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第123話 帰国の船

 「はッ!」


 ユラユラと揺れる船の上で、杖を構えた弥助が鋭い突きを放った。

 モランは反応するのに精一杯で、たちまち態勢を崩してしまう。

 それを見逃す弥助ではない。

 すかさず追撃を放つ。

 モランは懸命に避けようとするが、揺れる船にバランスを崩したのか、足の踏ん張りが効かなかったのか、上体を反らしたまま勢い余って尻もちをついた。

 ハッとした時にはもう遅い。

 弥助の杖が顎先を捕らえていた。


 『俺の負けだ』


 モランは大人しく敗北を認める。

 誇り高きマサイの戦士は負けたからとて卑屈にならない。

 次は勝つぞと心に誓い、青い空を見上げた。

 そんなモランに弥助はニコッと笑いかけ、杖を引っ込めてその右手を差し出す。

 出された手をモランはがっちりと掴み、スクッと立ち上がった。

  

 「体が思うように動いていないようだ」

 「しかし反応はしっかりと出来ている」

 「長く檻にいたので筋肉が衰えているのでしょう」


 モランを見ていた信長らが口々に述べる。

 拍子抜けはしなかったらしい。

 ひとまず勝二はホッとした。  


 「それはそうと、マサイ族は人並外れた視力も持っていますよ」

 「視力? 目が良いのか?」

 「驚く程に」


 助けてもらった礼をしたいと、モランは故郷へ帰る事をしなかったのだが、日本に来たところでマサイの才能が活かせる場所はなさそうである。

 それでは申し訳ないので、彼らの身体能力を知っておいて欲しいと思った。


 『モランさん、ちょっといいですか?』

 『何だ?』


 勝二は筆を取り出し、紙にサラサラと何かを書き、仲間に見せる。


 「見えますか?」

 「大きさの違う丸をいくつも書いているが、それが何だ?」


 意味が分からず信長が問うた。

 一番上には大きな丸が横に3つ描かれ、その下には若干小さな丸が4つ、並んでいる。

 その下には更に小さな丸が5つくらい書かれてあり、その下には豆粒くらいの丸がある。


 「丸は一部が欠けているのですが、分かりますか?」

 

 その質問には様々な反応があった。


 「一番下は駄目だ」

 「4番目くらいまでなら」

 

 その結果に満足する。  


 「ではモランさんにやってもらいましょう」


 弥助に教わり槍を振るモランを呼ぶ。


 『モランさん、これが見えますか?』

 『それは何だ?』


 勝二は丸の意味を説明する。


 『上下左右のうちどれかが欠けているのですが、分かりますか? 欠けている方を指さして下さい』

 『ならばこっちだ』

 『正解です!』


 まずは普通の位置から始め、要領を掴んだところで中断し、距離を開けた。

 スタスタと歩く勝二に信長は呆気に取られる。


 「いやいや、離れすぎだぞ!」

 「何も見えませぬ!」


 一番大きな丸さえも点にしか見えない。

 ざわつく皆の前でモランに問うた。 


 『では、これは?』

 『こっちだ』

 『正解です!』


 それには周りも目を見開いて驚いた。


 『これは?』

 『こっち』

 『正解!』


 次々答えていくモランに唖然、である。 

 

 「あり得ぬ……」

 「覚えたのではありませんか?」


 蘭丸が疑いの眼差しを向けた。


 「では、蘭丸君が丸を書いてみてはどうでしょう?」

 「お館様?」

 「やってみよ」


 信長の許可を取り、蘭丸は自ら丸を書いた。


 「私に見えないよう、蘭丸君が指して下さい」

 「では」


 つまり勝二が方向を教えている可能性を排除した。

 蘭丸は自分が書いたモノをモランに示す。


 『こっちだ』

 「合ってる!」


 やはり正しい答えだった。


 「何という目をしておるのだ……」

 「物見ものみに最適ですね」


 信長らはメインマストを見上げた。

 今も周囲を警戒し、監視している筈である。

 その役目にはピッタリであろう。




 『妃は無理ですが、不自由はさせません』

 『魔女と疑われて殺されるよりはよっぽどいいさ。あんたは優しいし』


 船の一画で、何やら囁き合う声があった。

 別の場所でも同じ。


 『日本はスペインとは全く違うぜ?』

 『あなたがいるならどこでもいい!』


 それを陰から覗き、はしゃぐ者が一人。


 『ロマンスですわね!』


 キャッキャと笑うその者を、信長は冷めた目で眺める。


 『その方は何故ついて来た?』

 『嫌ですわ! ここまで来たら日本まで行くべきでしょう?』

 

 当然とばかりにイサベルは言った。


 『王族がそんな事で良いのか?』

 『栄光あるスペイン王国の民が異国で生活に困らないか、責任を持って調べる事も、立派な王族の仕事ですわ!』


 胸を張って答えるイサベルに信長は肩を竦めた。

 ついて来る者もいればついて来なかった者もいる。


「あの女、結局帰らなかったか」


 オスマン帝国からの帰りを思い出す。

 別れの際には寂し気な顔をしていた。


 「助けてもらった恩を返したいそうです」


 勝二はフク自身から聞いた理由を説明する。

 あの後で彼女から直々に呼び出され、色々と打ち明けられたのだ。

 サフィエの通訳をしていたのは日本人で、マカオで勝二に助けを求めた奴隷の女だった。

 故郷の肥後で人攫いに捕らえられ、ポルトガル商人に買われて日本から離れたという。

 思い出したくもない酷い目に遭い、巡り巡ってこのコンスタンティノープルまで辿りついたのだそうだ。

 そしてサフィエに救い出され、後宮にて彼女の付き人をしているとの事だった。


 助けられなかった事をまず勝二は謝罪した。

 聞こえない振りをした事も。

 その謝罪に対し、返ってきたのは沈黙である。

 長い沈黙の後、溜息と共に発せられたのは、勝二のせいではないとの言葉だった。

 どこか諦めにも似た感情が込められた、受容の台詞。

 勝二は逆に胸が締め付けられた。

 

 「ま、今は昔と違い、国同士が近くなった。帰ろうと思った時に帰れば良い」

 「そう、ですね」


 日本が大西洋に移動した事を、初めてありがたいと思った。 


 暫く経ち、マストの上からモランの声が響く。


 『山が見えるぞ!』


 それは懐かしの故郷、日本だった。


 「やっと、龍太郎に会えるのですね」


 勝二はこみ上げる様々な思いを込め、呟いた。

一応、馬も積載されてます。


次話から大友家のその後など、日本の諸勢力やイングランドの状況を描写しておきたいと思います。

あまり詳しくは書かず、ダイジェスト的に進みます。

ご了承下さい。

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