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第157話 船出

「それは何をしているのです?」


 船のあれこれに興味がある宗茂(20)が、忙しく働いている船員の一人に尋ねた。

 宗茂の事を知っているその者は困った顔をする。


 「船の操作は風の変化に合わせ、刻々と変わります。邪魔をしてはなりません」

 「そうでしたか!」


 見かねた勝二が口を出す。

 素直な宗茂はその意味を理解し、大人しく引き下がる。

 それ以後は邪魔にならない位置で作業を見守るのだった。


 「どなたかの手が空いた時で構いませんので、船の操り方を是非ともご教授願い

ます!」


 潮と風が安定したのか、手を休める者が出てきた事を把握し、大きな声を張り上げて宗茂が頭を下げた。

 島津の船乗り達は互いに目配せしあう。

 お前がしろ、いや、お前に任せるとでも言いたげだ。

 ざわつく中、後ろの方から素っ頓狂な声が上がる。


 「どうして俺が!?」


 その声に対して叱るような、言い含めるような物言いが続く。 

 と、不服そうな顔をして一人の若者が進み出た。

 目鼻立ちの整った男だった。

 真剣な目をした宗茂に向かい、ぶっきらぼうに自分の名を告げる。


 「島津家久が嫡男、豊久(17)だ」


 それを聞いた宗茂は驚く。

 豊久にではなく、その父親の名前に、である。 


 「家久公と言えば島津海軍の御大将ではございませんか!」

 「まあよ」

 「そのご子息に教えて頂くとは光栄です!」


 宗茂の物言いに豊久は誇らしげな顔をする。 

 父家久は信長の欧州入りに合わせ、船団を指揮している。 

 

 「船のあれこれの前に、ロープの結び方が分からねぇと話にならねぇ」


 そう言って近くに置いてあったロープを手に取り、甲板上に張り巡らされたロープの一つに向かい、結び方の一つを見せる。


 「これがボウライン」


 基本と言える結び方、もやい結びである。

 そしてほどき、別のやり方をしてみせた。


 「クラブヒッチ、ダブルオーバーハンドノット、リーフノット、シートベンドくらいは覚えてもらわねぇとな」


 船乗りの基本技、ロープテクニックを披露した。


 「お借りしても?」


 待ちきれないといった表情の宗茂が豊久に尋ねた。

 豊久は頷き、ロープを渡す。


 「慣れねぇうちは手こずるかもしれねぇが、練習すれば目を瞑っても出来るようになるぜ」


 自分もそうだったから、出来なくても心配するなと言いたいのだろう。

 そんな豊久の心配りなど聞いていなかったかのように、宗茂はスルスルとロープを器用に扱う。

 

 「ぼーらいんはこうでしたな」

 「嘘だろ?!」


 その結び方は正しかった。

 豊久は驚き、半信半疑で口にする。


 「偶々じゃねぇよな?」

 「ではもう一度」

 

 宗茂はロープをほどき、再びボウラインをしてみせた。


 「合ってる……」


 やはり間違っていない。


 「もしかしてやった事があるのか?」

 「いえ、初めてですよ」


 その答えに納得出来ない。


 「初めてなのにどうして出来るんだよ?」

 「これくらいでしたら一度見れば大丈夫です」

 「マジかよ……」


 信じられないと豊久。


 「次はくらぶひっちでしたか」


 そんな豊久を他所に、宗茂は先ほど見た結び方を次々に再現していく。


 「本当に一度きりで覚えてやがる……」


 豊久以下、船員達は唖然とした。

 彼らを遠目で見守る道雪が隣の勝二に言う。


 「婿殿は文武両道の男でな。武芸は剣、槍、弓、薙刀、石投げに至るまで秀で、文芸はというと、連歌から始まり、書、香、蹴鞠、狂言、能、笛、料理、花器作り、仏具作り、弓作りと、実に芸達者なのじゃ」

 「多芸ですね……」


 勝二にはよく分からない文化が多かった。


 「しかもそのどれもが名人級ときておる」

 「……言葉に詰まりますね……」

 

 才能に溢れた者はどこの時代、どこの国にもいるようだ。 

 真っ先にレオナルドダヴィンチを思いつく。


 「先ほどの縄の結び方でもそうじゃが、複雑でなければ一度で覚えてしまうようじゃ」

 「実に羨ましい限りです……」


 手先が器用でない勝二には想像もつかない。

 手慣れた筈の作業でも偶に間違える事があるくらいだ。


 「異国の言葉も直ぐに覚えてしまうかもしれんのぅ」

 「アイルランド語は私も勉強中ですから、宗茂様が習得して下さればこちらとしては大変にありがたいですが……」


 目下習得中だったが、思った以上に手こずっていた。

 通訳が一人きりだと双方で困るので、是非ともそうあって欲しいと思う。


 「それくらいで自惚れんなよ!」

 「では早速! 次は是非とも大砲の扱いを教えて下され!」

 「ロープを扱えたくらいで調子に乗んな!」


 掴みかかる勢いの宗茂をピシャリと一喝した。


 船は風をはらんで波を掻き分け、瞬く間に小田原の町が見えてくる。

 流石は新型船だなと勝二は思った。


 『あれが小田原城ですよ』

 『あの城も立派ですね!』


 ネイルは歓声を上げた。

 大坂城に優るとも劣らないように見える。

 

 『小田原を統治しているのは北条家で、今は4代目の氏政様です。初代である早雲公は一介の浪人から身を興し、大名の地位にまで登りつめた、まさに下剋上を体現した人物です』

 『ろうにんとは?』

 『浪人というのは、まあ、簡単に申しますと、仕える君主を探している元役人と

いったところでしょうか』

 『貴族の子弟から国王になるようなモノですか?』

 『そのような理解で宜しいかと』

 『それは凄い!』


 北条早雲と呼ばれる伊勢新九郎盛時は浪人ではなかったそうだが、ネイルに分かりやすいよう、そのように語った。

 アイルランド人にとっては成功事例として参考になろう。


 『北条家の治世ですが』


 港に船を寄せ、陸へと上る。

 町を進みながら勝二が説明するよりも早く、ネイルは感想を述べた。


 『暮らしている人々の表情を見れば、この地に善政が敷かれている事が見て取れます』


 彼の言う通り、道を行き交う人々の顔は明るかった。

 勝二は頷き、言う。


 『北条家は周辺諸国に比べて税が軽く、飢饉に備えて食料を備蓄しつつも、生活に困った世帯へ配るなど、民衆へ心を配る政治をされています』

 『そんな名君が存在するとは……』


 ネイルは思わず天を仰いだ。


 『圧政を当然とする傲慢さを持ち、際限なく富を求める強欲さに加え、民が飢えても自身は貪り食らい、他の成功や名声に嫉妬し、集めた税が少なかったり、反乱でも起きようものなら怒り狂い、領地に赴く事すらいとうくらいに怠惰な癖に、色情には狂っている』

 『七つの大罪ですか。確かにイングランド貴族はその全てを体現しているかのようです』


 勝二の言葉に、深く深く溜息をついた。




 「富士が噴火するやもしれぬだと?!」

 「あくまで可能性です。頭の片隅に留めておいて下さいませ」


 氏政に謁見した勝二は、富士山の噴火について述べた。


 「恐怖心を煽りたい訳ではありません。噴火が起こればどのような危険があるか、予め知っているだけでも違いますので」

 「そ、そうだな!」

 

 青い顔をしている氏政を安心させた。 

 勝二の知識に信頼を寄せているらしい。


 「しかし、もしそうなれば民への影響は甚大だな」

 「噴火の規模にもよりますが、富士山の周辺一帯は壊滅するやもしれません……」

 「かといって、いつ噴火するのか分からぬのに村を捨てさせる事は出来ぬし、受け入れる村とてないぞ」

 「仰る通りです……」


 仮にいつ噴火するのか分かっているとしても、それを誰かに信じさせる事は難しい。 


 「もしも噴火が始まれば、直ぐに頑丈な建物へ避難する等、予めお触れを出しておけば少しは……」


 犠牲を減らせるだろうという言葉は飲み込んだ。


 「他ならぬその方の頼みだ。善処しよう」

 「ありがとうございます!」


 聞き入れてくれた氏政に深く感謝した。

 港では物資の補給が完了しており、直ぐに小田原を発つ事が出来た。

 南部領に寄り、イングランド船の目撃情報を確認する。

 下北半島から始まり、徐々に南下していた。

 やはり津軽海峡は抜けていないようだ。

 となると、千島沿いに進んで来た可能性が大となる。

 蝦夷地の海岸沿いを慎重に進み、襟裳岬えりもみさきに近づいた時だった。


 「あれを見ろ!」


 マストの上から見張りが大声を出す。

 見れば数百メートル向こうに、風を避けるようにして海岸近くに停泊する、三本マストの船が一隻あった。


 「旗は?」


 探すイングランド船かどうか、確認を急ぐ。


 「黒地に白で……髑髏どくろ?」


 その報告に勝二はハッとする。


 「海賊船だと思われます!」

 「つまり敵だろ!」


 豊久が叫ぶ。


 「戦いに備えろ!」


 船長の指示に、たちまち船上は慌ただしくなった。

宗茂の持つスキルは常識的に考えて壮年にかけて習得したモノでしょうが、ここでは既に身につけているモノとします。

海賊旗はイメージです。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 海賊旗って、もう少し後じゃなかったっけ?
[一言] ほっかむりに泥棒髭生やして唐草模様の風呂敷包みを背負った泥棒位テンプレだけど、この位解りやすい方が良いやな。
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