表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
138/192

第132話 シロバナムシヨケギク

 「僭越ながら、今後はこの五代勝二が説明させて頂きます」


 絵踏が中止となり、その後を継いだ勝二が頭を下げた。


 「そなたが五代殿か。愚息が厄介になっておる」

 「こちらこそ。ご子息にはいつも助けてもらっております」


 勝二の名に元親が声を掛ける。

 息子からの便りで、五代家での生活は大変に勉強となっているとあった。

 親として、可愛い子供を旅に出した甲斐があったと喜んだモノだ。

 

 「愚息が世話になっておるが、それとこれとは話が違うぞ?」

 「それは勿論です」

 

 とはいえ今回の事は長宗我部家に関わる話であり、容易く頷く訳にはいかない。


 「では何だというのだ」

 「はい。実はこの娘、日ノ本の将来を左右する重要人物なのです」

 「日ノ本の将来だと?」

 「はい」


 言っている意味が分からない。

 こけおどしで怯ませ、交渉を優位に進めようというのだろうか。

 その手に乗るかと声を荒げる。 


 「馬鹿を申せ!」

 「嘘偽りなく本当の事でございます」

 「このような小娘に何が出来る!」

 「シロバナムシヨケギク。それが答えです」


 勝二が口にしたのは花の名前らしかった。

 

 「白花、菊? それが何だと言うのだ?」


 聞いた事のない菊である。

 

 「シロバナムシヨケギクでございます。これを用いれば田畑の作物に湧く虫を殺す事が出来、収穫量を安定させる事が可能となりましょう」

 「何!?」


 それには元親だけでなく、周りの諸侯も驚いた。

 現状、稲についた虫を殺すには、水面に浮かべた油に叩き落し、窒息させるくらいしかない。 

 しかし油は高価であり、人が近付けば虫は飛んで逃げる。


 「シロバナムシヨケギクのとある部分を用い、虫を殺す薬とします。油を使うよりも断然に安く、かつ高い効果を得られるでしょう」

 「それは本当か?」


 にわかには信じられない話だ。

 疑いの目を向ける諸侯に勝二は言う。 


 「異国で用いているのをこの目で見てきました」

 「それならば良いが」


 とはいえ、実際に見てきたのは現代のアフリカである。

 オーガニックに凝っていたお金持ちが、自分の敷地でシロバナムシヨケギクを栽培しており、乾燥させた物を燃やして使っていたのだ。

 殺虫効果は確かにあり、煙に巻かれた虫はポトポトと地に落ちていた。

 使い道は農薬だけではない。


 「シロバナムシヨケギクは虫を殺すだけでなく、夏の夜、耳元で五月蠅い蚊を家から追い払う事も出来ます」

 「真か!?」

 「嘘ではありません。日が暮れてから夜が明けるまで、蚊を寄せ付けない事も可能です」

 「本当なら凄いな!」


 更に驚く発言だった。

 耳の近くを飛び回る蚊を気にしだすと眠れなくなる。 

 寝ている間に刺され、痒さで目が覚める事もあり、非常に鬱陶しい存在だった。

 その蚊を追い払う事が出来るとすれば、寝苦しい夏の夜もいくらかは快適となろう。


 「しかし、その菊と娘がどう関係するのだ?」


 それが分からない。

 問いかける元親に勝二が言う。


 「この娘だけがこの菊の育て方を知っているのでございます」

 

 答えた途端、ギロリと一睨みされた。

 蛇に睨まれた蛙の如く体が硬直する。

 流石、四国をまとめ上げた戦国大名だなと思った。 

 信長の眼力に優るとも劣らない。

 

 一方の元親は勝二の思惑を把握した。

 害虫を殺す薬は喉から手が出るくらいに欲しい品物である。

 四国をまとめた今、懸念されるのは長宗我部家に不満を持つ勢力の反乱であり、そこに米の不作が合わされば容易く農民達が加わり、手の施しようのない規模へと拡大するだろう。

 しかし、虫に効果のある薬があるとなれば農民達の不安は和らぎ、領地の安定へとつながる。

 その薬となる菊を、この娘だけが育て方を知っているとすれば、統治者として手放せる筈がない。

 目の前の男はそう考えているのだろう。

 否定はしない。

 他の諸侯も同じ思いを抱いている筈だ。

 とはいえ息子に確かめる。  


 「信親、本当なのか?」

 「は、はい! 私が見たのは花を咲かせた状態だけですし、それをどうやって薬にするのかも知りません」


 平気で嘘をつける男ではない。

 信憑性は高まったが、疑問点が残る。 


 「どうして五代殿はその菊の事を知っているのだ?」

 「偶々使い方を知っていただけです。育っているところを見たのは初めてでした」

 「そうであるか……」


 益々断る理由がなくなっていく。

 考え込む元親に周りの諸侯が忠告する。


 「迷う必要などなかろう」

 「左様。悩むくらいならきっぱりと拒否すれば良い」

 「どう育ってきたかも分からぬような娘を、嫡男の側室にするなどあり得ん」


 真剣な表情を浮かべて意見した。

 白々しいと元親は内心で毒づく。

 自分にこの娘を断念させ、しめしめと手に入れるつもりなのだろう。

 田畑に使う薬はどこの大名も必要としている。

 

 「何故、自ら娶らぬ?」 


 思いあぐね、元親は問うた。

 聞く限り、娘の持つ知識は価値が高そうである。 

 そもそもの話、織田の領地から外に出す理由が見当たらない。 

 薬を独占出来れば儲けは莫大なのだから、娘を五代家で養い、菊を栽培させれば良い話ではないか。

 言外に含めた元親の思いを汲み取り、勝二が答える。 


 「惚れた相手だからこそ、心を砕いて尽くしてくれるのではありませんか? 男女の仲に我が国も異国もありません。伴天連でも一向宗でも、全く同じ事です」

 「成る程……」


 その言葉を噛みしめ、元親は考え込む。

 決心がついたのか、口を開いた。


 「その娘、長宗我部家で迎え入れよう」

 「父上!」


 信親が喜びの声を上げる。

 そんな息子に待ったを掛けた。


 「早合点するな! その白花何とか菊の話が本当か分からぬ!」 


 嘘であった場合を考慮しろと、その短慮をたしなめた。

 色に惑えば冷静さを失いがちである。


 「では、シロバナムシヨケギクの効果が確認されるまで、二人の縁談は保留という形で宜しいですか?」

 「構わぬ」


 勝二の問いかけに首を縦に振る。 


 「その場合でも、この娘には淡路島に住んでもらい、シロバナムシヨケギクを栽培してもらう事になります」

 「どうして淡路島なのだ?」


 土佐でやらせるつもりだった。

 出鼻を挫かれたようで面白くない。


 「娘に相談したところ、雨の少ない温かい地域が適しているそうです。まとまった土地も必要ですし、大坂から近くないと私が不便ですので、間を取って淡路島になりました」

 「それは、まあ、仕方ないのか……」


 天変地異後も土佐は変わらず雨が多い。

 大雨が減った代わり、長く降る雨が多くなった気がする。


 「ご子息も淡路島に住んで頂きます」

 「それは認められぬ!」

 「娘は日ノ本の言葉に不自由しているので、向こうの言葉が分かるご子息に手伝って頂くしかありません!」

 「何?」

 

 そもそも言葉の通じぬ者という存在が初めてだった。

 なので、どう判断したものか分からない。

 と、目の前の男はその者らと親し気に会話していた事を思い出す。  


 「五代殿では駄目なのか?」

 「私は地図作りなどで忙しく、それだけに構っている暇はございません!」

 「むむ……」


 取り付く島もなかった。




 「では各々方、ネーデルランドに送る者達を見繕い、大坂へと集めて欲しい」


 サラの側室問題はとりあえず解決した。

 淡路島でシロバナムシヨケギクを育てさせ、その効果を検証、効果有りならば受け入れる事で納得した。

 その後、信長の思いつきで軍事訓練をする事が決まる。


 「丁度良いところにスペイン軍の軍人が来ておる。その者に我が方の部隊を指揮させ、南蛮の戦のやり方を各々方に見せよう。そして打ち破る策を練るのだ」

 「おぉぉぉ!」


 その提言に歓声が沸く。

 一人の若者が声を上げた。


 「信長公にお願いがございます!」

 「何だ?」


 豊後を治める宗茂であった。

 頬を紅潮させ、思いつめたような顔で言う。


 「是非とも参加させて下さい!」


 ネーデルランドに行く事は諦めたが、それだけにこの訓練には思いが募る。


 「許す」

 「有り難き幸せ!」


 基本、やる気を見せる者には甘い信長だった。

 そうなると他の諸侯も黙っていない。


 「うちも兵を出そう」

 「某も出よう」


 こうして龍造寺から鍋島直茂、北関東連合から佐竹義重自らが兵を率いて来る事となった。

イサベルの護衛でアルベルトも来ています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 幸村君は反対されてないから話にも出ないと。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ