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第17話 スペイン

 『陛下!』

 『帰ったか!』


 スペインに戻ったカルロスは、直ちにフェリペ2世の下に駆け付けた。

 一刻も早く報告をする為である。

 

 『船でおよそ10日の位置に、本当に日本がありました!』

 『うぅむ、本当とはな……』


 集団で幻覚でも見ていたのではないかと秘かに思っていたが、能力には信頼を寄せていたカルロスの言葉に、信じるしかないのかと思った。

 そうなると考えねばならない事が多すぎる。

 ある程度は想定していたが、まさかという驚きの方が強い。


 『そんな事よりもショージに凄い話を聞きました!』

 『そんな事? 凄い? ショージ?』


 興奮顔のカルロスが口にした言葉に、フェリペは何事かと問いかけた。

 島が移動するという前代未聞の話よりも凄い事とは、まるで想像がつかない。

 カルロスは自信満々な顔で言う。


 『人魚です!』

 『何?』


 フェリペは思わず耳を疑った。

 カルロスが滔々(とうとう)と話す。 


 『日本にも人魚の伝説がありました! やはり人魚はいるのです!』

 『お、お前という奴は……』


 膝から力が抜けるようだった。

 しかしカルロスは続ける。


 『ショージに聞きましたが、比丘尼という女は人魚の肉を食べて不老不死になったそうです!』


 さも驚きのニュースだと言わんばかりのカルロスだった。


 『馬鹿馬鹿しい!』


 下らないと言下に切り捨てる。

 そんな事がある訳ないと思った。

 しかしカルロスは怯まない。


 『ショージによると、日本には河童かっぱというモンスターもいるそうですよ!』

 『モンスター? お前は一体何をしに行ったのだ……』


 真剣な顔のカルロスにフェリペはどっと疲れてしまった。 

 

 『それにショージとは誰だ? 日本人なのか?』

 『日本の友人です! 彼には色々と教えてもらいました!』


 嬉しそうに言う。

 日本で得た情報の説明を続ける。


 『ショージに教えてもらったのは日本のモンスターだけではありません! 日本の銀、工芸品、軍の規模も装備している銃も、まるでモンスターでした!』

 『それを先に言わぬか!』


 やっと真面目な話になって安心する。

 カルロスは持ち帰った土産物を差し出した。


 『日本で最大の領地を支配する、織田信長公から陛下へのプレゼントをお持ちしました』

 『おぉ!』


 カルロスから献上された品々は、それは見事な出来だった。


 『これは屏風と呼ぶ調度品です。室内で目線を遮る目的で設置します』

 『金箔を貼っているのか。豪華だな』

 『描かれているのは虎と東洋のドラゴンです。両者は力と繁栄などを意味するそうです』

 

 一番大きな品物からカルロスは説明していった。

 全ては勝二が教えた情報である。


 『うるしという樹液で表面を仕上げた器をどうぞ』

 『光の反射具合が素晴らしい』


 その艶は顔が映るのではと思う程だった。


 『日本人が身につけている衣服です』

 『随分と違うのだな』


 その形に戸惑うが刺繍は素晴らしい。

 鮮やかな色彩をしたガウンに見えた。


 『日本で作られた銃になります』

 『ほう? しっかりとした作りをしているな』


 カルロスの説明は堺の鉄砲へと移った。

 フェリペはそれを手に取り、細部までも眺める。


 『構造は殆ど同じだな』


 自国の物と比べ、そこまで違和感はない。


 『各部の動作もスムーズだ』


 可動部を動かし、部品の動きを確認する。

 火蓋を切って引き金を引き、火挟みが落ちるのを確かめた。 

 作りがしっかりとしている事を理解する。

 何度も確かめているフェリペにカルロスが言った。


 『命中精度は我が国の物よりも高いくらいです』

 『何?!』


 その情報は驚きだ。

 

 『お前は確かめたのか?』

 『勿論ですとも』


 不確かな情報を伝える訳にはいかない。

 カルロスは事前にしっかりと試射している。


 『織田家はこの銃を相当程度揃えております』

 『正確な数は流石に分からんか……』

 『はい……』


 装備は軍事機密に属する。

 

 『しかし、千ではきかない数なのは確実です。ひょっとしたら万を超えるかもしれません』

 『それは本当か?!』

 『石山という城を囲む織田家の軍勢を見ました。その規模も装備も恐るべきモノです。兵の総数で約1万、銃兵は多く見積もって2千を超えていた筈です』

 『それがどうして万となる?』


 どう計算してそうなるのか不思議に思った。


 『ショージによれば織田家は石山だけでなく、同時に3つ、4つの敵と戦っていたようです。どれも小さな争いではなく、数千単位の兵を動員していると』

 『信じられんな……』


 スペインの統治者として想像がつかなかった。

 どれだけの国力があればそんな事が可能なのかと。

 銃兵の割合はそこまで高い訳ではないが、総数を見れば自国にひけを取らない。


 『それだけではないのです!』

 『何?』


 カルロスは更に恐ろしい事を告げる。


 『戦争をしているのは織田家だけでなく、九州では大友、島津、龍造寺が争い、中国の毛利は織田家と敵対し、四国は四国で勢力を競い、関東も東北も争っているとの事です!』

 『まさか?!』


 勝二に描いてもらった日本地図を見せ、カルロスは日本の今を説明した。


 『宣教師は大袈裟に言っていると思っていたが、そこまで具体的に言われると信憑性が増すな……』

 『全体の国力は一体どれだけなのか、全く想像がつきません……』

 

 日本の情報を詳細に語って良いモノかどうか勝二は悩んだが、信長の判断で話しても良い事を伝えている。

 信長が考慮したのはイエズス会士が本国に送った報告で、どれだけの正しい情報が伝わっているのか分からなかったからだ。

 予想よりも詳しく伝わっていた場合、嘘を教えた事がバレれば信頼関係を損なう可能性がある。

 それよりは隠すべき事だけを隠し、後は正しい情報を伝えるのが無難だ。 

 

 『日本を占領する事は可能か?』


 一転してフェリペが真剣な面持ちで尋ねた。

 見せられた品々は素晴らしい物ばかりだったし、日本の銀はスペインでも有名である。

 そんな国を支配出来れば、どれだけの富がスペインにもたらされるのだろうかと思った。

 今までは遠すぎてそんな事を考えもしなかったが、僅か10日の距離ならば十分に可能である。

 国王からの質問に家臣カルロスがうやうやしく答えた。


 『二つの意味で止めた方が宜しいかと』

 『二つの意味だと?』


 その意味を問う。 


 『まず単純に我が国でも苦戦するからです。日本は海軍が貧弱ですから海上での戦闘には苦労しませんが、上陸しての戦闘では向こうに分があります』

 『銃の数、動員出来る兵力を考えれば、か。しかし、日本は未だ統一されていないのだろう? 弱小な勢力を攻めれば問題ないのではないか?』


 日本は今、国内を小さく分割し、互いに争う状態だという事だった。

 戦う相手を選べば無理がなさそうだ。

 しかしカルロスは首を横に振る。


 『その弱小勢力であっても、長年に渡り周囲と戦闘を続けてきた存在です。備える戦力は相当なモノだと思います。侮る事は出来ません』

 『そ、そうか……』


 カルロスの説明に気落ちした。


 『もう一つは何だ?』

 『我が国が日本との戦いに戦力の多くを傾けてしまうと、イングランドやオランダとの争いに支障をきたすからです』

 『む、むむ……』


 言われてみればその通りだった。

 目の前の財宝に目が眩んでいると、背後に忍び寄った存在に気づけなくなる。

 イングランドは油断ならない相手であるし、スペインからの独立戦争を継続中のオランダも鎮圧せねばならない。

 ここで日本に注意を向けてしまうと、背後ががら空きになる恐れがあった。


 『だから侵略は諦めろと言いたい訳か』

 『少なくとも今はその時ではありません。また、日本と手を結んだ方が我が国の得られる利益が多くなり、イングランドは痛手を被る筈です』

 『どういう事だ?』

  

 イングランドに痛手というのが気になった。


 『日本の位置は、我が国とメキシコとを結ぶ航路の途上です。ここで日本と同盟を結び、我が国の海軍を駐留させ、海賊船を取り締まって航路の安全を図ります。それはイングランドに奪われる富を少なくする事に繋がり、我が国の富を確実に増やします。無理をして日本に攻め込むよりも、余程利益の上がる選択の筈です』

 『それはそうだ!』


 フェリペは喜んだ。

 海賊船の被害は大きく、その被害額がそっくりそのまま、海賊行為を許しているイングランドといった国の懐に入っていると思うと、腹の虫が治まらない怒りを覚える。

 海軍には海賊船の取り締まりを命じているが、広い海では拿捕する事も難しい。

 仮に大西洋に海軍の基地が出来るなら、その効果は計り知れないように思われた。


 『しかし、日本はその提案を受けるのか?』


 成立するなら旨味のある話だが、相手が受け入れねば意味がない。

 

 『実はこの話自体、ショージが語ってくれた内容なのです』

 『何?』


 カルロスの告白にフェリペは驚いた。

 

 『その者は一体何者なのだ?』


 こちらの事情をそこまで把握しているなど信じ難い。


 『インドでポルトガルの船員達に聞いたそうです』

 『成る程』


 それならば納得出来た。


 『日本には大海を渡る船と大砲を作る技術が不足し、イングランドの海賊船に対抗出来ないと不安視しています。日本は南北に長い国で、北部はイングランドにより近いそうです。かの国の侵略を警戒し、我が国の造船技術を必要としているそうです』

 『そうか!』


 それは日本の地図を見れば頷けた。

 確かに北の島はイングランドに近い。

 そしてその事は、フェリペに一つのアイデアを思いつかせた。


 『日本の力を使い、イングランドを攻めさせれば良いのではないか?』

 『それは全く考えていませんでした!』


 カルロスの反応にニヤリとする。


 『日本には船の作り方、操り方を教えれば良いのだろう? 大砲も売れるし、良い商売ではないか。こちらの儲けを増やしながら日本の艦隊を育て、頃合いを見てイングランドを攻めるようにけしかければ、憎き奴らに多少なりとも打撃を与えられるだろう? そうすれば、無傷の無敵艦隊で傷ついたイングランド艦隊を攻める事が出来るぞ』

 『流石は陛下です!』


 我ながら妙案だと思った。

 

 『良し! 日本の、その織田家とやらと同盟を結ぶよう、取り図るのだ!』

 『畏まりました!』


 こうしてスペインの方針は決まった。

 しかしフェリペは知らない。

 自身の打算が後に大きなやいばとなり、自身の帝国を大きく傷つける事になるなどと。


※フェリペ2世(Felipe II en la jornada de San Quintín)(パブリック・ドメイン)

挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに読み始めたけどそうよね。 鉄砲数門持ち込むだけで当時の世界トップクラスの数コピーした国に大砲売ったら…
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