幕間その8 パリ
パリ
氏郷「町は立派ですが、住んでいる者達の心はすさんでいるようですな」
忠勝「中心にあるのは教会か」
イサベル「ノートルダム大聖堂ですわ」
元春「また随分と大きな建物だ」
義弘「信仰を集める場所がどれだけ豪勢でも、信仰する者達の暮らしが貧しければ意味がなかろうに」
信長「カトリックを束ねるバチカンの威容はこれ以上だったぞ?」
一同「度し難し」
イサベル「パリはカトリック教徒が多数を占めています」
氏郷「カトリックが多数派ですか。そうなると少数派のプロテスタントは肩身が狭そうですね」
信長「肩身が狭いで済めば良いのだがな」
氏郷「それはどのような意味でございますか?」
信長「下手をすれば殺されるぞ」
一同「まさか!?」
信長「そのまさかよ。なあ、イサベルよ?」
イサベル「……その通りですわ」
一同「何?!」
イサベル「十年ちょっと前の事になりますが、この町のカトリックが同じ町に住むプロテスタントを数千人、虐殺する事件が起きています」
忠勝「数千人だと?」
氏郷「戦でもそこまで死ぬのは余程です!」
元春「虐殺とは何だ?」
信長「惨たらしく殺すというような意味だな」
元春「貴公が長島や比叡山でやった事か?」
信長「む?」
信長「長島は戦であるし、根切りをせねば禍根を残しておった」
氏郷「毛利家でも尼子との戦では色々とございますまいか?」
元春「確かに」
義弘「戦となればどこであろうと、大なり小なり惨い事はしておろう」
忠勝「我が殿も一向宗には手を焼いておいでだ」
信長「比叡山とて、武器を捨てよという命令に従わぬから焼いたまで。焼け死ぬのが嫌なら武器を捨て、仏門の本道に沿えば良かったのだ」
一同「一理ある」
信長「どれだけ神だ仏だと口にしたとて、武器を持って反抗を企てた者を容赦する訳にはいかぬ」
一同「当然」
信長「見せしめも必要だ」
一同「結局その方が犠牲になる者は少なくて済む」
信長「儂のやった事が苛烈だと言われれば否定はせぬが、咎のない者を私心に囚われて処罰した事はないぞ」
元春「話が進まぬのでそういう事にしておこう」
信長「兎も角、戦や飢饉、流行り病などで人心が乱れた際、根も葉もない噂によって住民達が疑心暗鬼に陥り、溜まったうっ憤を先の例ではプロテスタントだが、自分達とは違う少数派にぶつけるようだ」
一同「数を頼りに殺すのか!?」
信長「火あぶりや木に吊るすのが常だな」
一同「惨いな……」
元春「たとえ信じる教えが違おうとも、同じ町に住む者同士ではないのか? 顔見知りもいよう?」
イサベル「その辺りの感覚は、どこへ行っても住んでいる人の見た目が似通っている、日本の方々には分かりづらいかもしれません」
元春「どういう意味だ?」
イサベル「私の国も含めヨーロッパでは、話す言葉も見た目も違う者同士が同じ国の中に住んでいます」
元春「それは分かる」
義弘「初めは戸惑いましたな」
忠勝「髪や目の色まで違うのだからな」
イサベル「異端を排した我が国では分かりづらいですが、イスラム教徒は身につける衣服にも規定がありますので、イスラム教徒と共存する町では住民の衣服までもがバラバラです」
一同「何と!」
イサベル「衣服も含めた見た目が違い、話す言葉も違い、信じる教えまでも違う者同士が一つの町に暮らすのです」
元春「成る程、想像がつかん」
義弘「まず真っ先に敵の間者を疑うところ」
忠勝「左様。姿の怪しい奴は問答無用で捕らえるに限る」
氏郷「調べ、問題がなければ帰らせれば良いだけですからな」
イサベル「自分と違う見た目だからといって捕らえていては、町から人がいなくなってしまいますわ」
(パリの町を見て)一同「……確かに」
イサベル「日本ですとそのような事はないのではありませんか?」
元春「確かにそうだ」
義弘「大抵の隣人は旧知の仲だな」
忠勝「小さな村なら全員が顔見知りであろう」
氏郷「西洋の者に比べれば着ている服も顔も同じですし」
信長「大陸では、たとえ隣人であっても自分と同じとは限らぬのだ」
イサベル「ええ。隣に住むのは、かつて戦に敗れ、無理やり連れて来られた者の末裔かもしれません」
元春「成る程。その国に住みながら、その国を恨んでいる可能性もある訳だな」
義弘「国が乱れれば反乱を起こすやも知れぬと」
忠勝「そのような流言飛語が飛び交う訳だ」
氏郷「噂を信じ、やられる前にやる訳ですな」
元春「日頃からそう思っているから信じ込むのだろう」
義弘「それは言えている。思ってもいない事は容易には信じぬものだ」
信長「容易に信じる根拠はいくらでも転がっているぞ」
氏郷「根拠ですか?」
信長「過去に例が多いのでな」
一同「やはり……」
信長「大層に神を有難がる者らの実態は、戦に明け暮れた我ら以上に血まみれなのやもしれぬ」
氏郷「そう聞くと、この町には温かみがないように思えてきます」
忠勝「血の気が通っていないようだ」
宮殿
氏郷「何とも絢爛豪華な建物ですな」
忠勝「フランスの王宮も凄まじい!」
元春「いささか華美過ぎよう」
義弘「町には貧しい者が溢れているのに、国を治める王はこのような煌びやかな屋敷に住んでいるのか……」
元春「そう言えば大坂城も豪華であったな」
忠勝「確かに」
義弘「民は貧しい暮らしを送っているのに、上に立つ者は贅沢を追う。それについて信長公はどのようにお考えか?」
信長「まず尋ねるが大坂の民は貧しいのか?」
一同「貧しくはないな……」
信長「金と物と人が集まる大坂でケチ臭い事は出来ぬし、持てる富を誇示する事で民は安心するのだ」
義弘「安心?」
信長「上に立つ者が富を認める姿勢でいれば、民も安心して金儲けに励む事が出来よう。上が節約に励めば、下が贅沢をするのは憚られる」
義弘「節約の何が悪いのか分からぬ……」
信長「悪いとは言わぬが、贅沢をしたいから金儲けに励み、人よりも儲けたいから知恵を使う。もしも知恵を使わねば、海を渡る船も生まれてはおらぬだろう」
義弘「人よりも儲けると言うが、過ぎた富は身を滅ぼすのではないか?」
信長「贅沢という言葉が嫌なら、金に余裕のある暮らしと思えば良い。金に余裕がなければ名のある刀も買えぬぞ?」
義弘「それはその通りだ」
忠勝「左様。その日暮らしでは戦への備えすらおぼつかぬ」
氏郷「種子島を使うには硝石や鉛が必要ですからな」




