幕間 その12 信長、神聖ローマ帝国を目指す
スペイン軍を助け、ネーデルラント(オランダ)軍を破った信長一行は同地に留まっていた。
アントウェルペンの郊外を見て回る。
氏郷「ここまで平地ばかりとは羨ましいですな」
元春「毛利領とは比較にならん……」
義弘「山が見えぬ……」
広がる景色に溜息が漏れる。
宿舎に戻った一行をスペイン王女イサベルが待っていた。
イサベル「皆様は神聖ローマ帝国にご興味はございますか?」
信長「神聖ローマ帝国? 確かその皇帝は……」
イサベル「ルドルフ皇帝陛下は私の許婚です」
信長「そうだったな」
氏郷「失礼を承知で尋ねるが、イサベル殿のお歳は?」
イサベル「二十歳は越えましたわ」
その答えに氏郷が厳しい目を向ける。
氏郷「許婚がおりながら何ゆえ嫁いでおられぬ?」
イサベル「ルドルフ様は私に興味がないのでしょう」
氏郷「そのような問題ではござらぬ」
忠勝「そうだな。ありえん」
イサベル「申し訳ございません……」
氏郷「勘違いなさるな。イサベル殿を責めてはおらぬ」
忠勝「そ、その通りだ」
恐縮するイサベルに忠勝は焦った。
元春「なっておらんのはその男よ」
義弘「左様」
元春「重責を担う身にありながら身勝手極まる」
義弘「跡継ぎを儲けるのも当主の大事な役目」
それぞれが自国の事を思い出して言った。
信長「仮に許婚が気に食わぬとも、家と家の結びつきの前には些細な事だ」
氏郷「キリスト教では愛とやらが重要でしたか」
信長「下らぬ。愛とやらで国が統治出来れば苦労はせぬ」
元春「それどころか神の教えを巡って争っている始末ではないか」
義弘「救えぬ」
話を元に戻す。
信長「その神聖ローマ帝国がどうした?」
イサベル「あくまで興味がおありでしたら、ですが、訪問を検討されてはと思いまして……」
信長「ふむ」
イサベル「いえ、気乗りしないのであれば構いません。帝国の首都であるプラハまで遠いですし、往復だけでもかなりの日数が必要ですから……」
それを聞いて忠勝がげんなりする。
忠勝「長旅は勘弁だな」
義弘「戦をしていた方が余程気楽だ」
イサベル「そうでございますよね!」
二人の答えにイサベルは喜んだ。
それを見て信長は眉間に皺を寄せる。
信長「何を隠す?」
イサベル「いえ、隠すなど……」
信長「言え」
イサベル「……分かりました。実はルドルフ皇帝陛下から、皆様をプラハ城へと招待する為、お父様の元に使者が来たようです」
信長「自分の許婚が我らと共にいる事は当然知っておろう? 何故我らを招く?」
イサベル「ルドルフ陛下は敬虔なカトリックです。バチカン認定の、神の奇跡の国から来た皆さんへの好奇心からでございましょう」
信長「ふむ」
イサベルの祖父カール5世はルドルフの祖父フェルディナント1世と兄弟であり、父フェリペは幼少のルドルフをスペインに招き、カトリック教育を施している。
信長「何故隠した?」
イサベル「お父様はネーデルラントの平定をお望みです。皆様が戦列を離脱する事を心配されたのでしょう」
信長「残念だな。平定など出来はせぬ」
イサベル「どうしてでございますか?」
イサベルは戸惑った。
向かうところ敵なしと言えるくらい彼らは強かった。
信長「これ以上手を広げればそれぞれの守りが薄くなる」
元春「左様。守りが手薄になった町を奪い取られるのがオチだ」
忠勝「町の住民は我らに協力的ではないようだしな」
義弘「むしろ敵意に満ちている」
氏郷「今は手に入れた領地を守り、人心の慰撫に専念すべきでしょう」
イサベル「そ、そうですか……」
信長「統治するのに我らは邪魔だ。その方の許婚に招かれてやろうではないか」
イサベル「……分かりましたわ」
信長「その方は長らく我らと苦楽を共にしてきた。そのような者を無下に扱われ、黙ってはおれぬのでな」
イサベル「え?!」
忠勝「いや、全くその通り!」
氏郷「イサベル殿は天下を探し回っても得難きお人です!」
イサベル「あ、ありがとうございます……」
そして神聖ローマ帝国の使者に会う事になった。
先にスペイン王国を訪れ、許可を得たようである。
その使者を連れて来たのが、真っ先に日本へとやって来たカルロスだった。
カルロス「信長様におかれましてはご機嫌麗しく」
信長「久しいな。人魚は見つかったのか?」
カルロス「真に残念ながら……」
カルロスが芝居かかった動作で嘆いてみせる。
忠勝「マーメイドとは何だ?」
元春「臍から上は人、臍から下は魚の鰭をつけた化け物だな」
忠勝「なんだと? 不気味だな……」
義久「巨大な魚に食われた者を見間違えたのではないか?」
氏郷「ありそうな話です」
イサベル「カルロスは人魚や妖精といった、伝説上の生き物が大好きなのですわ」
伝説などではない、カルロスが聞けばそう言っただろう。
カルロス「神聖ローマ帝国へは私がご案内致します」
信長「頼むぞ」
こうして信長は神聖ローマ帝国へと向かう事になった。
信長「我ら全てが行く事もあるまい」
元春「ならば儂は残ろう」
義弘「某もだ」
二人は顔を顰める。
忠勝「なら俺は行く」
氏郷「私もお供します」
乗り気なのも二人であった。
昌幸「某はどうすれば宜しいでしょう?」
信長「残れ」
昌幸「分かりました」
真田昌幸は残留組。
信長「お前は来い」
幸村「承知」
その息子幸村は旅に同行する。
弥助「お館様?」
信長「お前達も来い」
弥助「やっぱり……」
弥助とモランもプラハを目指す。




