幕間 その13 ドラキュラ
差別や偏見を助長する意図はございません。
ケルン郊外の村。
子供『放せよ!』
村の男A『黙れ!』
男が子供の声をした人物の腕を乱暴に掴み、村の広場まで引きずって歩く。
騒ぎを聞きつけ村人達が集まった。
村の男B『何をしているんだ!』
黒いフードを頭からすっぽりと被っている為か、どこの子供かは分からない。
けれども痛がる子供の様子に村人達が男を非難する。
しかし男は取り合わない。
村の男B『その子が何をしたって言うんだ!』
村の女C『どこの子供なの?』
悪戯を咎めるにしてはやりすぎである。
村の男A『庭の手入れに行ったら、牧師様の家からこいつが出てきやがったんだ!』
村の男B『牧師様の?』
村の女C『泥棒をしてたって事?』
子供『俺は泥棒なんかじゃない!』
村人達から尊敬を集めていた牧師は、つい最近に流行り病で死んでいる。
村の男A『確かにこいつは泥棒じゃねぇ!』
村の男B『じゃあ、何をしてたんだ?』
村の男A『問題なのは何をしてたかじゃねぇ! こいつが何者なのかだ!』
村の女C『何を言ってるの?』
言っている事が分からない。
村の男A『見ろ!』
男は掴んだ子供のフードを剥いだ。
中から現れた姿に村人達は息を呑む。
村の男B『髪が真っ白だと!?』
村の女C『肌も真っ白だわ!』
その頭は老人のような白髪で、素肌は血の気を失ったように白かった。
村の男A『それよりもこいつの目を見ろ!』
村人の視線から逃れるようにその子は顔を反らす。
村の男A『テメェ!』
男は苛立ち、子供のお腹に鉄拳をお見舞いした。
村の女C『乱暴は止めて!』
村の男A『黙ってこいつの目を見ろ!』
仲間の抗議に怒鳴り返す。
その剣幕に居合わせた者がたじろいだ。
男はその子の顔を掴み、無理やり前に向かせ、閉じていた目を強引にひんむく。
現れた色に村人達は衝撃を受けた。
村の女D『目が赤いわ?!』
徹夜などで充血した目ではなく、虹彩その物が赤い。
村の男B『化け物なのか?』
子供『俺は化け物なんかじゃない!』
思わずそう感じる程、現実感の薄い目だった。
暫くし、他の異常にも村人が気づく。
村の男E『肌が焼けてねぇか?』
その子の服はまくれ上がり、雪のように真っ白な素肌が衆目に晒されていたのだが、いつの間にやら夏の太陽で日焼けしたように真っ赤になっている。
村の男B『赤い目、太陽に弱い……』
その特徴に思い当たった者が叫ぶ。
村の男F『ヴァンパイアだ!』
子供『違う!』
その子は強く否定した。
村の男B『まさか、牧師様が死んだのはこいつのせいなのか?』
子供『俺は何もしてない!』
村の女C『だったら牧師様の家で何をしていたの?』
子供『地下室に住んでたんだ!』
村の女C『地下室?』
子供『そうだ! 牧師様は俺を地下室に匿ってくれていたんだ!』
腹が減って地下室から出てきたところを見つかったと言う。
村の男A『何が匿ってくれていた、だ!』
男が叫ぶ。
村の男A『村に病気が広まったのはこいつのせいだ!』
村の男F『そうだぜ! 化け物の言う事なんざ信じるな!』
流行り病で家族を失った者は多く、男に同調する者ばかり。
『十字架を持って来い!』
『心臓に刺して殺してやる!』
信長「一体何の騒ぎだ?」
プラハに向け旅を続ける信長一行は、通り掛かった村で騒ぎを聞きつけた。
カルロス「調べて来るので暫くお待ち下さい!」
そう言ってカルロスは馬を走らせる。
カルロス「ヴァンパイアが村に病気を広めたので、捕まえて殺すのだそうです!」
顔を輝かせて帰ってきた。
聞き慣れない言葉に信長は首をかしげる。
信長「ヴァンパイアとは何だ?」
カルロス「人の生き血を吸う不死身の化け物です!」
カルロスの説明に肝を潰す。
氏郷「人の生き血を吸う?」
忠勝「不死身? 死なないのか?」
信長「馬鹿馬鹿しい」
信長の呟きは聞こえない。
カルロス「ご心配には及びません!」
信長「誰も心配などしておらぬがな」
カルロス「不死身の化け物にも弱点はあります!」
イサベル「聞いた事がありますわ! 太陽の下には出て来れないとか」
カルロス「その通りです!」
イサベルの指摘に大いに頷く。
カルロス「また、十字架の杭を心臓に刺すと死にます!」
忠勝「木の杭を心の臓に刺せば誰でも死ぬぞ!」
信長「不死身はどこへいった……」
信長は溜息を漏らす。
信長「全く、化け物などおる筈がなかろう」
氏郷「人心が荒れているのでしょうな」
忠勝「この国の町並みは、何やら重苦しい感じがする」
そして騒ぎの中心に近づく。
信長「これはこれは」
忠勝「目が血で染まったように赤いだと?!」
氏郷「子供なのに髪が真っ白ではないですか!」
その中心には不思議な少年が縄で縛り付けられていた。
信長「成る程、これがアルビノか」
氏郷「あるびの、ですか?」
忠勝「それは一体?」
得心した信長が説明する。
信長「勝二が言っておった。アルビノは生まれつき色を作れないとな」
氏郷「色を作れない、ですか?」
信長「そうだ。我らの髪が黒いのは、髪が黒い色を作っているからで、年を取って白髪になるのは、髪の力が衰えて黒い色を作れなくなるからだ」
氏郷「そのような事情があったとは……」
信長「夏の日差しで日焼けするのもそれと同じだが、アルビノは色を作れないので日焼けをしないそうだ」
氏郷「女は羨みそうですな」
信長「そうでもないだろう。日焼けしなければほれあの通り、日に当たる度に肌が真っ赤になる」
露出した少年の肌は真っ赤になっていた。
氏郷「成る程。日焼けしたばかりでは湯を浴びるのも辛いですからな」
忠勝「しかし、あのような者など見た事も聞いた事もないぞ」
信長「そうでもない。古来より神の使いとされた白蛇、白鹿などは皆アルビノだ。滅多にいないが全くいない訳ではない」
信長は再びその少年を見た。
信長「アルビノの特徴とヴァンパイアの特徴が似通っているな。恐らくは、アルビノを見て腰を抜かした者が作り上げた噂の類であろう」
カルロス「え? ヴァンパイアはいないのですか?」
信長「いる訳がなかろう!」
カルロス「そんな……」
信長に否定されてカルロスはガックリと肩を落した。
打ちひしがれたカルロスを無視して告げる。
信長「その子供を金で買ってやると伝えよ」
カルロスは気を取り直し、村人達に声を掛けた。
カルロス「病気はどうするんだと言っています」
信長「その金を薬代にすれば良かろう」
アルビノの少年ヨハンを加え、旅路は進む。
ヨハン『どうして俺を助けてくれたんだ?』
信長「興味本位だ、気にするな」
取り付く島もないといった風である。
信長「その方は勝二に仕えよ」
少年『ショージってのは誰だ?』
カルロス『ここにはいませんが、優しいお方ですよ』
信長がニヤリと笑う。
信長「黒いのは既におるからな。白いのが増えて良い塩梅だ」
その言葉に一同は絶句した。




