第150話 愛の戦士
「戸次道雪と申す」
「ご高名はかねがね」
一行を出迎えた直江兼続は道雪に向かい、恭しく頭を下げた。
眼力鋭いその男は、仕える君主が樺太に流される際、迷う事なく従ったと聞く。
智勇に秀で、仁義を備えた真の武士とあり、自らが軍を率いた戦では負けた事がないというから驚きだ。
その巧みな采配振りには、先代謙信と渡り合った武田信玄が、戦技を競ってみたいと願ったそうである。
また、身を賭して主人を諫め、裏表の区別なく忠義を尽くしたと耳にする。
それはまさに兼続が理想とする武人の姿を体現していた。
「戦の神などとおだてられ、天狗になった結果が先の敗北じゃろうて。ここにおるのは先の短い老いぼれに過ぎぬよ」
自分を仰ぎ見るような兼続に、道雪は苦笑を浮かべつつ自虐した。
終わり良ければ総て良しと言うが、最後の最後で盛大に負けたこの自分が、戦いの神とはおこがましい。
「戸次殿にお願い致す。戦に臨み、心に留めておくべき事とは何か、愚昧な私めにご教授下さいませんか?」
道雪の呟きなど耳に入らなかったようで、兼続は真剣な顔で頭を下げた。
「このような老いぼれの浅知恵など無用の長物じゃろうて」
「是非に!」
断る道雪に食い下がる。
その必死さに心打たれたのか、ややあって口を開いた。
「そこまで言うのならば、敗軍の将の戯言としてお聞き下され」
「感謝致します!」
兼続は姿勢を戻し、道雪の言葉を待った。
「戦にあってはまず戦法を定め、情勢を読んで正法と奇法を用いるべし。正法を以て引き分けとし、奇法を以て勝ちとすれば、どのような戦であれ、負ける事はないであろう」
実は先の戦も、道雪が率いた場面では負けていない。
主君が負けを認めた為、敗北したに過ぎないのだ。
「心に刻みます」
隣で聞いていた勝二にはサッパリだが、そこは戦国を生きる武将同士、多くを語らずとも通じるらしい。
正法とは正攻法、奇法とは奇襲や伏兵の類であろうと推測した。
「それはそうと、どうして越後に?」
兼続が勝二を見ながら言う。
言外に、道雪を連れている理由を尋ねているようだった。
彼の仕える大友宗麟が許され、島流しが解かれたとは聞かない。
その忠臣ぶりを信長に賞賛されたとはいえ、島流しの最中に島を抜け出し、越後に来てもらっても困る。
「実は、彼の生まれ故郷で国を作る事になりまして……」
勝二はネイルを紹介しつつ、ここに至る事情を説明した。
「何と言いますか、相変わらずでございますね」
半ば呆れつつ兼続は言った。
南蛮国に渡った事ですらも驚いたのに、今度は別の国に行って戦うという。
その理由も驚愕する。
イングランド王国の支配から脱し、自分達の国を作るとは、まるで百姓の持ちたる国を思わせる。
重税に苦しむ民を思っての事と知り、いたく感心した。
と、屋敷の者が報せを持って来る。
「景勝様がお待ちです。参りましょう」
兼続は促した。
『あれは何ですか?』
廊下を歩いていると、何かに気づいたネイルが勝二に声を掛ける。
勝二はネイルが見ている先に視線を向けた。
『あれは我が国の武士が身につける鎧です』
『あれが甲冑なのですか!』
それは兼続の鎧だった。
金小札浅葱糸威二枚胴具足に、例の兜が置かれている。
二人の会話を察し、兼続が説明した。
「伊達との戦から帰ったばかりですので、干しているところです」
湿気たまま保管するとカビが生える。
風通しの良い場所で乾かしているようだった。
「見学しても?」
「多少なら」
「ありがとうございます」
景勝が待っているので足を止めて見る程度とする。
『何と見事な防具なんでしょう! まるで芸術品のようです!』
ネイルが感嘆の声をあげる。
樺太に流された道雪達は、身を守る最低限の武器は許されていたが、戦に用いる鎧兜は禁止されていたので、彼が見る事はなかった。
色鮮やかな糸で刺繍が巧みに施されている。
『これは日本の言葉ですね? どのような意味ですか?』
読めはしないが日本人の用いる文字だと分かった。
一応、勝二は持ち主に確認する。
「この文字の意味を知りたいそうです」
「愛宕権現から頂いております」
愛宕権現は軍神として信仰を集めていた。
勝二はそれを翻訳し、一部補足して伝える。
『神様の名を拝領しており、愛を意味します』
『神!? 愛!?』
ネイルはビックリとした顔をした。
「霊験にあやかれればと思いまして」
それを見た兼続が言った。
『神の加護を期待しての事だそうです』
『神の加護?!』
キリスト教徒が十字架を掲げるようなモノだろうか。
『神の愛を掲げて戦うとは素晴らしいです!』
「神は神でも唯一神とは概念が違いますが……」
勝二は小声で呟いた。
信仰心の篤い人には受け入れ難い話であろう。
喜ぶネイルに兼続が告げる。
「そうだ、これを貴殿に差し上げましょう」
『え?!』
「民の為に戦うのだと聞き、心動かされました。貴殿にも愛宕権現の加護がある事を祈っています」
何を言っているのかとネイルは勝二を見た。
兼続の言葉を伝えたところ、驚きに声を失ったようである。
勝二は兼続にその真意を尋ねる。
「宜しいのですか?」
「構いませんよ。これも何かの縁でしょうし」
これによりアイルランドはおろか、イングランド中に轟く事となる、愛の戦士が誕生した。
※参考資料、直江兼続の鎧兜:『Noae Kanetugu Yoroi.jpg』GNU Free Documentation License
深くは考えないで下さると助かります。




