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第135話 うどん

 「皆の衆、腹が空いてはおらぬか?」


 武将達の小腹が空いた頃を見計らい、信長が尋ねた。


 「そうですな。朝から動いていたせいか、いささか腹が減ったようです」


 遠慮のない忠勝が即座に答える。

 他の者もそれに続いた。

 信長は傍に控えていた蘭丸に視線を送る。


 「直ぐにお持ち致します」

 「うむ」


 蘭丸は恭しく頭を下げ、昼の準備に忙しい勝二の下へと向かう。 

 新しく手に入った食材があり、その披露にこの機会が選ばれた。


 「お待たせ致しました」


 それぞれの武将の前に膳が運ばれる。

 うるしの上に金箔で梅があしらわれた、見事な食器であった。

 流石は織田家だと内心唸りながら、武将らは盛り付けられた料理を見る。

 主役は大きめの椀で、太く白い麺が汁に浸かり、湯気を上げている。


 「ウドンを用意した。熱い内に味わってくれ」


 自身も箸を持ち、信長が促す。

 促されるまま武将達はウドンへと手を伸ばした。

 椀を口に近づける。

 湯気に混じり、フッと優しい香りが鼻をくすぐった。

 まずは一口、汁をすする。


 「旨い」


 味わい深い汁だった。

 

 「昆布の出汁だしが良く出ている」

 「醤油の香りもかぐわしい」

 「しかしそれだけではないな」

 「干しシイタケでは?」


 それぞれが感想を述べる。

 昆布や醤油、干しシイタケは庶民には高嶺の花だったが、武将らにとってはそれ程でもない。

 特にこのところは戦乱も治まり、領地経営に余裕が出始めていた。


 「その小瓶は何です?」


 自身の椀に何やら振りかけている信長の動きを見逃さず、好奇心から宗茂が尋ねた。

 蘭丸に小瓶を手渡し、答える。


 「薬味の一味だ」

 「一味とは一体?」


 蘭丸が宗茂に小瓶を持っていく。

 受け取り、しげしげと眺めた。

 周りも興味深そうに見つめている。

 色はこげ茶、丸い陶器製の器で、小さな蓋の間から飛び出た竹製の匙が見える。

 蓋を外すと中には赤い粉が入っていた。


 「勝二!」

 「ははっ!」


 信長は勝二を呼んで説明させる。


 「一味はトウガラシを粉にしたモノです」

 「トウガラシ?」

 「トウガラシはアメリカ大陸からもたらされた作物で、非常に辛いのが特徴です」


 辛いと言われ、具合を確かめようと宗茂は匙を取った。

 それを見て勝二が注意する。


 「味見されるのであればほんの少しにして下さい。本当に辛いので」


 言われるまま匙で少しだけすくい、手の平に乗せ、恐る恐る舐めた。

 途端に顔をしかめ、ヒリヒリする舌を出して叫ぶ。


 「辛い!」


 その顔に笑いが起きた。

 我も我もと試し、その辛さを実感する。 


 「唇がピリピリするぞ!」

 「真に辛いな!」


 そんな彼らに勝二は苦笑を浮かべる。


 「赤く熟れたトウガラシの実を乾燥させ、粉にしたのが一味です。刺激のある辛さが違った風味を与え、食欲を増進させる効果もございます」

 

 一方、ズルズルとウドンをすすっている信長。

   

 「早く食べんと冷めるぞ」


 その言葉に武将らはようやく箸を進めるのだった。 




 「ウドンは小麦を原料とし、乾燥させれば長期保存が可能ですし、何となれば醤油をかけても食べられるので、戦場でも手早く作れる料理の一つだと思います」


 食べ終わり、一息ついている武将らに勝二が言う。

 

 「加えてヨーロッパの冬は寒いので、温かい汁にして食べれば体が温もりましょう」

 「トウガラシがあると汗が出るくらいです」


 宗茂は額の汗を拭いながら言った。

 それに頷き、続ける。


 「寒い日はトウガラシの実を布で包み、足袋の中に入れておくと、霜焼けになるのをある程度は防ぐ事が出来ます」


 トウガラシに含まれるカプサイシンが血の巡りを促し、体温の低下を防ぐのだが、以後、この方法は三ツ者を介して全国へと広がっていく事となる。


 「故郷の味というのは、心身を健やかに保つ上で非常に重要です」


 改まって述べる勝二の言葉に、スペインに渡った者達は大いに頷く。

 米がなくなり味噌を使い切り、慣れぬ料理にイライラが募る日々が続いた。

 そうなると何でもない事が癇に障り、険悪な空気が充満する。

 下手をすれば殺傷沙汰となっていただろう。

 知った仲でさえそうなのだから、寄せ集めの集団では何が起こるか分からない。

 そうならないよう、対策は考えてある。


 「向こうで醤油、味噌が不足しないよう、定期的に船で運ぶ予定です」

 「醤油が使えるのか?!」


 驚きが広まる。

 醤油の製造は全国に広まっていたが、需要に対して圧倒的に供給が足りていない。

 まさか異国まで持っていくとは思っていなかった。


 「何、向こうの料理は味気ないのでな」


 信長が呟く。

 ボソボソとしたパンの食感も、薄いだけのスープも二度と御免である。 

 腹が減っては戦が出来ぬと、心の底から思い知った旅だった。


 「併せて樺太産の昆布、紀州産の干しシイタケもお送り致します」

 「樺太だと!?」


 その名に反応したのは紹運だった。


 「ご想像の通り、大友宗麟公のご領地から運ばれてきた昆布です」

 「そうであるか……」


 感慨深げに天井を仰ぐ。

 ついて行くと言って譲らない紹運に、残る方こそ忠義の必要な戦いだと、道雪になだめられたのを思い出す。


 「天変地異後に昆布は激減したようですが、最近になってようやく回復してきたとの事です。道雪様の考案された漁具により、収穫の効率が著しく向上したと」

 「変わらぬご様子、安心した」


 道雪らしいと笑みを浮かべる。

ソウメンの方が茹でるのに楽ですが、腹持ちを考えてウドンにしました。

干しシイタケは本願寺が成功させた原木栽培のモノです。

寺社の持つ山で栽培が広がっています。

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― 新着の感想 ―
[一言] うどんも良いですが、出汁や醤油を大量に使うので、もっと腹持ちがいい、かん水麺によるちゃんぽん麺がおすすめですよ。 ヨーロッパで手に入りやすい鶏ガラ(或いはアヒル、ガチョウ等の家禽類)で作れ、…
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