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第145話 ネイルの事情

 「ネイルさんはどうしてこの島に?」


 泣くに任せ、勝二は道雪に尋ねた。

 大の大人がみっともないと言うのは容易い。

 しかし、異国にあって涙を堪えきれぬ時もあろう。

 

 「何度か尋ねたが、聞き取れぬ言葉でまくし立てるだけでのぅ」


 覚えた言葉は簡単な会話が出来るくらいで、複雑な内容になるとまだまだだった。

 伝えたい思いが強すぎて、冷静でいられないのだろうと道雪は見ている。 


 「そうじゃ!」

 「どうしました?」


 道雪が声を上げる。


 「お主はあの者の言葉が分かるのであろう?」

 「買い被り過ぎです。挨拶程度しか分かりませんよ」


 嫌な予感がした。

 

 「つべこべ抜かすでない! 兎に角、あの者の事情を詳しく聞き出せ!」

 「わ、分かりました!」


 短気な性格の者が多いようである。

 

 「うーん、アイルランドの生まれだと英語が分かるのかな?」


 ネイルが泣き止むのを待ち、とりあえず尋ねてみる事にした。


 「ドゥー・ユー・スピーク・イングリッシュ?」


 その質問にキョトンとした顔をする。

 これは駄目だと次を試した。


 「エスパニョール(スペイン語は)? フランセ(フランス語は)?」


 どちらも分からないようだ。


 「ラティーナ(ラテン語は)?」

 「ラティーナ?! インテリゴ(分かります)!」


 ネイルが目を輝かせて答える。

 修道士である彼は、神への祈りをラテン語で捧げられるくらいに習得していた。

 勝二はホッとする。

 

 「何と言った?」


 二人の反応を見て道雪が問いかけた。

 

 「ラテン語が分かるそうです」

 「その方はどうじゃ?」

 「日常の会話には苦労しない程度です」

 「それは助かる!」


 勝二の説明に喜び、早く聞けと催促するのだった。

 ネイルに向き合い、樺太にいる訳を尋ねる。


 『あなたはどうしてこの島に来たのですか? それとも遭難ですか?』

 『祖国アイルランドの為です!』


 先ほどまで泣いていた男とは思えない、力強い回答である。

 しかし、まるで見当がつかないので重ねて尋ねた。

 

 『祖国の為ですか?』

 『そうです!』

 『どういう意味ですか?』

 『ケルトの神話に、マグ・メルやティル・ナ・ノーグという楽園のお話があります。アイルランドの西方に浮かぶ島だとされ、過去、数々の船乗り達がその島を目指して旅立ちました。私も修道士になる前は、冒険の旅に出る事を夢見たモノです』


 遠くを見る目でネイルが説明する。

 そして勝二を見つめ、言った。 


 『そんな時です。アイルランドから遠く離れた、あなた方の国日本が大西洋に現れたと耳にしたのは』

 『日本がその楽園だと?』


 その質問にネイルは首を振る。


 『既に人の住まう地が我らの楽園な筈がありません。仮に我らの物だと思い込み、力づくで奪うような行為に出るなら、許し難きイングランド人と同じになってしまいます』

 『成る程』


 勝二は頷いた。

 ちょうどこの頃、エリザベス女王の時代、イングランド王国によるアイルランド支配が本格的に進み始めている。

 記憶を思い出しているとネイルの口が動く。


 『ですが……』

 『何でしょう?』

 『少なくとも神が我らに示したもうた、安住の地へとつながる手がかりではないかと』


 樺太で何を感じ取ったのか、その顔からは読み取れなかった。




 「そのような事情があったとはのぅ……」


 勝二の説明に道雪は溜息を漏らす。

 アイヌに連れて来られた時の事を思い出した。

 思いつめた顔をしていたが、そのような理由があったのなら納得である。  


 「これも何かの縁じゃ。何か力になってやれんのか?」

 「と申しますと?」

 「この島の開拓にはまだまだ人手が必要じゃ。ネイルの故郷からも人を連れて来てはどうかと思ってな」

 「移住者ですか」

 「左様。この島には手付かずの森がどこまでも広がっておる。それを切り拓いて畑に換えれば、今とは比べ物にならない程に多くの者を養う事が出来よう」

 

 確かに一つの案だが問題も多い。


 「我々のように陸地沿いに進むのなら兎も角、大西洋を越えるのはまだまだ危険だと思われます」

 「左様か……」


 樺太に来るまでの航海で、海が荒れた事が何度かある。

 暴れ馬が可愛く思える程に船が揺れ、海の藻屑となる事を強く意識した。

 船の何倍もあるような高さの波が尽きる事なく襲い掛かり、命からがら逃げおおせたという風だった。

 これまで数えきれない程の戦場を渡り歩いてきた道雪だったが、大自然の猛威の前に、自分の力など塵芥ちりあくたに等しいと感じた。

 そうであるので、海を越える事の大変さについては異論がない。

 むしろ軽々しく口にすべきではなかったと後悔した。


 「しかし何故、安住の地を他所に求める? あ奴の故郷は人が住めない荒れ地なのか?」


 ふと疑問に思ったという感じで、それまで黙っていた宗麟が口を開いた。

 その辺りの説明は難しい。


 「アイルランドの東隣には、船で容易に行き来出来る距離にブリテン島があります。ブリテン島は北部のスコットランド王国、南東部にあって最大勢力でもあるイングランド王国、そして西部に位置し、イングランドの支配下にあるウェールズ公国とに別れております」

 

 勝二は簡単な地図を書いて説明していく。


 「アイルランド島はブリテン島の半分程度の広さしかなく、比べれば人が少ない為、その近さもあって昔から軍事的な脅威に晒されてきました」


 その歴史を語れば長くなるので割愛した。


 「今のイングランド王家はウェールズを発祥とするテューダー朝で、女王エリザベスが国を統治しています。女王エリザベスは同時にアイルランド王でもあり、自身が新教徒、つまりプロテスタントですので、カトリックであるアイルランドを宗教的にも押さえ込んでいる、そんな関係です」


 勝二の説明に宗麟が疑義を呈す。


 「何故異国の者に国を好きにさせる? 団結して反乱を起こせばよいではないか」


 まるで理解出来なかった。

 昨日までは手を結んでいた勢力と、今日には争うのが戦国の世である。

 兄弟や親戚、有能な家臣であってもそれは同じで、裏切り裏切られるのが当たり前だった。

 だから尚更分からない。

 

 「イングランドは反乱に容赦がないと聞きました」


 反乱の鎮圧に際し、数万人を餓死に追いやるなどしている。


 「長島に籠る一向宗徒を根切りした、信長公を彷彿とさせるな」


 宗麟が皮肉を込めて言うが、勝二は軽く聞き流した。

 取り合わない勝二に興を削がれ、別の質問をする。


 「それはそうと、イングランド兵は数で優るのか?」

 「分かりかねますのでネイルさんに聞いてみます」


 そこまでは知らない。

 ネイルに尋ね、それを伝える。


 「イングランド兵は数で劣りながらも、マスケット銃、つまり種子島ですが、それらを多く装備して火力で圧倒しているそうです」

 「ならば我が方の種子島をネイルの故郷へ送り、イングランドを追い払えば良かろう」

 「それは!?」


 アルマダの海戦を覆す、一つの策が見えた。

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