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第124話 信長の帰国

 大坂湾に入る外国船を監視する為、淡路島と紀伊半島に挟まれた紀淡きたん海峡には、いくつかの物見櫓ものみやぐらが設置されていた。

 船を確認すれば狼煙のろしを上げ、早馬なども用いて大坂へと伝える。

 同じような櫓は鳴門海峡、明石海峡にも置かれており、しっかりとした監視体制が敷かれていた。

 今日も水平線の向こうから徐々に近づいてくる、白いゴマ粒のような船影を認め、物見の一人が声を出した。


 「南蛮らしき船が来たぞ」


 その声に同僚達がゾロゾロと集まってくる。

 天変地異から数年は、一年の間でも数える程しか来なかった南蛮船も、最近は結構な頻度で訪れるようになった。

 アメリカと呼ばれる地域から砂糖などが持ち込まれ、日本の産物を積んで出航していく。

 見た事のない動物や珍しい植物が運ばれてくる事もあり、大坂の民は船を歓迎していた。

 しかし、降りてくる南蛮人と直接触れ合う者達の、彼らへの評価は低い。

 船乗りには気性が荒い者が多いらしく、酒を飲んで喧嘩をする者、町民に乱暴を働く者、建物を壊す者、婦女をからかう者、民家の塀に立小便をする者等、すこぶる評判が悪かった。

 また、春を売る女の間に奇妙な病気が流行り始めているとの噂もある。

 発熱や関節痛と共に全身に赤い発疹が現れ、一月くらいで消えてしまうのだ。

 不安に駆られた人々は、南蛮人が持って来たと口にした。

 

 そんな噂を知らない物見櫓の侍達は呑気なものだ。

 船を遠目に眺め、今度は何がやって来るのかと囁き合う。

 

 「俺は砂糖が安くなればそれでいい」

 「確かに。南蛮船が来るまで、子供に菓子を買ってやるなんて考えた事もなかったな」 

 「みたらし団子はうめぇよなぁ」


 そんな仲間に見張りが言う。 


 「何だか違うみたいだぞ」

 「何?」


 何事かと一斉に沖を見つめる。

 ゴマ粒は豆粒よりは大きくなっていた。

 しかし、分からない。 

 

 「お前は目がいいからな」

 

 一人が見張り役の男に言った。 

 自分達では点にしか見えない物が、この男にははっきりと分かるらしい。

 そのような経験が多々あったので、その発言を疑う事はしない。 


 「旗が見えるか?」

 

 船の識別は掲げられた旗で行う。

 と言っても、大坂に入って来るのはスペイン船しかいないので、スペインかどうかだけを判断しているようなモノだ。

 仲間の質問に見張りが答える。


 「白地の真ん中に赤い丸で、赤丸から無数の赤い線が伸びているぞ。あれって大漁旗じゃないのか?」

 「馬鹿、白地に赤い丸、丸から無数の赤い線って言ったら旭日旗だろ!」

 「旭日旗?」

 「日ノ本の旗だ!」

 「だったら島津か毛利なのかもな」


 織田家だけでなく、島津家でも毛利家でも南蛮船を作っているという話だ。

 両家共、瀬戸内を通って大坂に来ているらしいので、一度も見た事はない。


 「島津や毛利なら家紋も同時にある筈だぞ」

 

 最近になって交わされた取り決めにより、そのような話となっていた。

 見張りの男がのんびりとした口調で口にする。


 「家紋はないなぁ」


 その言葉を受け、仲間達はああだこうだと口にする。


 「取り決めを知らないのか?」

 「まさか南蛮人が成り済ましてるんじゃ?」 

 「油断して歓迎したところを大砲で攻撃するとか?」

 「攻めて来たってぇのかよぉ?!」

 「ええい、お前達、静まれ!」


 知恵者として仲間から一目置かれている男が叫んだ。

 皆の視線が集まる。

 同僚達を落ち着けようと、冷静さを保って話す。 


 「旭日旗は知っていても、家紋の掲揚までは知らない者に心当たりがある」 

 「誰だよ?」


 仲間の一人が食いつくように尋ねた。

 自信たっぷりに答える。 


 「一年ちょっと前、スペインに向かわれた信長様だ」

 「信長様?!」

 

 思ってもみない人物に一同は驚愕する。

 しかし、よくよく考えてみれば成る程と思う。 

 随分と前にこの国を出たきりで、帰ってきたとは聞いていない。

 嵐に遭って船が沈没した、向こうで病気になった、策略を用いて国を乗っ取った等々、まことしやかな噂がいくつも流れたが、結局のところ噂の域を出ないままである。

 その信長が帰って来たのなら、旭日旗は掲げても家紋の事までは知らない筈だ。


 「そうかもしれねぇな」

 「そうだな」

 「いや、きっとそうだ!」


 初めは半信半疑だったが、次第次第に確信めいた思いを抱いた。


 「兎に角報告だ!」

 「狼煙はどうする?」

 「狼煙で細かい内容は無理だ。ひとっ走り報せに行ってくる!」


 物見櫓から一人の男がハシゴを滑るように降り、屯所とんしょに向かって走り出した。 




 南蛮船が停泊出来る港は日本の中でも限られている。

 喫水線の浅い和船であれば川でも遡上出来るのだが、深い南蛮船の場合、水深の浅い港には入れない。

 堺の港は数少ないうちの一つであり、南蛮貿易の中心地であった。

 その堺に見物人が雲霞うんかの如く集まり、船から降りてくる人物の登場を固唾を呑んで待っていた。


 「出迎えご苦労」

 「よくぞご無事で……」

 「はっ! 大西洋の荒波ごときで死ぬ訳がなかろう!」 


 待ち構えていた群衆から上がる歓声の中、その人物は現れた。

 涙目の堀秀政にそう豪語する。

 そんなやり取りも随分と久しぶりな気がし、信長は秀政に尋ねた。


 「息災か?」

 「それはもう!」


 秀政は感動し、大きく大きく頷いた。

 敬愛する主君に伝えたい事、聞きたい事は多々あるが、港で立ち話も失礼である。


 「早速、城へと参りましょう! 皆も首を長くして待っておりました!」

 「そうだな」


 信長は歩を進めた。

 その後ろからゾロゾロと列が続く。

 同行していた森蘭丸、五代勝二、長宗我部信親、真田幸村など、そのままの顔ぶれである。

 と、その後ろから数名の女性がトコトコと歩いてくるのが目に留まった。

 物珍しそうな顔でキョロキョロと辺りを見回している。

 髪の色やその髪形、瞳の色や衣服の様子など、自分が知る女性達とは違って見えた。 


 「お館様、その女人らは一体?」

 「客だ」

 「客人、でございますか?」

 「スペインのな」

 「何と!」

 

 異国の女性は初めてだ。

 歓迎せねばと秀政は気を引き締めた。


 「女達への対応は勝二にやらせるので心配するな。旅を共にして勝手が分かっておるからな。それよりも至急、諸侯らを呼べ」

 「畏まりました」


 気が短い主君の命令には肯定あるのみである。

 そんな事にも懐かしさを感じた。




 「お市さん、只今帰りました!」

 「父上!」

 「おぉ、茶々さん、初さん、江さん、すっかりと大きくなって……」

 「父上がお元気そうで何よりです!」

 「ありがとう!」

 

 懐かしい我が家の商売は、出発した時よりも繁盛しているように見えた。

 店頭に並んでいる商品の数が増え、店に来ている客の数も多い。 

 新商品の開発などをしっかりと進めている証拠だった。

 と、そんな事よりも息子である。


 「龍太郎は元気ですか?」

 「勿論!」

 「母様、父上がお帰りになられましたよ!」


 茶々が母親を呼びに行く。

 その間に向こうで入手した靴を脱ぎ、屋敷へと上がった。

 お市と息子龍太郎は直ぐに現れた。


 「ほら龍太郎、お父上ですよ~」

 「ち、ちちうえ?」

 「龍太郎が言葉を!?」

 「そうなのですわ。ねぇ龍太郎~」

 「はい~」

 

 拙いながらも言葉を喋る我が子に勝二は感動した。

 初めて言葉を発した瞬間を、お市と共有出来なかった事が悔やまれる。


 「うぅ、子供の成長をリアルタイムで見れないとは! ビデオカメラさえあれば、持って来ていたスマホでもあれば……」

 「何を仰っているのです?」

 「い、いえ、何でもありません!」


 慌ててかぶりを振った。 


 「それよりお市さんにお伝えしたい事があります」

 「畏まって何でしょう?」


 ひとしきり我が子を愛で、お市に向き合う。


 「実はスペインよりお客様が来ており、私の屋敷でお世話するよう、信長様より申しつかっております」

 「兄様から?」


 信長には色々と命じられている。

 一つ一つこなしていくしかない。

 勝二はイサベルらを呼んだ。


 「入って下さい」

 「お邪魔致します」


 船の中である程度の日本語は教えた。

 入って来たイサベルらにお市はビックリ仰天である。


 「女?!」


 異国へ渡った夫が見知らぬ女を連れて帰って来る。

 側室を取るのが普通な時代にあっても、やはり気分は良くない。

 眉間に皺を寄せて尋ねる。


 「一体どういう事情でございますの?」

 「ご紹介します。スペイン王室のイサベル様、信親君の側室候補のサラさん、幸村君の側室候補のノエリアさんです」

 「え? お二人の室なのですか?」

 「一応、そのようになっております」


 そう聞けば事情は変わる。

 途端にお市は好奇心の塊となった。


 「どこでお知り合いに?」

 「えぇと……」


 勝二は経緯の説明を始めた。

旭日旗はいつ作ったのか?

識別旗として用意していたという設定です。

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