第136話 竜騎兵
大目に見て頂けると助かります。
日が傾き、蒸し風呂にて汗を流した武将らは、用意された寝所へと移った。
暗闇の中で野を駆ける事は出来ないが、蝋燭の灯りの中、持ち寄った各人の意見を検討する事は出来る。
他国までその名を轟かせる勇将達は、如何にして西洋の軍に勝つかを徹底的に議論するのだった。
そんな中、信長が一人の男を伴い、部屋へと現れた。
車座の将らに紹介する。
「この者は武田二十四将の一人にして、かの信玄に、我が両眼の如き者とまで言わしめた真田昌幸である。此度の遠征に際し、南蛮に勝つ手立てを一つでも多く見つける為に呼んだ」
武田と聞き、ざわつく。
信玄の名は西国にまで届いており、上杉謙信との間で数々の激闘を繰り広げた事は知っていた。
「昌幸、何ぞ策はあるか?」
信長がぞんざいに尋ねる。
期待はしていないとでも言いたげだ。
その力を大いに恐れた武田信玄縁の者に、知恵を頼るようなそぶりは見せたくないのかもしれない。
問われた昌幸は一度ふうっと息を吐き、おもむろに口を開く。
「南蛮では馬に騎乗したまま敵に突撃すると聞き及んでおりまする。そこで、信玄公も秘かに温めておられたのですが、一つの策がございまする」
「何?」
信長は驚き、思わず腰を浮かせかけた。
その事に気付き、慌てて心を落ち着かせる。
直ぐに平静さを取り戻し、先を促した。
「その策を述べよ」
「ははっ。騎兵に鉄砲を持たせ、突撃の道を作らせるのです」
「騎兵に鉄砲だと!?」
突飛な思いつきに場はざわめいた。
馬は大きな音が苦手で、耳元で鉄砲など鳴らそうものなら途端に暴れ出してしまうだろう。
「南蛮の馬は大層大人しいと聞きましたが?」
反論が寄せられる前に昌幸が口にする。
そう言われてしまえば強くは言えない。
「試してみれば分かる事だ」
信長の一言で決着した。
「続けよ」
求めに応じる。
「騎兵は足の速さが持ち味ですが、鉄砲隊に待ち受けられると弱い……と、信長様には釈迦に説法でしたな」
長篠の戦いを念頭に昌幸が軽口を叩いた。
自身は勝頼の近くに控えていたので戦闘には参加していないが、その戦いで兄二人を失っている。
「戯言は要らぬ。先を申せ!」
「畏まりました」
ペコリと頭を下げ、続きを述べる。
「南蛮は我が方と同じく槍兵が主力と聞きまする。騎兵で槍衾を突破する事は困難ですが、馬の速さを活かして先陣を切り、いの一番に鉄砲を浴びせて後続の血路を切り開くのです」
昌幸の説明に質問が飛ぶ。
「次弾はどうする? 走る馬の上で装填など不可能だ!」
当時の火縄銃は撃った後が大変で、次を撃つまでには何工程もの動作が必要だった。
全力で走る馬の上は揺れに揺れるので、手綱を放す事さえ難しい。
次弾の装填もさる事ながら、そもそも初めの一発を撃つ事さえも修練が求められるだろう。
当然過ぎる疑問にこともなげに答える。
「血路を開けば長居は無用。突撃は後続に任せ、離脱します」
「離脱だと!? 敵を前に逃げるのか!」
元春が詰問した。
一番槍は戦場の華である。
それをみすみす手放すとは容認出来ない。
「鉄砲の音に慣れさせた馬を、軽々しく失う危険は出来るだけ避けるべきかと思いまする」
「むむ」
昌幸の答えに言葉が詰まった。
「信玄はどうして作らなかった?」
黙ってしまった元春を捨て置き信長が問う。
「名馬でも鉄砲の音に慣れさせる事が叶いませんでした」
「成る程」
信長は内心、助かったとホッとしていた。
仮に信玄の手で実現していたら、今の織田家はなかったかもしれない。
顔に安堵の色を見た昌幸が口を開く。
「南蛮人の戦のやり方で、耳にした事がもう一つありまする」
「何だ?」
信長に対し、求められていない事まで喋るのは危険であると聞く。
昌幸は慎重に言葉を選ぶ。
「南蛮では首級を挙げる事に大して意味はないとの事ですが、誠でしょうか?」
「確かにな」
信長は頷いた。
「それを聞いて思いました。個々人の戦働きに執着した今までの在り方を改め、遠征軍としての成果を求めるべきにございましょう」
「ほう?」
眉をピクリと動かす。
興味を惹いたようだ。
「それぞれがそれぞれの戦働きを優先させれば、追撃が必要である時に足を止めかねず、待つべき時に勇み足を踏む事にもなりましょう」
「ふむ」
特に異論はないようだった。
他の将からも何も出ない。
昌幸は言った。
「鉄砲を持った騎兵はその魁にございまする。南蛮の流儀に倣い、我が身の活躍は脇へ置き、その機動力は戦場を縦横無尽に駆け回る事にのみ費やし、持てる火力で敵の陣形を切り崩す事だけに注力しまする」
その意味を誰もが考える。
言われればその目的は理解出来るのだ。
いくら戦働きをしようが、戦に負けてしまっては元も子もない。
まずは戦に勝つ事、それが大事である。
「しかし鉄砲を持った騎兵か。面倒で敵わぬので、何ぞ良い名はないか?」
信長が尋ねた。
打てば響くように答える。
「龍騎兵では如何でしょうか」
「ほう? 龍の如く大空を自由に飛び回り、火を吐いて敵を蹴散らす訳だな」
信長はその名を気に入った。
何時の間にやら場は酒盛りと化していた。
興の乗った信長が勝二を呼ぶ。
「勝二、あれをやるぞ!」
「ははっ!」
宴会で披露するとなるとあれしかない。
「蘭丸君に重秀さんに、信親君達も来て下さい!」
勝二はスペインに渡った者達を集めた。
信長を先頭に一列に並ぶ。
部屋の武将らは何事かと見つめた。
注目を集める中、信長が号令を発す。
「いくぞ!」
言うなり膝を曲げて腰を落とし、腰を中心にして肩を大きく動かしていく。
頭だけを見れば、円を描いているようである。
信長に追随するように、その後ろの蘭丸が同じように頭を動かす。
続いてその後ろの勝二が同じ動きを始めた。
「何だあれは!?」
「頭がグルグルと回っておる!?」
武将らは驚きに口をポカンと開ける。
誇らし気に信長が叫ぶ。
「これぞ宙柱徒礼院よ!」
「ちゅうちゅうとれいん?」
騒がしく夜が更けていく。
「ご子息の事なのですが……」
翌日、勝二は二日酔いの気持ち悪さを我慢して昌幸と向き合っていた。
信長に呑まされるのはいつもの事である。
「異国の女を側室にするなど絶対に許さん!」
「え?」
開口一番、昌幸が強い口調で言った。
まさかと思い、その顔を見つめる。
いつにもなく険しい表情である。
「と、長宗我部元親公は反対されたそうですな」
言うなり破顔した。
冗談が過ぎると勝二は苦笑する。
「その折は利を説いて納得して頂けました」
「シロバナムシヨケギクでしたな。愚息からも領地に植えろとしつこく言われましたぞ」
昌幸は笑う。
そして言った。
「異国の者を娶る。正室にする訳でもあるまいに、何を心配する事があるのかと思いますな」
「であればご子息の事は……」
「左様。あやつの選んだ相手を拒む理由がない」
勝二は肩の荷が下りたと喜んだ。
竜騎兵、ドラグーン。
火縄銃では難しそうですが・・・
西洋の馬、調教術を習得してからの話です。




