第14話 勝二の家臣第一号
『これが金閣寺です』
『おぉぉぉ! 金色だ!』
降伏勧告を告げ終わった勝二はカルロスを連れ、京都観光に来ていた。
その返事はその場では為されず、信長の提示した条件について本願寺側で協議を重ね、後日に答えを出すようだ。
戦にならない事を祈りつつ、カルロスらを見物に集まった群衆を掻き分け、町を散策する。
『表面に金箔を貼り付けております』
『そういう作りですか!』
黄金の国ジパングの元は中尊寺金色堂とも言われているが、遠いので金閣寺に留めた。
日本の伝統や文化、歴史について説明する。
『伏見稲荷大社です』
『おぉ! 幻想的だ!』
後世でも人気の観光スポットを案内していく。
大満足のうちにカルロスの京都観光は終わった。
船に戻り、錨を引き上げる。
名残惜しそうなカルロスに向かい、勝二は言った。
『堺に寄って下さい』
琉球貿易や南蛮貿易の拠点として栄えた環濠都市、堺。
堀に囲まれたその町は、大小様々な船で賑わっていた。
信長の指示で、ここで土産を持たせる事となっている。
「今井宗久と申します」
出迎えてくれた堺の商人、宗久(59)が名乗った。
宗久は信長に重用された商人で、高名な茶人でもある。
千利休(57)、津田宗及と共に、茶湯の天下三宗匠と称された。
その二人も信長とは懇意で、商人仲間となる。
「五代勝二です。この度は宜しくお願い致します」
勝二も丁寧に頭を下げた。
商社に勤めていた勝二にとり、宗久はその道の大先輩と言える。
尊敬の念を抱き、この場に臨んだ。
「貴方が勝二様ですか。お噂はこの堺にも広がっておりますよ」
「そ、そうですか? 碌なモノではないのでしょうね……」
「いえいえ、とんでもない。初めて耳にした時には信じ難いと思いましたが、今となっては我々にとって大変にありがたいお話でした」
商人にとって情報は何よりも大切で、どんな内容でも知っておいて損はない。
貿易の町堺にとり、日本の位置が変わったという話は、真偽の程はさておき捨て置けない内容だった。
どんな事でも勝二から聞いておきたいと思う。
とはいえ、今はその時でない。
「堅苦しい話は別の機会にでもさせて頂くとして、今は信長公の命を果たさせて頂きます」
「宜しくお願いします」
勝二は堺の案内をお願いした。
「堺の鉄砲鍛冶です」
『おぉ! 我が国とは作り方が少々違うが、見事な作りだ!』
日本における鉄砲の主要な生産地でもある堺。
その生産現場を見学し、職人たちの持つ技術にカルロスは感じ入る。
出来た製品は本国の物に劣らない質だと思った。
石山城を包囲していた信長軍も、相当なモノであったと言える。
大砲の類こそ見られなかったものの、動員数も装備も驚嘆に値した。
「京の漆器となります。お持ち帰り下さい」
『これが実用品なのか?! 色艶が素晴らしい!』
お土産を渡され、カルロスが喜んだ。
「狩野派の屏風です」
『おぉ! これも凄い!』
その豪華さは金閣寺のようであった。
何に使うのかは分かりかねたが、調度品として素晴らしいと思う。
こうして土産品を数多くもらい、カルロスは上機嫌でスペインへと帰っていった。
「只今帰りました」
「ショージ!」
安土城へと戻った勝二は弥助に出迎えられる。
連れて行けという願いを却下し、城に留まってもらっていた。
どこの者とも知れない二人を一緒にする事なく、別々において様子を見る必要があった。
堀秀政からそれとなく匂わされ、意を汲んだ結果だ。
弥助は子供達に囲まれ、遊んであげている。
「弥助さんはすっかり人気者ですね」
言葉の分かる珍獣くらいに思われているのか、周りはいつでも人に溢れていた。
夜は夜で、弥助の話を聞こうと大人達が集まりもする。
異国で一人なのに、忙しさの余り心細さを忘れていた程だ。
「お頼み申す」
珍獣が二人になって更に見物客が増えた頃、一人の男が勝二の屋敷を訪れた。
「貴方は顕如様の所にいらした……」
「鈴木重秀と申す」
「そうでしたか? ようこそいらっしゃいました」
石山城にいた雑賀孫一であった。
雑賀衆の頭目として鉄砲隊を率いた孫一は、織田家にとっては不倶戴天の相手に近い。
偽物の首を京に晒した程で、その名をここで使う訳にはいかなかった。
「本日はどのようなご用件で?」
「家臣にして頂きたく、駆け付けた次第」
来訪の目的を尋ねる勝二に、孫一改め重秀は頭を下げながら答えた。
勝二は驚く。
家来にして欲しいとは生まれて初めての経験で、戸惑うばかりだ。
会社では後輩の面倒を見ていたが、そんなモノとは比べようもない事態だろう。
家臣にするとは、つまりその者の生活を守らねばならない訳で、サラリーマンしかやった事のない勝二には想像もつかない責任が発生する。
はいそうですかと頷ける筈もなかった。
それに、一番大きな問題もある。
「えぇと、何と言いますか、私には家臣を賄う俸禄がありませんので……」
「何ですと?! ううむ、そのような者に和議の交渉を任せるとは……」
勝二は信長に仕える事になったが、俸禄がどれ程なのかは決まっていない。
屋敷には下女が来て食事の用意をしてくれているが、食材に至るまで何一つ対価を支払っていない状態である。
疑問は湧くが、考えても仕方ないと諦め、待つだけだと思った。
重秀にとっては信じられない。
織田家を代表して交渉に訪れた者が、まさか無給とは思いもしなかった。
それなりの地位にある者だと思ってやって来たのに、どうしたモノかと困り果てる。
「ですので、今回はお帰り頂けるとありがたいのですが……」
「帰る訳にはいかぬ!」
勝二の勧めを断固拒否した。
そんな二人のやり取りを見ていた弥助も、自分の扱いに疑問を抱く。
「ショージ、僕は一体どうなっているの?」
「弥助さん?」
ヴァリニャーノの従者であった時には従者としての仕事があった。
今は何をやれとも言われず、屋敷に集まる子供達の相手をし、夜は大人達に自分が見てきた事を話すだけである。
それしかやっていないのに、毎日の生活には困らない。
作ってくれた食事を食べ、片付けもする必要はなく、掃除を手伝う事も許されなかった。
何かやる事はないかと尋ねても、手を出す事自体を嫌がられた。
そんな事をされると自分の職がなくなると強く言われ、やむなく大人しくしている。
それはそれで不安だった。
「弥助さんは子供達と遊ぶ事が仕事です!」
「えぇ?!」
これ以上面倒な事態はゴメンだ。
勝二はきっぱりと言い切る。
「それが将来への布石なのです!」
「そ、そうなの?」
それっぽい事を言ってその話題を終わらせた。
それを見た重秀は、大丈夫なのかと心配になる。
「勝二殿、大変ですよ!」
「氏郷様?」
三者三様に不安げな顔の中、その空気を破るように氏郷が現れた。
肩で息をしている所を見ると、余程急いでいたのだろう。
屋敷の三人は驚いて見つめる。
ただ者ではない空気を纏った来客がいる事に氏郷は気づいたが、今はそれどころではなかろう。
「本願寺との和議が成りましたよ!」
「それは良かった!」
本願寺の使者が到着し、降伏勧告を受け入れる事が伝えられたのだ。
石山合戦の終了である。
「ついては顕如殿が安土城に参るとの事です!」
「そうなのですか」
氏郷が嬉しそうに言った。
敵の大将が安土城にやって来るという、その辺りの意味は勝二には良く分からない。
氏郷の報告はそれだけではなかった。
「しかも、加賀の尾山御坊も降伏したそうです!」
「そ、そうなのですか?」
平和な日本しか知らない勝二には、大坂や加賀で同時に戦争が起きていたなど想像もつかない。
戦はそこだけでなく、丹波や播磨でも起きているそうだ。
しかもそれは織田家に限る話で、九州や四国、関東や東北では群雄が割拠し、それぞれの覇を競っているという。
戦国時代という言葉を実感していた。
「つきましては、お館様が勝二殿をお呼びです!」
「わ、分かりました」
信長の呼び出しであった。
「琉球で?!」
宗久はその報告に驚いた。
琉球で異国の海賊が跋扈し、離島が襲われているというのだ。
堺は琉球との貿易も盛んで、かの地を治める尚永王から直々に、宗久ら堺の商人勢に支援の要請が為された。
琉球は明国との関係が深いが、台湾すらも見つけられなかったという。
どうなっているのか、その理由も併せて求められた。
「これが勝二様の言っていた事ですか?」
勝二の話によると、アメリカ大陸に広大な領地を持つスペイン、ポルトガルの船を襲う海賊が、大西洋には多数出没するという。
「詳しい話を早急にお聞きしなければ!」
宗久は安土へ行く事を決意した。
一方、時間を少々遡り、カリブ海を拠点に海賊活動をしていた船の上。
『船長!』
『どうしてこんな所に島が?!』
髭面の男達が、水平線の先に浮かぶ陸地に我が目を疑っていた。
奪った財宝を積み、カリブ海からイングランドに帰る帰路、バミューダ諸島を抜けた海域に突如として多数の島々が現れた。
バミューダからアゾレスまで、島はない筈だ。
『どうなってやがる?』
船長はどうにも理解出来ず、遠い先に浮かぶ島影を睨む。
『どうしやす?』
副長が心細そうに尋ねた。
幻には見えないが、ある筈のないモノが現れ、何かの魔術ではないかと恐ろしい。
副長の思いは分かるが、そこは海賊である。
『良し、上陸するぞ!』
『本気で?!』
『なぁに、調べるだけだ』
財宝を積んでいる今、無理する必要はない。
それよりも早く帰国し、奪った宝を分配しなければならなかった。
とはいえ、私掠免状を発行している女王に報告する為にも調査は必要だろう。
スペイン船を襲う為の基地に丁度良いかもしれない。
船長は上陸を決意した。




