第121話 ハーレム!
イメージですので正確ではありません。
「鎖がないだけで気分が違うな!」
「まさに!」
奴隷から解放されて自由の身となり、一行はオスマン帝国の都を気ままに歩いていた。
「空の色さえ違って見えるぜ!」
「世界が輝いているようです!」
見る物全てが新鮮で、色彩豊かに見える。
生まれ変わった気がした。
『助かった。礼を言う』
新たに加わったモランが、マサイの言葉で感謝を述べる。
現れたヨゼフに費用を出してもらい、信長の考えで彼も助けた。
見どころがあるから、らしい。
『私は、マサイの言葉を、あまり、知りません』
勝二は予防線を張った。
事実、簡単な会話くらいしか出来ない。
それでも、故郷の言葉が分かる者がいるというのは嬉しいらしい。
檻に入れられていた時間が長かったのか、足腰の筋肉が衰えているようで、普通に歩く事さえも苦労していたモランだったが、自由という喜びに全身で打ち震えている様子が見て取れた。
『女達は無事なのか?』
思い出したように信長がヨゼフに問うた。
奴隷市場では別々の場所で管理されていた。
女の奴隷は男とは別の用途があり、高い値段で取引される。
『先に救いだし、宿で休んでもらっています』
『すまぬ』
信長が礼を述べた。
ついでとばかり、通りを進む一行にヨゼフが言う。
『今日はこのまま宿に泊まって体を休め、身支度を整えてから宮殿に向かいましょう』
誰も反対しない。
何よりもまず水を浴び、身を清めたかった。
『ご無事でしたのね!』
宿に到着し、涙を浮かべたイサベルらに出迎えられた。
『サフィエ様にお会いする為、皆さんにはトプカプ宮殿に向かって頂きますが、いくつか注意点があります』
数日後、再びヨゼフが顔を出した。
『サフィエ様は後宮に属しておりますので、本来であれば皆さんと軽々しくお会いする事の叶わない身です。今回は特別な事としてご理解願います』
宮殿での振る舞いなどについて説明が為された。
「勝二よ、ハーレムとは何だ?」
ヨゼフが去り、信長は疑問に思った事を尋ねた。
話の腰を折ると長くなるので、時間の有効活用である。
「イスラム教徒において、食べても良い食品などの規定をハラールと申しました。ハーレムは女性、特に婚姻関係にある夫人についての規定とお考え下さい」
勝二は知っている事を述べる。
「ムスリムにおいては性的倫理を厳守する為、男女間には適切な隔離が必要だと考えられており、夫のいる女性は、その夫と子供、親族以外の男とみだりに接してはならないのです」
「何と窮屈な事よ!」
信長が嘆息した。
あれこれ禁止される教えは面倒な事この上もない。
「その為、他の男が入ってはならない空間を屋敷の中に設け、客がいる間などはその中で過ごします。その空間の事をハーレムと呼びます」
勝二は現代人である。
日本のサブカルチャーにおける、ハーレムという概念は理解しているが、イスラムの実際を知っているので誤解はない。
「トプカプ宮殿はオスマン帝国の皇帝が住んでいるのですが、宮殿には皇帝の住む区画、外部の者が入れる区画、そして皇帝以外の男は原則入れない後宮に分かれています。一説によるとハーレムには千人の女性がいるとか」
「千人?! 女の園かよ!」
幸村が驚き、叫んだ。
多くの男にとっては夢のような話だ。
しかしここで、側室だけで10人近くいた信長より疑義が発せられる。
「それで国がまとまるのか? 側室は他家と血縁を結び、国を安定化させる為でもあるのだぞ?」
同盟関係の強化、争いの未然防止など、目的は様々である。
「オスマン帝国は君主に権力が集まり、他の有力者と血縁関係を結ぶ必要がなくなったようです」
「左様か。羨ましい状況に思えるが、制限のない力は暴走しがちであろうな」
信長がしたり顔で言った。
どの口でと思わずツッコミそうになり、勝二は慌てて自制した。
長旅を共にし、多少の事は大目に見てもらえるが、はき違えては不味い。
誤魔化すように説明を加える。
「皇帝は他家から嫁を取らず、気に入った女の奴隷を集めては寵愛を注ぎ、後継者を生ませているようです」
「成る程、これから会うサフィエとやらはそれか。奴隷に身を落しながら皇帝の寵愛を獲得し、後継者を生んで権力を持った訳だな」
江戸時代の大奥、歴代の中華王朝でも同じ事が言える。
「しかし、イスラム教徒はそれで良いのか? 神の前には誰もが同じではなかったのか? 富がなければ不可能であろう?」
別の疑問が生じる。
「教祖ムハンマドの時代は戦が続き、寡婦が増えて困窮する事が多かったようです。ですのでハーレムを設ける事が出来るような男は、むしろ寡婦を助ける意味でも、出来るだけ養うのがイスラム的に正しいのです」
「左様か」
そう信じているなら好きにすればいい、信長はそう思った。




