表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
145/192

第139話 出航

 「右、左、右、左」


 遠くまで響く蒲生氏郷の号令に従い、行進中の男達は手足を動かした。

 

 「ぜんたーい、止まれ!」


 指示に従い足を止める。 


 「右向け、右!」


 右足を後ろへ半歩ずらし、足先を軸にして体の向きを変える。

 そして右足を左足の横に揃えた。


 「気を付け!」


 背筋を伸ばす。 


 「休め!」


 右足を開き、手を後ろに回した。

 そんな彼らを見つめる武将達の目は真剣である。

 

 「次!」


 信長の声に島津義弘が応え、自軍に指示を飛ばす。


 「前、進め!」

  

 その声に従い、島津の男達が歩き始めた。

 勝二の提案により編み出された軍事訓練の一種、集団行動である。

 隊列を組んだまま素早い方向転換を可能とし、形勢の変化に即応する事を目的としている。

  



 「始めたばかりではありますが、地図の一部をお持ちしました」


 訓練の合間を見つけ、勝二は信長に面会を求めた。

 主人は鉄砲隊、弓隊の技能向上や戦術の確認に忙しい。

 甲冑を着けたまま腰かけに座り、蘭丸が淹れたぬるめの茶で喉を潤し、ぶっきらぼうに言った。

 

 「見せよ」


 言われるままに勝二は地図を手渡す。

 信長は無言で受け取り、折りたたまれた紙を開く。

 しばらくそれを眺めた。


 「大坂城か?」

 「左様です」


 石田三成には大坂城周りから測量してもらっている。

 というより、城門の前に基点を設けたので自然とそうなった。

 信長の持つ地図には、天守閣から眺める淀川の流れそのままに、縮尺された地形が描かれていた。


 「この数字は何だ?」

 

 地図の隅に書かれた数字に気付く。


 「生じた誤差を記しております」

 「なくす事は出来ぬのか?」

 「羅針盤の作りを考えますと、止むを得ない事かと」

 「予め聞いてはいたが残念だな」


 羅針盤は常に北を指す針と、盤に描かれた方角との差を読む。

 針は揺れる上、目測でしかないので正確さは望めない。


 「測る者によっても誤差は違ってくるかと存じ上げます。何度も行い、より正確な地図となるよう継続すれば宜しいかと」


 勝二は頭を下げた。

 信長は訓練を再開すべく立ち上がる。

 

 「励め」


 そう言い残して歩き去った。




 「船の進み具合はどうでしょうか?」


 信長の下を去った勝二は、水軍方の九鬼嘉隆よしたかを訪ねた。

 スペインから譲られた古い軍艦を解体して参考とし、独自の工夫を凝らして日本に合った新型艦を建造してもらっている。

 伝統的な船作りの小屋とは違い、東大寺と見紛うばかりに大きな建物の中で船を作っていた。


 「概ね順調に進んでいる」


 嘉隆が気負う事なく答えた。

 船作り自体は信長が欧州に旅立つ前から始めている。

 初めの頃は船の中心を通る竜骨に苦労し、水漏れや船の傾き、帆柱の折れや帆の破れなどが多発した。

 手探りで改善を進め、経験と技能を重ねてきた。


 「帆を操る練習も順調なようですね」

 「若い者は喜んでやっている」


 沖には帆を膨らませた小舟が見える。

 まるでアメンボのように海面をスイスイと進んでいた。

 ふと思い出したのか嘉隆が尋ねる。


 「それよりも大砲をどうするのだ? 船が出来ても大砲はないぞ?」

 「その事ですが……」


 勝二は頭を掻いた。

 目下、それが一番の問題と言える。

 技術的にも材料的にも短時間での解決は難しい。  


 「顕如様にお願いし、お寺から鐘を集めてもらっております。当座はそれを溶かし、青銅製の大砲とする手筈です」

 「寺から鐘を集めるのか。思い切った事をする」


 思わず嘉隆は肝が冷えた。

 一向宗の反乱は記憶に新しく、強引な事をやれば途端に再発する気がした。

 不安げな嘉隆を安心させるべく勝二は言う。


 「全ての鐘を集めるのではなく、今回の派遣軍を運ぶ船に載せるだけとは説明し、ご納得頂いております」

 「ならば良いのだが……」


 幾分不安が和らいだ。


 勝二は堺に戻り、鉄砲鍛冶に頼んだ青銅砲をもらい受け、その足で大砲の試射場へと向かった。

 

 「大砲を的へと当てる要領は、山なりに弓を射るのと似ています」


 大砲担当の訓練生を前に講義を始める。 

 ある程度の量産は出来ているが、火薬も弾も貴重で無駄遣いは出来ない。

 しかしながら実際に撃たねば技術の向上はなく、少しでも無駄を減らす為、事前に理論を学んでもらう。


 「的に向かって真っすぐに構える通常とは違い、山なりに射る時には的を直接見る事は出来ません。的の位置を想像し、矢がどう動くのか考えて射る必要があります」


 特別に用意した、通常よりも随分と小さい弓を使う。

 力一杯引き絞っても、そのまま狙っては的まで届かず、届かせるには放物線を描いて射らねばならないようにした。

 勘の良い者を厳選しているので、何度か練習を繰り返せば当たるようになった。 


 「次に右から左へと的を動かします。これに当てるにはどうするか?」


 弓場ゆばの右手に立つ小屋から、車輪のついた台車に載った的が現れた。

 台車には紐が結ばれ、左手の小屋から引っ張っている。


 「的までの距離は同じです。仮に自分の目の前に矢を放つ場合、目の前に的がくる時間を逆算し、その時間分早く放たねばなりません」


 紐を引く強さは一定となるようにしてもらっている。

 勝二は同じリズムで手拍子を打ち、一つ二つ三つと数えた。

 手拍子を打つ役目も創設しており、リズム感のある者を据えている。


 「的が動く速さですが、現れてから手拍子3つで目の前を通り過ぎます。一方、矢が的の距離まで届く時間は手拍子1つです。つまり、的が現れてから手拍子2つの時に、目の前の方向に向かって矢を放つ必要があります」


 そのような練習を何度も繰り返し、コツを掴んでから大砲へと移っていった。

 因みに当時の大砲の多くは青銅製である。

 鉄製とするには加工や精錬の技術が未熟で、柔らかく加工のしやすい青銅を使用している。

 連続して撃つでもしない限り問題とはならない。 




 「堅焼の出来はどうです?」

 

 大坂の屋敷に戻った勝二は息つく暇もなく、携行食の開発状況を確認した。

 堅焼は伊賀の忍者が用いたとされる非常食で、堅く焼き固めた煎餅のような食べ物である。

 食べるには木槌で小さく叩き割り、口の中で唾を沁み込ませてから咀嚼する必要がある。

 水分を飛ばしているので長期保存が出来、火を通す必要がないので戦場への携行食として優れている。 


 「自信作です」


 開発担当の者が、焼きあがったばかりの物を砕いて差し出した。

 水分がなくなっているのか湯気がほとんど出ていない。

 熱いのを我慢し、欠片の一つを口に放り込む。

 堅さを確かめる為、まずは噛み砕こうとした。


 「堅い!」


 しかし全く歯が立たない。

 まるで石でも噛んだようである。

 諦め、口の中でふやけるのを待つ。

 頃合いを見てガリガリと噛み砕いた。


 「名前の通りに堅いですが、同時に味わい深いです」


 その出来に感心した。




 「錨を上げよ!」


 きらびやかな衣装に身を包んだ信長が叫んだ。

 その指示に乗組員が一斉に動き出す。

 海に沈んでいた錨が上げられ、出港の準備が整った。


 「船を出せ!」


 帆が風をはらみ、船がゆっくりと動き始めた。


 「ご武運を」


 見送る勝二は遠ざかる船に呟いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ