第134話 軍事演習
いつも以上に適当な事を書いてます。
「ここで左右の部隊を回り込ませる!」
信長の指示通りに兵士達が移動し、対峙していた本多忠勝軍を包囲した。
アルベルトからスペイン軍の戦術を披露され、その後の演習となっている。
「これは?!」
目の前の光景に、設けられた高台から観戦していた武将達が息を呑む。
驚く彼らに気を良くし、凛とした声で信長が号令を下す。
「やれい!」
辛抱強くこの時を待っていた兵士達は、ここぞとばかり手に持った槍を力一杯振り下ろし、目の前の忠勝軍を打ちつけた。
四方から攻め込まれ、流石の忠勝も手も足も出ない。
「これは堪らぬ!」
ほうほうの体で降参の意を表す白旗を掲げた。
訓練の前に勝二が提案した符号である。
白旗に気付いた信長軍は攻撃を止め、高らかに勝鬨を上げた。
「これぞ、カルタゴの大将軍ハンニバルが編み出した包囲殲滅陣よ!」
「包囲殲滅陣!?」
武将達は信長が口にした戦術名に、いたく感銘を受けた。
「釣り野伏と似ているな」
「耳川の戦いで島津が取った戦法ですね」
父紹運の呟きに宗茂が応えた。
紹運は雷神道雪の同僚として数多の戦場を駆け巡り、宿敵であった島津と幾たびも刃を交えている。
仕えていた大友家が惨敗した耳川の戦いであるが、道雪共々参加しておらず、味方が敗走したとの報告に涙を流して悔しがったという。
その紹運が、同じように観戦していた者に問う。
「義弘殿はどう思う?」
耳川で散々に大友家を打ち破った、島津義弘その人であった。
仇敵であろう自分に問いかけてきた紹運に、戦場では冷静沈着な義弘も思わず面食らい、その顔をまじまじと見つめる。
しかしその目に憎しみの色は見えない。
道雪の雷神と並び、風神と畏怖されるだけの事はあると思った。
一呼吸だけ間を置き、義弘が口を開く。
「釣り野伏は敗走したと見せかけて敵をおびき出し、味方が待ち構える場所まで誘い、殲滅する戦法。包囲殲滅陣とやらは戦場にてその布陣を巧みに変え、敵を包囲して叩くようだが、確かに似ていると思う」
その考えを述べた。
尋ねた紹運も頷く。
そんな二人に宗茂が言う。
「奇襲でなくとも、運用の仕方で寡兵が多数の敵を討ち破れるという事ですね」
「その通りだ」
応えたのは信長だった。
折角ハンニバルの戦術を披露したというのに、よもや似ているなどと評価されるとは思っていない。
機嫌を悪くしつつもお気入りの宗茂に説明する。
「密集した集団は敵と対峙している最前列しか戦えぬし、突然の変化に対処出来ぬ。寡兵であっても、戦い方によっては実働人数で勝る事が出来るという訳だ」
「心得ました」
宗茂は大きく頷いた。
試すつもりで信長が問う。
「もしもアレを仕掛けられたらどうする?」
信長の鋭い眼差しを正面から受け止め、宗茂は少し考えて答えを出す。
「どれだけ囲まれようが、結局のところ相手は少数です。敵の一番弱い点を突いて包囲網を打ち破り、逆に背後から襲ってやります!」
「頼もしい事だ」
胸を張る宗茂に不機嫌も吹き飛んだ。
「釣り野伏を得意とする義弘殿ならば如何する?」
今度は紹運が尋ねた。
経験豊富な義弘は僅かな間さえもおかずに答える。
「寡兵が多数を囲むのは博打でもある。勢いづくのは一時の事で、こちらが粘れば途端に急所を露わにしよう」
「急所とは?」
「本陣だ」
すかさず質問を重ねる信長にも淀まない。
その答えに武将達は納得する。
「成る程。寡兵で敵を囲めば本陣ががら空きとなろうな」
「左様。我なら敵の猛攻を凌ぎ、機を見て本陣の大将首を狙う」
義弘は淡々とした表情で述べた。
己の力量を過信しているのでも見栄を張っているのでもなく、当たり前の事を語っているだけに見える。
そんな義弘に他の者も大いに頷く。
各勢力選りすぐりの猛将達であり、似た者同士であるようだ。
と、思い出したように吉川元春が呟く。
「しかしこのような策が本当に可能なのか? 敵味方が入り乱れての戦場で、細かな指示が出来るとは思えん」
「それは私も思いました。一度乱戦になれば伝令さえもままならぬのではと」
元春に追随したのは蒲生氏郷である。
硝石丘法による硝石生産に目途をつけ、褒美としてネーデルランドでの戦に参加を希望、無事に了承されたのだった。
「勝二!」
「ははっ!」
味方陣営からの思わぬツッコミに信長の眉がピクリとする。
しかし、その辺りの細かい説明は勝二に丸投げした。
ご無体なと思いながらも勝二が後を引き受ける。
「これは想像にしか過ぎませんが、包囲殲滅陣が鮮やかに成功したのは、ハンニバルによって初めて行われた戦法である事と、ローマ帝国軍がその強さ故に詭道を用いず、戦場でどう動くか、指揮する将軍の性格までも含めてハンニバルに読まれていたのだと思われます」
「兵は詭道なり」
氏郷が孫氏の兵法の一節を口にした。
勝二は頷き、続ける。
「当時のローマ帝国軍は重い金属製の鎧を身に纏い、大きな盾と槍を装備した重装歩兵が主力です。高い防御力と攻撃力を兼ね備えた重装歩兵を、その豊富な国力を頼りに数を揃え、周辺諸国を圧倒しました」
「数の多さは大いなる武器だからな」
元春の言葉には誰も異論がない。
敵よりも多く兵を集めるのは戦の基本だ。
「しかし常勝軍には驕りが生じやすく、戦法も単調となりがちです」
「成る程。分かり切った動きしかしない相手なら、裏をかく事は容易い」
「まさしく」
歴戦の武将達であるからか、それだけで通じるようだった。
「数で勝ると油断していたところに初めて遭遇する戦法か」
「重装備の兵は正面の敵には強くとも、側面、ましてや背後からの攻撃になど対処出来ぬわな」
「勝つ事に慣れれば、ここ一番の正念場で粘る根性を忘れておろう」
口々に思った事を言い合った。
「しかし南蛮では騎馬兵を部隊として用いるのか?」
元春が勝二に尋ねた。
当時の日本では馬は貴重で、その体格も余り大きくない。
しかも戦場になりやすい平野部には水田が広がっており、水を抜く暗渠などないので、常に水気がある湿田が多かった。
湿田はぬかるんで馬の足が取られ、その最大の武器たる機動力が損なわれやすい。
「西洋の馬は皆様も一度ご覧になってご存知でしょうが、日ノ本の馬に比べて体格が大きいです。また、彼らは水田で米を作らず畑で小麦を育てているので、たとえ農地が戦場になっても馬が走るのに困りません。その上、領地の大きさの割に人の数が少ないので、馬を飼育出来る草地に事欠かず、部隊での運用が出来るくらいに数の確保が容易です。そして、荒馬を御する調教法などが確立されており、集団での行動が可能となっています」
「それは羨ましい」
包囲殲滅陣での両軍は、機動力に勝る騎兵が軍の主力である重装歩兵の左右を守り、その弱点である側面からの攻撃に備えていた。
軍馬が貴重な日本では武将らが騎乗するくらいであり、騎馬部隊として運用する余裕のある勢力は限られていた。
「とはいえ、山あり谷ありの戦場であろう? 伏兵を配置するのはそこまで難しくない筈だが?」
鍋島直茂が疑問を呈した。
奇襲や攪乱、陽動を目的に、少数を隠すのは詭道の一つである。
「皆さんが向かうネーデルランドですが、見渡す限りに山がない、どこまでも平野が続く場所だとお考え下さい」
「何?」
勝二の言葉に戸惑う。
そのような地形など見た事がない。
日本のどこに行こうが、なにがしかの山は必ず視界に入る。
怪訝そうな顔で互いを見合う武将らに信長が補足する。
「この者が言っている事は本当だ。南蛮に広がる平野は桁違いに広い」
「何と!」
その説明に衝撃を受けた。
主の援護を受け勝二が続ける。
「地形が変われば取りうる戦術も変わりましょう。伏兵を隠すのが難しい平地では、互いの総力を集めた会戦となりやすく、数の大小、兵の士気や練度、何より武器の性能に影響されるかと」
「ふむ。確かに大友の持っておった国崩しは強力であった」
「強い武器も使い手次第。国崩しも道雪殿であったからこそ、効果的に用いる事が出来たのだろう」
「雷神の名はこけおどしではないからな」
義弘の呟きに直茂、元春が応える。
三者とも、雷神道雪には苦労させられた。
「だだっ広い平らな地で戦をするのか。まるで将棋のようだな」
「言われてみればそのような気もする」
「となると、それぞれの部隊が駒という訳か」
「たとえ将棋とて、大将を取られても終わりではないがな」
「左様」
「大将自らが敵本陣に突撃しても構うまい」
義弘の言葉に皆が豪快に笑う。
「では次は義弘殿と」
「某が!」
「では宗茂殿で」
「心得ました!」
未知の戦場、未知の敵に武将達は奮い立った。




