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第158話 兵は詭道なり

「船の戦はまるで見当がつかぬが、いかようにして戦うのじゃ?」


 緊迫感に包まれた船上で、それを弛緩させるような道雪の台詞が響いた。

 元服前の14歳で初陣を飾って以降、大きな戦およそ40、小さな物でおよそ100、様々な戦場を経験してきた彼であったが、船同士で戦うのは全くの初めてである。

 同じ疑問は宗茂も抱いたようで、二人して豊久の顔を見つめた。


 「出来るだけ近づいて大砲をズドン、だ!」


 自信満々に言う豊久であったが要領を得ない。 


 「船の中では角度をつけられんから、遠くまで弾が届かんのは知っておるが……」


 主君宗麟がポルトガル商人から購入した、国崩しは運用した事がある。

 水平のままではいくらも飛ばなかった。

 狭い船では大砲を自在に操れず、故に出来るだけ近づいて撃たねばならないのだろう。

 とはいえどうやって近づくのか、それが分からない。

 

 「向こうもこちらに気づいておるのじゃろう?」

 「迎え撃つつもりらしいな」


 帆を下ろしていた敵の船は瞬く間に帆を張り、動き始めている。

 それは当然、近づいてくるこちらの船を迎撃する為であろう。

 その理屈は分かる。

 帆船は帆を張って風を受けねば動く事すらままならないので、もたもたしていたら海に浮かぶだけの大きな的と化してしまうのだ。


 そして船の操り方の基本も聞いた。

 一番速度を稼げるのが風を真後ろから受ける事だが、たとえ向かい風であったとしても、ある程度は進めるようになっているそうだ。

 だから尚更分からない。

 今、こちらの船は南から吹く風を受け、北東方向に向かって進んでいるが、敵は同じ南からの風を受け、迎撃する為か南西方向のこちらに向かって進んでいる。


 「風としてはこちらが有利であろう?」

 「そうだ」


 道雪の問いに豊久が答えるが、その疑問は晴れない。


 「にもかかわらず、敵はどうしてこちらに向かって来るのじゃ?」

 「何?」


 道雪の指摘に豊久は考え込む。

 言われてみればその通りであった。

 帆船で戦う場合、基本的には風上側が有利である。

 風下にいる場合は逃げながら回り込むか、近づいてくる船をどうにかやり過ごせばたちまち風上を取れる。 

 今回の場合、敵は真っ直ぐこちらへと向かって来ているので、後者を選んだのだろう。


 「侮っていやがるのか!?」


 豊久の顔が怒気で染まる。

 その怒りは瞬く間に他の船員達へと広がった。

 思わず勝二はブルっとし、全身に鳥肌が立つのを感じた。 

 不利な風の中でそれをやるという事は、技量において絶対の自信があるか、相手を格下だと思っているかであろう。


 「補足をしても宜しいですか?」


 殺気を隠そうともしない島津の男達には触れず、彼らを羨まし気に見つめる宗茂と、手持無沙汰な様子の道雪に勝二が言った。

 二人は勿論だと頷く。


 「スペインの戦い方は敵船に接近して大砲を撃ち、船の足を止めて接舷し、相手方に乗り込んで制圧するというやり方です」


 それは勇ましいとでも言いたげに、二人は互いの顔を見合わせる。

 単騎で敵陣へと乗り込むのは武人のほまれだ。

 頷く二人に話を続ける。    


 「積んでいる大砲は射程が短いものの、威力の大きな物となります」


 史実におけるアルマダの海戦で、スペインの無敵艦隊主力艦の一つグラングリナは、排水量が960トンでカノン砲を38門積んでいる。 

 また、近距離での撃ち合いを意識しているので、船の装甲は厚い。


 「対するイングランドですが、一定程度の距離を保ったまま、威力は小さくとも射程の長い大砲を撃ち続けます」


 島津がかつて拿捕し、新型船の参考としたゴールデンハインド号であるが、排水量は98トンと小型ながら、船首と船尾にペトラ砲、ファルコネット砲をそれぞれ

2門ずつ備え、側面にはミニオン砲を14門積んでいる。


 「この船もそうですが、毛利も織田もイングランド船を真似しておりますので、射程の長い大砲を撃ち合う戦い方になるかと思います」

 「左様か」


 二人はがっかりしたように応えた。

 大砲を撃ち合うだけなら自分達に出番はない。

 思い出したように道雪が尋ねる。


 「近づいて大砲を撃つにしても、奥州の海では手も足も出なかったと聞くが?」


 その言葉に豊久は猛然と反論した。


 「荷を多く運ぶ為に大砲を積んでなかっただけだ! 今回は奥州のようにはいかねぇ!」


 きっぱりと言い切る豊久に道雪も笑みをこぼす。

 負け犬根性では勝てる戦も取りこぼしてしまう。 


 「その意気や良し!」

 「は?」


 ニンマリと笑う道雪に豊久は戸惑った。

 

 「勇者揃いの島津兵を侮るとは、敵は余程死にたいらしいのぅ」

 「勇者揃い?」


 皮肉かと思い豊久はムッとした。

 道雪が率いる大友家との戦いで、島津は何度も痛い目に遭わされている。

 しかし、そんな豊久の怒りなど知らんとばかり、道雪は言う。  


 「島津兵の強さ、恐ろしさは、何度も戦った儂が一番理解しておる。前回は偶々巡り合わせが悪くて負けてしまったかもしれんが、同じ過ちを繰り返す島津兵ではない事も承知しておる」

 「良く分かってんじゃねぇか」


 かつての敵にそう言われ、途端に機嫌が良くなった。


 「兵は詭道なり」

 「何?」

 

 敵船との距離はまだまだ離れているとはいえ、のんびりしている暇はない。


 「敵は戦巧者の島津兵を侮っておるようじゃ。今回はそれを利用するのが良かろう」

 「どうするってんだ?」

 「こうするのじゃ」


 道雪は己の策を話して聞かせた。




 『西から船が来ますぜ、お頭ぁ!』

 『西からだとぉ?!』


 イングランド王国が新天地開発の拠点として築いた砦で休んでいたその男は、見張りからもたらされた報せに驚いた。

 男がいるのはアイルランド沖、南西方向の海域で見つかった、未知なる島々のうちで最大の島である。

 それらの島々は皆深い緑で覆われ、弓しか持たない原住民が多数居住していた。

 日本が大西洋に現れてからの発見であり、王国の誰もが日本の一部だと思ったのも無理はない。

 しかし、その日本から訪れた客人の説明により、それらの島々は日本の領土ではなく、それどころか日本を統治する王もいないと分かった。

 日本の現状は、各地の有力者がそれぞれにその土地を支配し、みかどと呼ばれる名目上の権威者がその権力に正当性を与えているに過ぎないらしい。

 その最大勢力がスペインと同盟を結んだ織田家で、織田家の下で混乱に終止符が打たれつつあるそうだ。

 

 日本の実情を知った女王の決断は早かった。

 蝦夷地と日本人が呼ぶそれらの島々を早急に探索する事を命じ、王国民の入植を図ったのだ。

 私掠船の船長である男がその島に来たのは、新大陸の富を積んだスペイン船を襲うには危険が大きくなり過ぎ、別の稼ぎ道を探していたところ、立ち寄った酒場で女王の命令を耳にし、これだ!と思ったからである。

 日本はスペインと新大陸の中間に位置し、それぞれを行き来する船が必ず立ち寄る港を持ち、交易によって相当に儲けていると聞く。

 スペイン船にとっても日本の存在はありがたく、利益の増大につながっているようだ。

 かつては長旅に備えて水と食料を積載しなければならず、その分運べる荷物は少なくなる。

 限界まで積めば船足は遅くなり、男のような海賊に狙われたらひとたまりもない。

 しかし、途中に日本がある事で航海に必要な物資を減らし、その分荷物を増やす事が可能になった。

 また、陸地沿いに進む事が出来るので航海の安全性が格段に向上し、かつスペイン海軍が日本の港に駐留して航路を警戒するようになり、海賊行為をするのも一苦労となっていた。

 男にとって日本は金儲けを邪魔する憎き相手であり、その日本の島を荒らせると思って即座に手を挙げたのである。

 

 『旗は?』


 男が尋ねた。

 西から海賊仲間がやって来る可能性もある。

  

 『丸に十字ですぜ!』


 見張りが答えた。

 男はハッと思い出し、隣にいた補佐に言う。


 『丸に十字っていやぁ、海軍の奴らが言っていた旗か!』

 『大砲を撃ちもしねぇで、蚊みてぇに寄ってくるから次々と沈めてやったとか自慢してやしたね』


 以前、ここよりも王国に近い島で海軍の船と出会った事がある。

 イングランドと友好関係を結ぼうとしてきた日本の一勢力、伊達家に頼まれ、艦船を派遣する事になったそうだ。

 着いて早々、友好的ではない船団と遭遇したので威嚇で大砲を発射したところ、敵意を持って接近を試みられた為、砲撃によって多数を沈めたという。

 結局、敵は鉄砲を撃つばかりで大砲は一発も撃たないままだったと聞く。


 『海軍にやられた恨みを晴らしに来たって事か!』


 男は合点がいった。

 未開な野蛮人にありがちな、相手の力量を推し量れずに何度も勝負を挑む展開であろう。

 生来の残虐性が目覚め、男の目がギロリと光る。


 『どうしやす?』

 『迎え撃つに決まってるだろ! 急いで船に戻るぞ!』

 『へぇ!』


 砦で休んでいた部下達を叱咤し、小舟に乗り込み船へと帰った。




 『見ろ! 下手糞な操船だぜ!』

 『全くで!』


 近づいてくる日本の船はあっちにフラフラ、こっちにフラフラとしていた。


 『連中、風を読めてねぇらしいぞ』

 『初めて航海に出た新人ルーキーみたいですね』


 風は南から吹き、そこまで荒れてはいない。

 

 『まるでなっちゃねぇな!』

 『乗ってるのが使えねぇ奴らなんだろ!』

 『新大陸の野蛮人と同じなのさ!』


 部下達も悪態をついた。

 新大陸では原住民とも戦いになった事がある。

 動物の皮を纏い、石で作った矢じりを使うような未開人であった。 

 鉄砲の音に仰天し、恐れをなして逃げ出すような輩であったが、受けた恨みは忘れないのか、その後もしつこく追いかけてきた。

 もっとも、その度に返り討ちにしてやったのだが。


 『お頭ぁ、どうしやす?』


 副船長が尋ねる。

 男に名案が浮かんだ。


 『遊んでやるか』

 『どうするんで?』


 戸惑う副船長に言う。


 『敢えてギリギリまで近づけさせてやり、連中の目の前で大砲をお見舞いしてやるのさ』

 『そりゃ面白そうで!』


 敵の操船技術は低い。

 面白そうだと船内は沸いた。

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