーキンスかしら?』


 もう一人、知っている名前を出す。

 ジョン・ホーキンス(47)も私掠船の船長である。


 『ホーキンスはドレークの従兄弟いとこですな。彼ならば無事に成し遂げるでしょう』

 『そう? ならばここに呼びなさい』

 『お心のままに』


 大蔵卿はホーキンスを王宮へと呼んだ。




 『女王陛下におかれましては御機嫌麗しく』


 玉座から静かに見下ろすエリザベス女王に向かい、細見の男が片膝を付いて頭を下げた。

 大蔵卿ウィリアム・セシルが進み出る。


 『ジョン・ホーキンス! エリザベス女王陛下の命により、大西洋に現れた日本を調べよ!』


 おごそかに命じた。

 ホーキンスは驚き、顔を上げる。


 『噂には聞いておりましたが、本当なのですか?』


 仲間の船乗りから耳にタコが出来る程聞かされているが、自分の目で見るまでは信じられない。


 『それを確かめるのがお前の使命である!』


 大蔵卿の言葉に思わず頭を下げた。 


 『その位置はスペインとアメリカとを結ぶ航路上だと聞く。そこに有望な港を確保出来れば、スペインに打撃を与えるのに都合が良かろう!』


 要は海賊の基地を作れという事だ。


 『日本にはイエズス会が宣教に入っておると聞く。現地を下手に攻撃するとバチカンから批判が出かねん。むに已まれぬ場合を除き、武器を使用する事は控えるように』


 元々日本とはポルトガルが交易を行っていた筈であるが、今はスペインが積極的に近付いているらしい。 

 アメリカに持つ領地と本国の間に、友好国を確保したいという意図に違いない。

 イングランドとしても、その中間地に港を確保出来れば都合が良い。

 聞けば日本は統一されている訳ではなく、小国が争う状態だそうだ。

 海沿いの国を見定めて初めは関係を深め、頃合いを見て武力で国を奪うか、港だけでも押さえれば事足りるだろう。

 未開の蛮族らしいので、大砲で脅せば大人しくなる筈だ。 


 『まずは調査をするのだ!』

 『陛下のご命令とあらば』


※エリザベス1世、ウィリアム・セシル、ジョン・ホーキンスの肖像画(いずれもパブリック・ドメイン)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)




 一方その頃、正親町おおぎまち天皇による勅旨ちょくしが発せられ、驚愕が国中を駆け巡っていた。

 先の天変地異は日本の位置が変わり、大西洋と呼ばれる海域に移動した事によって引き起こされたという内容である。

 それに伴って天候が激変する事態も起こりかねず、雨が少なくても一定の収獲が望める、麦やあわなどの作付けを増やす事を求められた。

 各地を治める大名は一旦戦を止め、互いに協力してこの異変に対処するよう、締めくくられていた。

  

 臼杵うすきの大友宗麟そうりん(49)は居室で一人、朝廷から届けられた勅旨を一心に読んでいた。


 「殿!」


 朽網鑑康くたみあきやすの声でハッと我に返る。

 

 「どうした?」

 「ポルトガルの船が長崎に帰ってきたとの事です!」

 「それで、何日だ?」

 「10日と少しで国に着いたと!」

 「そんなに早いのか?! という事は、勅旨の内容は正しいという訳か……」


 宗麟は腕組みをして考え込んだ。

 その言葉に鑑康は首を傾げる。


 「勅旨と言いますと?」

 「これを読んでみろ」


 宗麟は手の中の勅旨を鑑康に渡す。

 一礼し、早速中を確かめる。


 「宣教師の話と同じ?!」


 内容はイエズス会士の話と概ね同じであった。

 日本が海を越えて移動し、大西洋という海域にあるという。


 「それでは島津との戦を止められるのですか?」


 勅旨には戦を止めるように書いてある。

 大友家は昨年、薩摩の島津家と耳川みみかわで激突し、手痛い敗北を喫した。

 重臣を数多く失うと共に、領内のあちらこちらで国人衆の反乱を招き、国力の衰退が著しい。

 領内の統治に専念する事も十分考えるべきだが、宗麟の決断は違った。


 「ポルトガルと近くなったのは好機であろう! 彼らから武器を買い、島津を叩く!」

 「ははっ!」


 あくまで強気な宗麟である。

 洗礼を受けて正式なキリスト教徒となったので、カトリックの御利益に期待していた。


 「耳川の雪辱を晴らす!」


 そう固く誓った。




 「理屈は合っておるな」


 毛利両川りょうせんの一角、小早川家。

 当主隆景たかかげ(46)は届いた勅旨に目を通した。

 その内容は甚だ信じ難いが、筋は通っているように思える。


「明国の船が来ないのは、このせいですかな?」

 「そう考えるのが妥当だろう」


 毛利家の筆頭家老、福原貞俊ふくはらさだとしの質問に静かに答えた。

 7月から明の商人の来航がピタリと止まっている。

 明国は兵士の給与を銀で支払っている為、銀貨の需要は大きいのだが、明国政府の海禁政策によって自由な交易は出来ず、石見産の銀を求めて密貿易が盛んとなっていた。

 銀山を所有する毛利家にとり、明国との密貿易は巨額の富を産む商取引だったのだが、7月以降は一切行われておらず、儲けにならない状態である。


 「対馬からの情報では、どこまで船を出しても朝鮮が見えないとか」

 「勅旨の裏付けか……」


 勅旨の内容が補強されていく。

 隆景はそれを否定する理屈を持たなかった。

 どのように考えるべきか悩んでいた所、使者の来訪が告げられる。


 「顕如殿からの使いです!」


 共に信長包囲網を築いた盟友からだった。

 かの武田信玄や上杉謙信を動かした顕如も、信長の猛攻の前に遂に降伏したとの報告を受けている。

 そんな顕如が何を伝えに来たのか、隆景は俄然興味を持った。


 「このような経緯で顕如様は織田信長と和議を結びました」

 「転んでもタダでは起きぬという事か。顕如殿らしい」


 使者の口上を聞き終え、隆景は溜息をついた。

 信長と南蛮との同盟を見据え、本願寺を守る為に降伏したというのだ。

 織田家の勢いは凄まじく、畿内の統一は既に成ったようなモノである。

 そして、我が国が南蛮の近くへと移動してしまった。

 信長は必ず南蛮と手を結び、彼らの持つ強力な武器を手に入れるだろう。

 それは同時に、これまで以上に伴天連が盛んとなる事を意味する。

 強力な武器を手にした織田軍の前に抗うすべはなく、勢いづく伴天連を阻む事は難しい。

 このままでは本願寺の息の根を止めかねず、先を見据え、敢えて降伏の道を選んだとの事だった。

  

 「つきましては毛利家におかれましても、早々に織田家と和議を結ぶのが得策であろうとの事です」 

 「左様か……」


 本願寺が下った事により、信長包囲網は瓦解した。

 残るは毛利、武田の残党、上杉謙信の後継者くらいである。

 山陽で織田軍と対峙する毛利だが、情勢は極めて厳しい。

 このままズルズルと押されるのは目に見えていた。

 彼らの用意する物量は桁が違うのだ。

 また、隙をついて背後から攻勢に出るような勢力もいないだろう。

 それぞれ撃破されていく未来が目に浮かぶようだった。


 「和睦する際は取りなすとの事です」

 「顕如殿の御配慮痛み入ると伝えてくれ」


 そして使者は帰っていった。


 「その場合、最大の難関は元春もとはる兄だな……」


 元就の次男吉川きっかわ元春(49)は文武両道の猛将で、軍事における父親の才能を継いだ男と評されている。

 強気な性格の持ち主で、戦わぬうちから和議を結ぶなど受け入れないだろう。

 

 「織田と交渉する方が余程気楽だな……」


 隆景は一人ぼやいた。




 越後、上杉景勝かげかつ(24)の邸宅。


 「景勝様、勅旨です!」

 「何だと?!」


 近習きんじゅうである直江兼続なおえかねつぐ(19)から勅旨を届けられ、何事かと慌てて開いた。

 

 「信じられん……」


 一息に読み終え、止めていた息と共に呆然と呟く。


 「みかどは一体何と仰せなのですか?」


 君主の様子に兼続が尋ねた。

 その聡明さを買って近習にしたのであり、意見を聞く事に躊躇いはない。

 景勝は勅旨を兼続に手渡した。

 拝領し、スラスラと読み進める。


 「成る程、信じ難い内容です」

 「日本が移動したなどと!」


 景勝は吐き捨てた。 


 「しかし、これならば天変地異の説明がつきます」


 兼続はニコリともせずに言った。

 荒唐無稽だが筋は通っている。

 馬鹿馬鹿しいと頭から否定する事こそ軽挙であろう。


 「しかし、正親町天皇はあの信長が後ろ盾だ。策略ではないのか?」

 「その可能性はありますが、それとこれとは別の話ではありませんか? これではただの周知でしかありません。はかりごとならばもう少し何かあってしかるべきです」

 「それはそうかも知れんが……」


 兼続の言葉に景勝は何も言えなくなった。

 確かに日本が移動したという事と、気候が変わる可能性くらいしか書かれていない。

 平和を祈る文言はお約束みたいなモノだろう。

 兼続が続けた。


 「事態は勅旨通りとなりつつあります」

 「米の実りが思わしくない事か?」

 「まさしく。7月から雨が少なく、農民は米の収量に不安を抱いております」

 「気候が変わったと?」

 「断定は出来せんが、そう考えておかないと判断を誤るのではないでしょうか」

 「成る程」


 兼続の言う通りに思えた。

 彼らは明確には気づいていないが、降雨量のみならず気温も若干低下している。


 「しかし、越中の織田軍の動向に注視せねばなるまい」

 「勅旨は目くらましの可能性も十分にあります」




 甲斐、新府城の武田勝頼かつより(33)。


 「殿、どうなさりますか?」


 届けられた勅旨を囲み、家臣一同が勝頼を囲んでいた。


 「織田の悪企みに決まっておろうが!」


 勝頼が語気も荒く叫ぶ。

 長篠ながしのの戦いで織田・徳川連合軍に敗れて以降、勝頼は悪手を続けて家臣団の離反を招いていた。

 これ以上の裏切りを防ぐ為にも、敵に憎悪をぶつけて内部の団結を図る意図もあろう。


 「織田が北条に使者を出した事は掴んでいる! 織田、徳川、北条で我らを攻めるつもりなのだ!」


 上杉家の内紛問題で北条を裏切り、作らなくても良い敵を作ってしまったのが勝頼だった。

 失敗から目を背けたい気持ちが現実を歪ませ、正常な思考を妨げる。

 ジリジリと迫る敵の気配に、状況を冷静に分析する余裕がなくなり、視野狭窄に陥っていた。


 「その三者を同時に相手にする訳にはいきますまい。離間工作をすべきではありませんか?」

 「臆したか!」


 ともすると悲観的になる気持ちを鼓舞する為にも、積極果敢な姿しか見せられなかった。

 しかしそれは、多少なりとも現実が見ている者らを、自身から更に遠ざける事となる。




 『ホーキンス船長! 陸地です!』

 『本当か?!』


 広く資金を募り、どうにか調査の船を出したホーキンスは、陸地発見の報に小躍りして喜んだ。

 目の前には大西洋にある筈のない、巨大な島影が見えている。

 

 『良し、上陸出来る場所を探すのだ!』


 女王の命令は陸地の調査である。

 用心の為に武器を用意し、上陸出来る地点を探した。




 奥州伊達家。


 「殿!」

 「一体どうした?」


 当主輝宗てるむね(35)の下に片倉景綱かげつな(22)が駆け付けた。


 「海に異国の船が現れたとの事です!」

 「何?!」


 寝耳に水の情報だった。


 「北条に現れた話は聞いたが、勅旨は真か!?」


 異国の船と言えばこれまでは、西国だけに限った話だった。

 それがどうだ、ここ奥羽にまで現れてくるとは。

 勅旨によれば船で10日、遅くて20日も東進すれば南蛮の国だという。


 「九州の大友家は南蛮と交易をし、強力な武器を手に入れたと聞く。我らも彼らとの交易を図り、強い武器を入手すべきだろう!」


 輝宗が意気軒高に口にする。

 奥州はゴタゴタが続き、伊達家の統治も盤石ではない。

 そんな伊達家の跡取りが声を上げた。


 「私も異国の船を見に行きたいです!」

 「政宗!?」


 奥州伊達家、嫡子政宗まさむね12歳であった。

 政宗は疱瘡ほうそうに罹って右目の視力を失い、以後は消極的な性格となってしまっていた。

 遠く聞き及ぶ異国の船に、大人しくなった心も刺激されたのだろう。


 「彼らの力を使えば、伊達家が奥州を統べるのも難しい事ではない筈です!」

 「何と頼もしい事だ!」


 輝宗は息子の覇気を喜んだ。

イングランドの政治体制がどうなっているのか良く分からないので適当です。

議会の権限、女王の権限等。


日本の諸侯の様子はそんな感じだという事で。

兼続は当時まだ直江姓ではありませんが、面倒なので直江兼続です。


最後のお市のエピソードは、次話投稿時に『信長の勘違い』に移します。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ホーキンスか、実在の海賊として登場ですが、自分にとってホーキンスといえばジム・ホーキンス、ジョンといえばシルバー。我慢できずにこの感想を書く前にyoutubeで町田義人の曲を聴いてきました…
[一言] 漁業もまずいのでは?
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