幕間その1 大友宗麟の樺太追放
大友征伐後の臼杵城にて。
大友宗麟「どうすべきか?」
戸次道雪「今更何を仰いますか。樺太へ行くしかございませんぞ」
宗麟「隠岐島ならば分かるのだ! しかし、樺太など聞いた事もない!」
道雪「蝦夷地の北に位置する島で、九州の倍の広さがあるとの事」
宗麟「九州の倍だとぉ?!」
道雪「そう聞いております」
宗麟「誰に聞いた?」
道雪「織田家の五代殿ですぞ」
宗麟「むむ、信長の家臣か……」
道雪「五代殿の言う事には、樺太にはアイヌ族とやらが住んでおり、狩猟と採集に頼った暮らしを送っているとの事」
宗麟「狩猟と採集だと? 米は作っておらんのか?」
道雪「寒冷地なので米は難しいと」
宗麟「何? ならば何を食うのだ?」
道雪「まずは携行した兵糧を食い、アイヌに習って現地で獲れる物を食べ、植えた作物が実るのを待つ事になろうかと」
宗麟「米が穫れないのに何を植えるのだ!」
道雪「寒冷地で育つ麦を五代殿から頂いております。何でも西洋から取り寄せたとか」
宗麟「何?」
道雪「それと共にジャガイモという、寒い地域でも収量の多い芋を頂いておりますぞ」
宗麟「麦は兎も角、芋を米の代わりにしろと申すか!」
道雪「米が食べたければ買えば宜しい」
宗麟「買う金がどこにあるのだ!」
道雪「獲れた魚などを塩漬けにし、売れば良いと」
宗麟「それもそやつの提言か?」
道雪「良くご存知で」
宗麟「はっ!」
宗麟「塩漬けにする塩はどうする? 寒い北方で塩を作るのは難しいのだろう?」
道雪「毛利が塩を増産しておるそうですぞ」
宗麟「毛利の手など借りん!」
道雪「単純に過ぎますな」
宗麟「我を愚弄するか!」
道雪「最後までお聞き下され! 我が方にとって益となる話ですぞ!」
宗麟「ちっ! つまらん話なら許さんからな!」
道雪「と、かようにして毛利の塩を安く買い、塩より余程価値の高い海産物を毛利に売りつければ、憎き毛利の富を奪う事となりましょうぞ!」
宗麟「そのような方法が……」
道雪「毛利から奪った富を蓄え、樺太で大友家の再興を図りましょうぞ!」
宗麟「う、うむ!」
宗麟ら大友家残党が樺太を目指す。
本州と九州を隔てる海峡を越え、山陰沖にて。
宗麟「こうして船から毛利領を眺める日が来ようとは……」
道雪「攻められるばかりで、一度として海を越えて毛利領を攻めた事はなかったですからな」
宗麟「全ては儂の力が足りなかったからだ。すまん」
道雪「過去に拘っても仕方ありませぬ。新天地で頑張れば宜しい」
宗麟「そうしよう」
道雪「しかし毛利領は山ばかりですな」
宗麟「確かにな」
道雪「急峻な山々が背後まで迫り、開けた土地が少ない。このような領地でよくもまあ、あれだけの兵を賄っていたものです」
宗麟「石見銀山の力か」
道雪「石見の銀ですが、明国と取引出来ずに銀が市中に増え、物の値段が上がって民が嘆いておりますぞ」
宗麟「治めるべき民を自ら失ったのがこの儂だ。心配しても仕方あるまい」
道雪「心得違いをなさいますな!」
宗麟「何?」
道雪「自虐はいりませぬ。過去よりもこれからですぞ」
宗麟「そうだった。先ほど言ったばかりだったな」
道雪「それに、これから向かう樺太は九州よりも大きいのですぞ? それなのに住むのは村ごとに暮らすアイヌばかり。ここは一つ大殿が奮起し、樺太を統一すべきなのではありませぬか?」
宗麟「統一だと?」
道雪「樺太に王国を建設するのです!」
宗麟「ははっ! 大きく出たな!」
道雪「大きくも出ましょうぞ! 何せ九州よりも広い島なのですからな」
宗麟「見てもないのによく言うわ!」
毛利領某所。
道雪「港に入りますぞ」
宗麟「正気か?! ここは毛利領であろう?!」
道雪「事前に了解は取っております故」
宗麟「手回しが良いな……」
宗麟「何故に歓迎を受けたのだ?」
道雪「我らは塩の販売先となりうる存在、邪険に扱うのは気が引けたのでしょう」
宗麟「この間まで戦をしておったのだぞ?」
道雪「銀の売り先を失ったのが、余程堪えたのではないですかな?」
宗麟「そういうものか……」
越前、敦賀湾にて。
宗麟「何という活気だ!」
道雪「織田は越後の上杉、中国の毛利と同盟を結び、両者の産物がこの敦賀湾から荷揚げされ、琵琶湖を通って大坂に運ばれるとは聞いておりましたが、ここまでとは……」
柴田勝家の応対の後。
宗麟「ここでも歓迎されたな……」
道雪「我らに米を売れば莫大な儲けとなります。精々うまくやってくれ、ではないですかな?」
宗麟「そうはいくか! 織田の思う通りなぞさせるものか!」
道雪「その意気ですぞ!」
宗麟「しかし、この大量の土産物は何だ?」
道雪「アイヌから反感を持たれぬよう配れとの、五代殿の配慮らしいですぞ」
宗麟「えらく気前が良いな」
道雪「この賑わいですぞ? 織田に入る税はどれ程か! ならば、このくらいの土産は何でもありますまい」
宗麟「それもそうだ」
蝦夷、松前城にて。
宗麟らが船に揺られている頃。
松前慶広「信長公から報せがあった。豊後の大友宗麟が樺太に配置され、船でこちらに向かっているそうだ。体のいい島流しだな」
家臣その一「樺太へ?!」
家臣その二「鮭が獲れぬとアイヌは気が立っているのに、無茶だ!」
慶広「無茶は承知の上だそうだ」
家臣その一「何故なのでしょうか?」
慶広「最近、アイヌから気になる報せを受けているな? 択捉などではこれまで見かけぬ船が沖を走っていると」
家臣その一「西洋、でございますか?」
慶広「左様」
家臣その二「何でも船の上から棒を海中に刺しておるとか」
慶広「それは船から降りる場所を探しているのだそうだ」
家臣その一「交易に訪れたのでしょうか?」
慶広「それならば良いが、恐らくは領地を奪う為の下調べに来たのだろう」
家臣その二「まさか?!」
慶広「信長公によると、この蝦夷地は西洋とアメリカ大陸の中間地点なのだそうだ。西洋諸国としては、補給基地として是非とも確保しておきたい場所だと」
家臣その一「未だに信じられません……」
家臣その二「しかし、それと大友宗麟の樺太配置に何の関係が?」
慶広「先に支配しておくという事だろう」
家臣その二「樺太アイヌは大陸と交易して武器も整えております。ちょっとやそっとでは従わないと思われますが……」
慶広「それは我らの知るところではないだろう?」
家臣その二「確かにそうですが……」
家臣その一「では、大友宗麟をいかようにお迎えに?」
慶広「我らは信長公に臣従する事で、この蝦夷地の支配権を確立した。その信長公のお考えなのだから、樺太に行く者であれ、もてなせば良かろう」
家臣その二「仰せのままに」
慶広「西洋が択捉周りを支配する事など認められぬし、それは樺太も同じだ。しかし、どちらにも兵を送る余裕など我らにはない。そうであれば、樺太だけでも言葉の通じる者に任せるのが良かろう。彼らの必要とする物を売る事も出来るのでな」
家臣その一「畏まりました」
その後の松前。
宗麟「ここでももてなされたな」
道雪「松前家としては物を売る相手ですからな」
宗麟「法外な値など付ければ許さぬぞ!」
道雪「樺太までの案内と、アイヌの言葉が分かる者を寄越してくれたのですから、感謝せねばなりますまい」
宗麟「しかし、この蝦夷地は何だ? 全く開墾されておらぬぞ?」
道雪「アイヌは畑を作らぬそうですぞ」
宗麟「仮にそうだとしても、松前の方でやれば良いではないか?」
道雪「アイヌとの交易で得た産物を売った方が、利が大きいのでしょう」
宗麟「兵糧の蓄えを第一とする武家の考えではないな」
道雪「米を作れぬとあらば、それもやむを得ぬのではありませぬか?」
宗麟「儂の知った事ではないがな」
樺太にて。
宗麟「とうとう着いたのか」
道雪「長かったですな」
宗麟「しかし、まるで拓けておらぬぞ?」
道雪「下手に開墾されているより、余程やりがいがあるではありませぬか!」
宗麟「そちは前向きだのぅ……」
道雪「それよりも樺太のアイヌに受け入れてもらえるか、それが問題ですぞ!」
宗麟「彼らの大事な食料である鮭が不漁だそうだな。それも天変地異の影響なのだろうな」
道雪「大地が移動したとて、海の生き物まで一緒に移動したのかは分かりませぬ」
宗麟「海はどこに行こうが同じ海ではないのか?」
道雪「豊後に鮭はおりませぬ。逆に、豊後にいる魚が北の海にはいない事もございましょう」
宗麟「左様か」
樺太上陸。
道雪「無事に上陸出来ましたな」
宗麟「あやうく戦になるところだったがな」
道雪「五代殿からもらった土産が早速役に立ちましたな」
宗麟「あんな物を有難がるとは思わなかったが……」
道雪「何はともあれ感謝ですな」
宗麟「織田の者に感謝などするか!」
道雪「大殿は誠に強情ですな」
集落にて。
宗麟「これがアイヌの家か? 掘っ立て小屋の方がまだマシだぞ!」
道雪「大殿、中に入って下され」
宗麟「何だ? 意外と広いな」
道雪「樺太の冬は大変に厳しいと聞きます。そんなところに住む彼らですから、家の造りは冬に備えてあるのでしょう」
宗麟「成る程……」
道雪「彼らを野蛮だ未開だと侮りなさるな。彼らの持つ知恵を借りなければ、我らはここで生きていく事も出来ないのですぞ?」
宗麟「分かった……」
村づくり問題。
道雪「当面は彼らの家に住まわせてもらう事が出来ましたな」
宗麟「思ったより快適とはいえ、儂があんな家に住まねばならぬとは……」
道雪「泣き言は要りませぬ! それよりも、この夏の間に村を作る場所など、調べなけばならぬ事で一杯ですぞ!」
宗麟「そ、そうだった! 家も作らねばな!」
道雪「その意気ですぞ!」
他の集落との抗争勃発。
道雪「大殿、戦ですぞ!」
宗麟「まさか?! 松前が攻めて来たのか?!」
道雪「何を仰る! 他の村のアイヌですぞ!」
宗麟「他の村だと? それはただの喧嘩だろう?」
道雪「既に一人、若いアイヌが矢で殺されているのですぞ!」
宗麟「トリカブトの毒矢か!」
道雪「我らからも人を出して欲しいと村長バフンケが言っております!」
宗麟「よし! この宗麟が住まう村に手を出した事、後悔させてやれ!」
道雪「ははっ!」
抗争終了後。
道雪「種子島の音で終わってしまいましたな」
宗麟「よもや種子島を知らぬのではないか?」
道雪「そうなのかもしれませぬ」
宗麟「大事にならずに済んだと思うべきだろう」
道雪「そうですな……」
宗麟「これ道雪、残念そうな顔をするでない!」
道雪「そ、そのような事はありませぬ!」
宗麟「この樺太はそもそも人がおらぬ。戦神の力が必要になる事はなかろう」
道雪「心得ておきまする」
開拓を進めて数年後。
道雪「大殿、おかしな者がいるとアイヌが言っております」
宗麟「おかしな者?」
道雪「肌が白くて目が青色だとか」
宗麟「白い肌に青色の目? ヨーロッパ人ではないか!」
道雪「やはりそう思われますか」
宗麟「まさか攻めて来たのか?!」
道雪「たった一人で、でございますか?」
宗麟「一人なら一人と先に言え!」
道雪「申し訳ございませぬ」
異人問題。
道雪「やはりヨーロッパの者ですか」
宗麟「アイルランドから来たと申しておる。カトリックの修道士だそうだ」
道雪「まさか切支丹となった大殿が、このような場で役立つとは!」
宗麟「道雪よ、馬鹿にしておるのか?」
道雪「とんでもございませぬ! 尊敬の念を深めたのです!」
宗麟「……まあ、良い」
道雪「それはそうと、どうして樺太へ来たと?」
宗麟「何でも、西に浮かぶ天国を探しに来たと申しておる」
道雪「西に浮かぶ天国? 西方にあると言われておる浄土と同じですな」
宗麟「あの者、名前はネイルと申すのだが、日本が大西洋に現れたと聞き、日本がアイルランドにとっての天国ではないかと、一人海を越えたのだそうだ」
道雪「一人で?! 何と豪胆な!」
宗麟「そしてこの島に辿り着き、アイヌに助けてもらい、生き延びてきたそうだ」
道雪「我らと同じですな」
道雪「して、どうされますかな?」
宗麟「同じカトリックだ。我が村で保護しよう」
道雪「畏まりました」
ネイル、ジャガイモと出会う。
ネイル『これは何ですか?』
宗麟『これはジャガイモといって、寒い樺太でも育つ芋だ。育てやすく、収量も多いので助かっておる』
ネイル『それは素晴らしい!』
宗麟『その方の故郷、アイルランドでも育つのではないか?』
ネイル『そうかもしれません。試してみたいです』
地の文を書かないのも意外と大変ですね。
次話はイングランドのお話です。




