第147話 道雪、樺太を去る
「ジャガイモの料理をいくつかお教えいたします」
当初の目的であった、樺太と毛利をつなぐ話し合いは特に大きな混乱もなく終了した。
塩を多く必要としていた樺太側に対し、流下式によってその生産量を増やしていた毛利家が供給を約束し、両者にとって益のある結果となった。
用事を終えた勝二は道雪とネイルを伴い大坂へと帰る。
その前に、樺太の食事事情を少しでも改善すべく、直ぐにでも実践出来るアドバイスを送る事にした。
まずはポテトチップスである。
「皮がついたジャガイモを薄く切って水に晒し、水気を切って油で揚げ、塩や醤油で味付けすれば、パリッとした食感を楽しめるお菓子となります。芋の薄揚げとでも呼びましょうか」
勝二自ら包丁を手にし、彼らの目の前で調理していく。
出張先では貧困に苦しむ地域もあり、栄養事情の改善が必要で、手に入る物を美味しく食べる工夫が求められた。
やり方を教える機会は何度もあり、ここ最近はさっぱりだが包丁さばきは慣れたモノである。
名前は適当に考えた。
「出来たのか?」
好奇心に満ちた顔の宗麟が尋ねた。
勝二は微妙な顔をする。
揚げたてが美味いのだが、宗麟の身に何かあると不味い。
「毒見は宜しいのですか?」
「今更だ!」
渋る勝二を無視して皿へと手を伸ばす。
キツネ色に揚がった数枚を無造作に掴み、その中の一枚を口へと放り込んだ。
「成る程、パリッとしておる!」
そう言って次々と口に運び、バリバリと平らげた。
「道雪も食べてみよ」
「では遠慮なく」
宗麟に促された道雪が試食する。
「塩気が効いて美味いですな」
お世辞ではないようだった。
「見ているだけでは身につきませんので、実際にやってみましょう」
見ているだけ、聞くだけでは右から左に通り抜け、なかなか残らない。
とはいえ全員にやらせる程に油がある訳ではないので、料理の上手な女達を選んでもらった。
集落では狩りで仕留めた獣から脂を取り、使用している。
開墾が進み、大豆の作付けが多くなれば、それから油を絞る事も出来よう。
「既にご存知だとは思いますが、ジャガイモの芽や緑色になった部分には毒が含まれております。その部分は注意深く切り取って下さい」
処理が不十分な物は指摘し、徹底させる。
「上面が薄茶色になりましたら裏返し、裏側にも火を通します。こんがりとなりましたら出来上がりです」
中には焦がし気味な者もいたが、初めてにしては上手であった。
出来た物を集落の皆で分かち合う。
「パリパリとした音が小気味良い!」
「美味いな!」
概ね好評であった。
「次です」
味見で喜ぶ聴衆をよそにハッシュドポテトへと移る。
「皮をむいて小さく切ったジャガイモを蒸籠で蒸し、熱いうちに形が崩れる程度潰します。潰し過ぎると食感が悪くなるのでご注意下さい」
手際良く調理していく。
水で煮るとビタミンが抜けていくので蒸している。
「塩や醤油、味噌などで味付けし、小判の形にして油で揚げていきますが、小麦粉を少し混ぜるとまとまりやすいです」
説明しつつ揚げていった。
「芋の薄揚げとは違ってホクホクじゃ」
「これもまた良い加減ですな」
出来上がった物をつまんだ宗麟らが感想を述べる。
「次です」
勝二の持つレシピは尽きない。
「蒸して丁寧に潰したジャガイモにほぐした鮭の身などを入れ、塩で味を調えればジャガイモの白和えの完成です」
マヨネーズの入っていないポテトサラダが完成した。
将来的には乳牛を導入して牛乳を手に入れ、チーズ作りまではやっておきたい。
牛乳とチーズがあればレパートリーは格段に増える。
「道雪よ」
「何でございましょう?」
そして出発の朝、しんみりとした顔で宗麟が呼びかける。
「儂は、その方らが忠義を尽くすには愚かな主君であった。許せ」
大勢が見ている前にもかかわらず、かつて大名であった男が頭を下げた。
長年に渡って仕えてきた忠臣との別れを前にし、感情が昂ぶったようだ。
海を越えて行く旅は危険が多く、かつ70を越えた道雪の歳を考えれば二度と会う事はないだろう。
「この島に来た初めの年は苦労の連続でしたな」
一所懸命を体現してきた道雪は、自分に頭を下げた君主を見る事もなく言った。
昔と言える程には昔でないが、過去を懐かしむような声色である。
「アイヌの者に助けてもらわねば、飢えて死ぬか凍えて死ぬかのどちらかであったでしょう」
「そうだな」
宗麟は相槌を打つ。
自分達の家がなかった初めの冬は、招いてくれたアイヌの家に皆して詰めかけ、体を寄せあって寒い夜を乗り越えた。
野山に生える草木にしても、毒のある物、食べられる物の区別はつかず、一から彼らに教えてもらわねばならなかった。
「米は野山に勝手に生えているのではない。田んぼに水を引いて苗を植え、何度も手入れをして実りを迎え、それで初めて収穫が出来る」
宗麟は黙って頷く。
田は作っていないが、畑を作るのも同じような作業であった。
「それに、田も元から田であった訳ではない。野山を切り拓いて田畑に変えてきた結果です。その苦労と出来上がった時の喜びは、自分で体験して初めて分かりました」
「うむ」
同意しかない。
大木を切り倒し、家の材料とする為に運び出して残った枝葉を焼き払い、地中に残った根を深く掘り返して取り除いた。
毎日泥まみれになりながら作業を続け、ようやく出来上がった畑を眺めた時、胸の奥より湧き出る感動に体が打ち震えた。
「以前の我らであれば、米は百姓から年貢として取り上げれば良い。それが当たり前でしたな」
「確かにな」
今にして思えば何と傲慢な考えであったろうか。
「百姓の負担は年貢だけではなく、苦労して田畑に変えた土地が戦場となり、順調に育っていた稲が踏み荒らされる事もある。そんな彼らの心中など、ついぞ考えた事すらありませなんだ」
「思い上がっていたのだな」
国を治めると言えば聞こえはいいが、その為にどれだけ惨い事をしてきたのか。
「民の味わう苦しみを知らず、戦に明け暮れた我らは愚かでした」
言葉はなく深く頷いた。
「さらばだ」
岸を離れた船に向かい宗麟が呟く。
愚かな事を続けてきたと悟りながら、老臣を送り出す先は修羅の道であり、自分達に待つのもまた争いらしい。
「愚か者は死ぬまで愚かな事を続けるのであろう」
去り行く船に語り掛けた。




