第125話 信長の決意
1584年、信長の誘いを受けて大坂へと集まって来たのは、長年の盟友である徳川家康、関東を抑える北条氏政、中国八ヶ国を領有する毛利輝元、越後の上杉景勝、肥前一帯を支配する龍造寺隆信、九州南部の島津義久、豊後を引き継いだ高橋宗茂、四国を統一した長宗我部元親、一向宗を率いる顕如、北関東連合の盟主・佐竹義重、そして織田家の現当主・信忠であった。
「皆の衆、よくぞ来てくれた」
堀や石垣、天守閣など、改修の終わった大坂城大広間で信長が礼を述べる。
狩野派の手がけた襖や屏風が並ぶ、派手好きな主人の好みに適う、絢爛豪華な城であった。
初めて大坂にやってきた隆信、宗茂、元親、義重らとそのお供は、町の大きさや人の多さ、溢れる商品の数々に既に圧倒されていたのだが、大坂城を前にし、遂に言葉をなくした。
「南蛮より無事に帰られた事、誠に目出たいですな」
家康が口にする。
東海道の整備が進み、以前に比べれば早く来れるようになっている。
織田領だけではなく、徳川の領地でも街道作りは行われていた。
「一年以上も留守にするとは、かの国が気に入ったのですかな?」
氏政が尋ねた。
随分と帰ってこないので、船が沈んだのでなければ、そのままかの地に住み続けるのかと思っていた。
「気に入った訳ではないが興味はある」
「ほう? 一体どのような?」
「特に戦の歴史だな」
「戦の歴史?」
訝しむ氏政に信長が答える。
「かの地は戦の規模がやたらと大きく、かつ広いのだ。以前の日ノ本で考えてみば、日ノ本一丸となって明国と戦をするような物だな」
「明国と?! それはまた随分と豪気ですな」
氏政は他人事のように言った。
正直想像がつかない。
そんな思いを鋭敏に感じ取り、信長が言う。
「我が国とて戦続きではあるが、かの地は言葉の通じない者同士で戦を続けておる。何を考え、何を目的に戦をしているのか興味が湧くのだ」
「そ、そうなのか!」
意味が分からなかったが、氏政は強く頷いた。
「本日は何故に我らを呼ばれた?」
本題を景勝が問うた。
佐渡の本間氏を下し、残るは越後の統一となっている。
金山の開発もあり遊んでいる暇はない。
「何、南蛮の酒、ワインとブランデーを持って帰ったので、貴公らに振舞おうと思ってな」
「南蛮の酒!?」
「それは楽しみだ!」
信長はそれらを持ってこさせる。
瓶に入ったワイン、樽に入ったブランデーが諸侯らの前に揃った。
皆、興味深そうに見つめる。
「肴はピッツァだ」
「ぴ、何でございましたか?」
「ピッツァだ」
信長の合図に焼きあがったピッツァが運ばれた。
薄く丸い煎餅のような形で、表面には赤い汁が塗られ、焦げのついた黄色い物体が乗っている。
諸侯は信長を見つめて言った。
「これは一体?」
「食えば分かる」
まずは信長がひと切れを手に取った。
黄色の物体が長く糸をひく。
「納豆?」
「山芋かもしれぬ」
それぞれの想像を述べた。
そんな諸侯には構わず、信長は伸びた糸を無駄にしないよう器用に丸めて口に放り込んだ。
「うむ、やはり旨い」
そう言って満足そうに咀嚼した。
諸侯は気まずそうに互いの顔を見る。
まさか毒が盛られている訳はなかろうが、見た事も聞いた事もない食べ物に手が伸びない。
誰もが躊躇する中、真っ先に手を出したのは若い宗茂だった。
伸びる物体に苦戦しながら口へと運ぶ。
他の者は固唾を呑んでその感想を待った。
「これは旨い!」
膝を打つ宗茂に周りも一斉に手を伸ばす。
酒盛りの始まりだった。
「来年の話だが、儂は兵を率いてネーデルランドに行く」
宴もたけなわとなった頃、信長が唐突に口にした。
一行の経験した異国の話は既に披露され、場は興奮に包まれている。
「ねえでるらんど?」
耳にした事のない地名に家康が聞き返す。
「ここだ」
信長は世界地図で示した。
フランスの上の位置、随分と遠く思える。
「そこで一体何をされるのです?」
「戦だ」
「戦ですと?!」
その答えに宴会の場はざわついた。
「勝二」
「ははっ!」
信長は勝二に説明させる。
「カトリックであるスペイン王国はネーデルランドにも領地を持っておりますが、ネーデルランドでは新教であるプロテスタントが広まっております。カトリックにとってプロテスタントは許し難い存在であり、信者への弾圧が行われ、怒った民衆はスペインからの独立を目指しているのです。当然、スペインはネーデルランドに軍勢を送り、独立運動を鎮圧しているという状況です」
「加賀で起きた一向一揆のようだな」
家康の揶揄にも顕如は涼しい顔である。
一向宗には家康も苦労させられていた。
「どうしてそのような場所に信長公が?」
宗茂が不思議そうな顔で尋ねた。
「そう仕向けられたのだが、彼らの実力を知るには丁度良い機会と思ってな」
「成る程」
その説明に宗茂は納得した。
「そこで卿らにも兵を出して欲しい」
「我らにも?!」
信長の言葉に諸侯が驚く。
安心させるように言った。
「とは言っても船が足りぬので、多くを送る訳ではないがな」
好奇心に駆られた宗茂が問う。
「どのくらいなのです?」
「槍兵百、鉄砲兵百、馬は向こうで調達するが、騎兵百、弓兵百を一部隊とし、5部隊総勢2千名弱の兵を送る予定だ。そのうち織田からは2部隊8百」
「残り1千2百、3部隊ですか」
宗茂は素早く算盤を弾いた。
それくらいならば問題はない。
弾む宗茂に信長が言う。
「海を渡るだけでも危険があるうえ、少なくとも一年は戦う。兵に余裕があればで良いし、当主が来ても困るぞ?」
「そ、それはそうですね……」
宗茂はガクンと肩を落した。
そんな様子に、好ましい男だと皆が微笑む。
緩んだ空気の中、信長が言った。
「部隊長として織田からは蒲生氏郷、雑賀孫一を送る」
「雑賀孫一?!」
その名前に再び顕如に視線が集まったが、やはり顔色一つ変わらない。
雑賀孫一といえば、顕如の主導した信長包囲網において、散々に信長を苦しめた男として名が通っている。
そんな男が織田の兵を率いると聞き、諸侯はにわかに色めいた。
「島津から出そう」
まず手を挙げたのは義久であった。
「助かる。島津殿には船も出して欲しい」
「心得た」
南蛮船は島津、毛利でも鋭意製作中である。
「島津殿が出すならば我らも」
「かたじけない」
輝元が手を挙げた。
「最後は我らかな」
「すまぬ」
家康が締めくくった。
「南蛮の馬を連れ帰ったので皆に紹介しよう」
「それは凄い!」
苦労して持ち帰った駿馬を披露する。
「何と見事な!」
「大きい!」
「大人しい馬ですな」
諸侯は口々に賞賛した。
所有している軍馬よりも一回りも大きく、かつ大人しく草を食んでいる。
「西洋では気性の荒い雄馬は、その金玉を取ってしまう。それを去勢という。そうすると大人しい馬となるらしい」
「金玉を?!」
「まるで宦官ですな!」
諸侯から声が上がった。
信長が言う。
「暴れ馬を乗りこなしてこそ一人前という意識は古い。かの地では騎馬兵、弓兵、槍兵、鉄砲兵を自由自在に動かして敵兵を打ち破る。暴れ馬が一頭混じっていれば騎馬兵の統率が取れず、連携に支障をきたすだろう」
「成る程」
こうして諸侯会議は終わった。
織田家を別にし、ネーデルランドに送られる部隊を率いるのは島津義弘、吉川元春、本多忠勝である。
また、船で人を運ぶのは九鬼嘉隆、島津家久であり、物資の運搬は毛利家の穂井田元清となった。
当時の日本に騎馬兵を部隊として運用する概念があったのかどうか・・・
時代考証はいい加減なのでお許しください。




